第24話 最後の授業

 期末テストが終わった2月中旬のクラスの話題は、来週から始まる三者面談談でもちきりだった。

 お弁当を食べ終わった後まだ足りないと言って売店でパンを買ってきた友加里が、ビニール袋からチョコレートドーナッツを取り出しながら話しかけてきた。


「光貴、進路調査票書いた?」

「まだ、だよ」

「そうだよね。まだ何も知らない高校1年生なのに、将来の進路なんて決められないよね」

「そうなの?私は先生になりたいから教育学部って決まってるけど」


 しっかりとした希望がある隼人がうらやましい。

 三者面談を前に将来の希望職種と志望学部を書いた進路調査票を今週中に提出することになっているが、漠然としか将来について考えたことのなかった僕は、現実を前に途方に暮れていた。


「理系とは決めているけど、学部まではね。理学部と工学部と理工学部なんて考えたこともなかったし」

「そうだよね、私も将来は食品関係のメーカーに就職して新商品の開発したいんだけど、何学部に行けばいいのかなんて考えたことなかったし」


 ドーナッツを食べ終え袋に残ったチョコレートのかすを集め、口に流し込みながら友加里がつぶやいたところこで、昼休み終了5分前の予鈴が鳴った。


 将来に対する漠然とした不安を抱えながら午後の授業を終え放課後になると、隣の5組の教室へと隼人と悠ちゃん3人で向かいながら話しかけた。


「今日で最後だと思うと、ちょっと寂しいよね」


 9月から始まった本田先生の授業も、今日で最後となる。


「もっと一杯、教えてもらいたいよね」


 悠ちゃんが名残惜しそうな表情でつぶやくと、隼人もうなずいていた。

 5組の教室に入ると、同じように最後の授業を惜しむ声が聞こえてきた。


 数分後、いつも通りにこやかな笑顔で本田先生も教室に入ってきた。


「9月から始まったこの授業も、今日で最後です。最後は女性の体について、学びたいと思います。と言っても、エロい話じゃないから期待しないように」


 先生の冗談に教室中が笑い声に包まれた。


「保健体育で習ったと思うけど、男と女性では体のつくりが全く違います。その中でも一番大きな違いは、赤ちゃんが産めるか産めないかです。それで具体的に何が違うかというと、では1組の林さん」

「おっぱいが、あるかないかですか?」


 先生も含め男子しかいない空間の独特のノリに、教室がどっと湧いた。


「まあ、それもあるけど、今日は『生理』を中心に学びたいと思います。それでは、2組の市原さん、生理について知っていること言ってみてください」

「ひと月に1回、血がでることぐらいしか知りません」


 指名された市原さんは、無知を恥じるように頭を書きながら小さな声で答えた。

 他の生徒たちも先生に当てられないように下を向いているところを見ると、僕も含めみんな同程度の知識しか持っていないようだ。


「まあ、そんなもんよね」


 本田先生は同情するような視線で僕らを見た後、女性の生理についか説明を始めた。


 出血も一日では終わらず一週間前後続き、さらに出血する2週間前からイライラし始めて精神的にも辛い期間があるという。

 いつ始まるか分からないため常に生理用品を持ち歩く必要があることや、羽根つき派と羽なし派があることなど、1カ月に1回出血するという知識しか持っていない僕たちにはすべて知らないことばかりだ。


「これでだいたい分かったと思いますが、女性は大変です。私たちは頑張って女の子になろうとしていますが、女子たちは女子たちで苦労を抱えています。その辺りの理解が大切なので、最後にこの話をもってきました」


 みんな深刻な表情で話を聞いている中、先生が一人の生徒を指名した。


「わかったところで、彼女ができたとして『生理が辛いの』って言われたら、どうしたらいいと思う?」

「病気じゃないんだから、元気出しなよって励まします」

「やっぱり説明しただけでは、分かってもらえないね」


 先生は呆れ気味な表情を浮かべながら、言葉をつづけた。


「生理中に励ますのは逆効果になりやすいから、やめておいた方が無難です。『大丈夫?』『辛いね』って、そっと寄り添ってあげるのが大事です。それでも、イライラしてるから『大丈夫?って大丈夫じゃないよ』『辛いねって、男には分からないでしょ』って返事されるかもしれないけど、理解してあげてね」


 先生は優しい視線を僕らに向けて、授業を締めくくった。


 授業を終えると教室に戻ると、明るい笑顔の隼人が赤地に白の水玉模様のラッピングがかわいい小箱を僕に渡してくれた。


「はい、これ、どうぞ」

「なに、これ?」

「今日バレンタインデーでしょ。それで作ってきたの。良かったら、食べて」

「そうだったね、ありがとう。私も何か買ってくればよかったね。ごめん」


 進路のことで頭がいっぱいで、バレンタインデーのことは忘れていた。隼人の期待には応えられないが、友チョコぐらい買っておけば良かったと後悔の念が襲ってくる。


「いいよ、気にしなくて。私も好きで作ってるんだから」

「テストも終わったし、今度またゲームしに遊びに行っても良いか?」

「うん、いいよ。いつにしようか?」

「再来週の日曜日なんかどう?」

「いいよ」


 隼人はカバンからスケジュール帳を取り出すと、再来週の日曜日に「光貴と遊ぶ」と書き込み嬉しそうな表情を浮かべ花丸で囲った。


 僕は紗耶香からのバレンタインチョコに期待をしながら、いつものように他愛もないことを話ながら歩く紗耶香と一緒の帰り道を歩いていた。


 いくら偽装とはいえ彼氏なんだからチョコくれるはず、それに今は友チョコで友達同士送りあうこともあるんだしと期待に胸を弾ませる。

 そんな僕の気持ちを知らない紗耶香は、数学苦手でも理系にいっても大丈夫かなとバレンタインデーとは関係ない話をしている。


 駅につくとホームに上がり、電車を待つ列に紗耶香と一緒に並ぶ。時折冷たい風が吹きつけ電車が早く来るように祈るが、電光掲示板をみると電車が来るまであと5分あるようだった。


 腕を組み両手の脇をしっかり閉め寒さに耐えていると、横に並んでいる紗耶香がカバンに手を入れ、ゴソゴソと何かを探し始めた。


「あっ、渡すの忘れるところだった。はい、これ」


 紗耶香は僕にコンビニやスーパーで30円程度で売っている、チョコ菓子を手渡した。


「これって?」

「バレンタインデーだから、一応ね」

「ありがとう」


 お礼を言って受け取ったものの、人目で義理とわかるチョコに僕の期待は打ち砕かれた。


◇ ◇ ◇


 スマホの時刻表示が11時を過ぎたのを確認して、僕はネット動画を見るのを止め机にむかって勉強を始めた。

 期末テストが終わったとはいえ、授業の予習はかかせない。


 苦手の漢文に苦戦しながらも明日の授業範囲の予習を終え、次は英語に取り掛かろうとしたとき小腹がすくのを感じた。

 僕はカバンの中に隼人からもらったチョコレートがあったのを思い出した。


 きれいな包装紙を破らないように丁寧に開け、ピンクの小箱のふたを開けるとトリュフチョコが4つ並んでいる。

 僕は一つ手に取り、口の中に放り投げた。


 中のトロリとしたチョコの甘さを、外側のちょっとほろ苦なココアパウダーが引き締めて美味しい。

 わざわざ作ってくれた隼人のことを思いながら、二つ目を口に入れた。

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