第20話 冬休み明け

 大晦日に大掃除して年越しそばを食べて、元旦に家族と一緒に近くの神社に初詣に行って、こたつでみかんを食べながら箱根駅伝をみていたら、あっという間に三が日が終わり、そのあと慌てて残りの宿題を片づけていたら冬休みが終わってしまった。


 冬休みを恋しく思いながら登校した始業式の朝の教室は、生徒たちの笑顔で満ち溢れていた。久しぶりの再会に興奮し、友達同士が声を弾ませながら話し込んでいる中、僕はひとり静かに席に着いた。


「おはよ」


 隣の席の紗耶香が告白して振られたことがなかったかのように、いつもと変わらない笑顔で挨拶してくれた。


「ねぇ、ねぇ、宿題終わった?私、数学いくつかわからないのがあるから、後から教えて」


 紗耶香が両手をあわせてお願いしてきた。


「ああいいよ、どこ?」

「この問題だけど」

「ああ、その問題ね。ちょっと難しいよね。でも、式をこうやって変形したら……」


 紗耶香のノートに書き込みながら、横目で彼女の様子を見てみると感心したような表情を浮かべ僕の解説を聞いていた。

 僕たちの関係は、いい意味でも悪い意味でも変わりない。


「おはよ。宿題やってるの?私も終わってないんだ、見せてよ」


 友加里は僕を押しのけるように僕の席に座り、宿題を写し始めた。紗耶香の幸せな時間は、友加里の乱入で突然終わりを迎え残念そうな表情を浮かべる僕に、紗耶香は微笑みの視線を送ってくれた。


「光貴、おはよ」

「おっ、隼人。おはよ」


 隼人もまた、冬休みの一件がないかのようないつも通りの挨拶をしてくれた。


◇ ◇ ◇


 お昼休み、いつも5人でお弁当を食べていると友加里がため息をついた。


「友加里、どうした?久しぶりの授業で疲れた?」

「うん、授業で頭使うとおなか減っちゃって、お弁当足りない」


 友加里は残念そうな表情を浮かべて、米粒一つ残らず平らげた男子3人の誰よりも大きなお弁当箱をみつめている。


「ああ、そういえば、いいもの持ってきたんだった」


 隼人がカバンの中から、小さな袋を4つ取り出し配り始めた。


「これ、パウンドケーキ?」


 きれいなラッピングを乱暴に破った友加里が、さっそくケーキにかぶりついた。


「美味しい?これ隼人の手作り?」

「うん、昨日作ってみたの、どう?」

「美味しいよ」


 ほんのり香るゆずの風味がさわやかなパウンドケーキだった。悠ちゃんも紗耶香も「美味しい」「上手」といった誉め言葉を口にしながら食べている。

 過剰ともいえる称賛に隼人は少し照れ気味だ。


「作るの大変だったけど、みんな喜んでくれて嬉しい」

「でも、お菓子作りすると、砂糖とバターの量に圧倒されるよね」


 口ぶりで紗耶香の口ぶりからすると、紗耶香もお菓子作りするようだ。


「そう、そう。パウンドケーキって、もともと小麦粉と砂糖とバターを1ポンド400gぐらいを混ぜ合わせて焼いたって意味だから、カロリーヤバいよね」

「えっ、そうなの?じゃ、今日部活頑張らないと」

「友加里の場合、部活で頑張ったらお腹すいたって帰りに買い食いするでしょ」

「そうだった。てへっ」


 紗耶香の鋭いツッコミに、友加里が少し舌を出しておどけた返事を返した。

 僕はみんなと笑いながら、食べかけのパウンドケーキと隼人を交互にみつめた。


◇ ◇ ◇


 放課後の数学資料室には、優しい冬の西日が射しこんでいた。

 僕は「大学への数学」を古いものから順番に並べる作業に没頭していた。


「ごめんね、手伝わせちゃって」

「いえ、どうせ家に帰ってもやることないんで」


 放課後なんとなく帰りたくなかった僕は、校舎内をフラフラ歩いているところを本田先生に呼び止められて、数学資料室の整理の手伝いを頼まれた。


 職員棟の3階のフロアは、英語、国語、数学など科目ごとの参考書や各大学の過去問などの資料が置いてある部屋があり、生徒は借りて勉強することができるようになっている。

 借りて行った生徒が返すときに元の場所に返さないので、ナンバリングが崩れたり、シリーズものがあちらこちらに置かれたりと、本棚がカオスな状態になっていた。


 青チャート、赤チャートを順番に並べ直しながら、本田先生が声をかけてきた。


「他の部屋もそうだけど、数学の部屋ぐらい規則正しくしておかないと、気持ち悪くない?」

「その気持ちわかります。一から順番に並んでないと、なんか嫌です」

「やっぱり百田さんならわかってくれるよね、この感覚」


 共通の感覚を共有できたことで、先生は嬉しそうな笑みを浮かべ男性だとわかっていても、かわいらしく感じてしまう。


「まあ、こんなものかな?どうせ、またぐちゃぐちゃになるだろうけど、破れ窓理論でしばらくは大丈夫でしょ」


 あらかた終わったところで、先生が終わりを告げた。


「百田さん、ありがとうね」

「いえ、それより先生、ちょっとお話良いですか?」

「うん、何でもいいよ。進路関係?それとも恋バナ?」

「どちらかと言えば恋バナですけど、どうしてわかりました?」

「だいたい、生徒の悩みなんてその二つだからね。今日のお礼に奢るから自販機で暖かいものでも飲みながら聞こうかな」


 先生の後をついて階段を降りると、売店前の自販機コーナーの前に出た。

 先生はコインを入れると、「好きなのどうぞ」と促したので、僕はお礼を言いながらホットココアのボタンを押した。


「で、どうしたの?」


 先生はホットコーヒーを一口飲むと、僕に尋ねてきた。僕は冬休みに起きた紗耶香と隼人の告白を先生に話した。





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