第19話 隼人の告白
マニキュアが珍しいのか隼人は僕の手を握ったままじっと見つめていたが、ドアがノックされる音がするとようやく手を離した。
隼人によく似た母親がお盆にコーヒーとお菓子をもってきてくれた。
「百田さんも、コーヒーで良かった?」
「牛乳入れたら飲めます」
「あら、そう、隼人、冷蔵庫から牛乳持ってきてくれる」
母親から言われ隼人は部屋から出て行き、ピンクのワンピースが揺れる後姿を見ていた僕の前にコーヒーとお菓子を置かれた。
「ごめんね、びっくりしたでしょ?」
「びっくり?隼人の私服ですか?まあ、あんな趣味とは思わずにちょっと驚きました」
「そうでしょ。中学生の時、急に女の子になりたいって言ってあんな服欲しいって言いだしたの。それで髪も伸ばすようになったし、スカート履いているのが友達にバレて、中学ではみんなから『オカマ』『キモイ』とから言われて落ち込んでいたけど、高校に入ってからは喜んで学校行くようになって安心してるの」
女の子を楽しみたい僕とは違って、女の子になりたい隼人には僕の知らない苦労がありそうだ。
階段をのぼる足音が響いたかと思うと、部屋のドアが開き牛乳をもってきた隼人が戻ってきた。
「お母さん、持ってきたよ」
隼人が僕のコーヒーに牛乳を注いでくれた。
ミルクを入れたコーヒーは白い線が渦巻きながら、真っ黒から茶色へと染まっていく。
母親が僕に一瞬目配せした後、部屋から出ていくと隼人がたずねてきた。
「お母さんと何話してたの?」
「いや、学校のこととか普通のことだよ」
「ふ~ん」
母親が心配しているというのが憚られた僕は嘘をついた。でも不憫な視線に気づいた隼人は信じてなさそうな表情を浮かべている。
「さあ、おやつ食べたら、次は数学でもしようか?」
僕は誤魔化すかのように、数学の教科書とノートを取り出した。
◇ ◇ ◇
ベッドに隣り合って座っている隼人の肩がぶつかってくる。
勉強の息抜きとゲームを始めたが、レースゲームでコーナーを曲がるたびに体を曲がる方法に傾ける癖のある隼人は、「ウォー」「エイ!」とその着ている服に似ていない奇声をあげながら僕に肩をぶつけてくる。
「やったー!今度は私の勝ちだね」
隼人より上手い僕が3連勝したところで、少し手加減をした。それに気づかず隼人は無邪気に笑みを浮かべている。
姫系ワンピに身を包み、きらやかなメイクをした顔、ヘアアイロンでゆるウェーブされた髪、今日僕が来るためだけに準備されたものと思うと嬉しさがこみあげてくる。
「どうした?」
僕の視線に気づいたのか、隼人がこちらを振り向いた。
「いや、今日の隼人かわいいなと思って」
「ありがとう」
「さあ、息抜きもこれぐらいにして、勉強に戻ろ。次は化学にやろ」
上目遣いで見つめたそのきらやかな瞳に、思わずドキッとしてしまった。
化学の課題のプリントの前にして、二人で頭を抱えていた。
「この問題は、圧力一定だからシャルルの法則を使うから……」
「温度を絶対温度に変換するために273を足してと……」
二人とも得意とは言えない化学の問題を、教科書やスマホで使えそうなところを探して、一問一問調べながら解いていく。
「化学というより、数学だな」
「そうだね。高校の化学って、中学とはだいぶん違うね」
進まない課題にいら立った僕の愚痴に、隼人も同意して頷く。
現実から逃避したい隼人は、勉強とは関係話を始めた。
「ところで、クリスマスどうだったの?紗耶香ちゃんとデートだったんでしょ?」
「あ、それはな……」
「上手くいったんなら、自分から話そうとするから上手くいかなかったんでしょ」
図星だった。話すことで楽になれると思った僕は、紗耶香とのクリスマスデートのことを隼人に話した。
「それは残念だったね。でも、良かったね」
「良かったって何が?振られたんだぞ」
「でも光貴のことは好きって言われたんでしょ。性別のことだけで振られたんなら、光貴のこと否定されたわけじゃないから、いいんじゃない?」
言われてみればその通りだった。紗耶香も友達として付き合い続けたいと言っていたし、今の自分を否定されたわけではない。
そう思うと、沈んでいた気分も少し浮かんできた。
「ありがとう。少し楽になったよ」
「私も光貴のこと、好きよ」
「ああ、俺も隼人のこと好きだよ」
「そういう意味じゃなくて……」
顔を真っ赤にして体をクネクネし始めている隼人を見て、「好き」の意味が違うことに気付いた。
「いや、隼人お前、おと……」
男だろ、と言いかけたところで、紗耶香のことを思い出した。変えることのできない体の性別を理由に振られる辛さは、僕が一番よくわかっている。
「隼人嬉しいけど、急に言われても困るから、ちょっと考えさせてくれ」
「うん、私待ってるから。ゆっくり考えて」
そのあと冬休みの宿題を少しした後、隼人の家を出た。
気温はさほど低くはないが、北風が吹くと冷たく感じる。
バス停でバスが来るまで待っている間、隼人のことを思い出した。
今日一日一緒に過ごしていた楽しかったのは事実だし、肩が触れ合っても嫌な気はしなかった。
もし隼人が本当に女の子だったら、間違いなく告白を受け入れていたと思う。それを性別を理由に断るのは辛い。
バスが大きなブレーキ音を立てながら、バス停の前に止まった。
車内の暖房が冷え切った体を温めてくれる。席に腰かけ窓の外を見つめながら、紗耶香も同じように辛かったんだろうなと思いをよせた。
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