第18話 勉強会

 自室にはエアコンの送風音だけが響いていた。

 朝ごはんを食べると自室にこもり冬休みの課題に取り組んでいるが、どの教科も量が多く問題も難しい問題ばかりなので、2時間かけて数学のプリント1枚と英語の英作文が1ページ終わっただけだ。


「冬休みと言っても、全然休めないよ」


 そんな独り言の愚痴が自然と漏れた。集中力が切れたみたいだ。

 ちょっと休憩、自分に言い訳するように自室をでてリビングへと向かった。


 リビングに入ると遥斗がソファに座りネイルしている姿見えた。


「お姉ちゃん、宿題は?」

「今日の午前のノルマは終わった。あとは午後からやる」


 成績優秀な遥斗は宿題の進み方も良いようだ。遥斗は嬉しそうにピンクに塗られた指を見つめている。


「お姉ちゃん、ネイルしてるの?」

「冬休みなんだし、ネイルぐらいするよ。光貴もする?」


 メイクとか服など女子のファッションには興味は持ち始めたが、ネイルだけはイマイチその良さが理解できなかった。


「その顔からするとネイルの魅力が分かってないな。ほら、光貴もやってみなよ」

「お姉ちゃんと違って、まだ宿題終わってないんだから」

「いいから、ネイルにかかる1時間分あとで教えてあげるから」


 強引に僕を座らせた光貴は僕の手を取ると、甘皮の処理を始めた。


―——1時間後


 薄いピンクの色で塗られた爪は動かすと、反射したラメがキラキラとした光を放ち、その美しさに心を奪われた。


「ほら、宿題見てあげるから、持っておいで」


 遥斗に声を掛けられ、一番苦手な古文を教えてもらうことにした。

 リビングのテーブルに古文のテキストを広げて、遥斗に質問した。


「この文章なんだけど、誰が話しているかわからない」

「あ~、これね。古文は敬語で話している人との身分差がでるから、それで話している人を推測するんだよ。尊敬語ならする側だし、謙譲語だとされる側だよ。あと絶対敬語は、天皇って決まっているから逆にわかりやすい」

「推測とかって暗号みたいだね」

「古文にはそんな要素もあるね。慣れればパズル感覚で面白いよ」


 優秀な兄の恩恵にあずかりながら宿題を進めていく。シャーペンを持つ手には、ピンクの爪が光り輝いている。

 鏡を見ないと見れないメイクや髪型と違い、ネイルは常に視界に入る。なんとなくネイルの魅力が分かった気がしてきた。


 遥斗に教えてもらうと宿題がスムーズに進み、ネイルにかかった1時間は取り戻せそうだった。

 順調に古文の宿題が1ページ終わり、次は漢文に取り掛かろうとしたときスマホの着信音が鳴り響いた。


 スマホの画面を確認すると、隼人から明日一緒に勉強しようとのお誘いだった。

 紗耶香に振られてショックはまだ癒えていない。

 一人で家にこもって宿題ばかりしていては気が滅入る、気分転換に隼人と会うのも良いかなと思い誘いに応じた。


 数分後、隼人の家の住所と地図が送られてきた。

 学校でやるものと思っていただけに、ちょっと意外で「隼人の家なの?」と返信すると、「家じゃダメ?勉強の合間にゲームしようよ」と返事があった。

 まあ、それもいいかなと思えて、明日隼人の家に行くことが決まった。


◇ ◇ ◇


 隼人の家は駅からバスで15分ほどの住宅地にあった。

 隼人に教えてもらった最寄りのバス停で降りると、ニュータウン特有の一戸建てが規則正しく並びところどころに公園もある閑静な住宅街が広がっていた。


 2,3分歩くと「一ノ瀬」と表札のかかった隼人の家にたどり着いた。小さいながらも庭には花が植えられており、丁寧な暮らしぶりが見て取れた。


―——ピーンポン


 インターホンを鳴らすと、数秒後玄関のドアが開いて隼人の顔が見えた。


「ごめんね、わざわざ来てもらって」

「隼人、この前とは違うけど、私服ってそんな感じだっけ?」


 玄関で靴を脱ぎながら視線をあげると、胸元の大きなリボンと襟や裾、袖口にふんだんに使われているレースが特徴的なピンクのワンピースを着ている隼人は、はずかしそうに体をくねらせていた。


「姫系ファッション好きなんだけど、外に着ていく勇気ないから家だけ着てるの。まあ、とりあえずあがって私の部屋で勉強しよ」

「お邪魔しま~す」


 階段を上りながら、隼人は以前もともと女の子に生まれたかったと言っていたのを思い出した。

 女の子に生まれていたら何の問題もなく着れていた服も、男の体に生まれてしまっがゆえに自由に着れない隼人を不憫に思った。


 2階の隼人部屋はピンクのカーテンが軽やかに揺れ、部屋全体に柔らかな雰囲気が広がっていた。ベッドはきちんと整えられ、勉強机には散らかったノートや本が並んでいた。


 部屋の中央には白のローテーブルが置かれ、クッションが2枚となりあって置かれていた。

 手前側のクッションに座った隼人は、奥側のクッションを叩いて僕に座るように促した。


「光貴、何からする?希望ないなら古文がいいんだけど。光貴この問題わかった?誰が何言っているのかさっぱり分からないんだけど」

「うん、なんとか。主語が分かりにくいから意味がとらえにくいけど、敬語から推測していけばいいよ」


 ちょうど昨日遥斗から教えてもらったところだった。遥斗に教えてもらったことをそのままに隼人に教えた。


「この分は謙譲語ということは、自分がへりくだっているから話している方が身分の低い方。すなわち……」

「光貴、すごい」


 隼人が尊敬のまなざしで僕を見つめた。ラメ入りのアイシャドウで輝く目元に思わず、ドキッとしてしまう。


「そういえば、光貴、マニュキュアしてるんだね」

「あっ、まあ、うん。昨日お姉ちゃんにしてもらった」

「きれいだね」


 隼人は僕の手をとると、じっくりとマニュキュアを見始めた。いつの間にかお互いの肩は触れ合う距離まで近づいていた。

 服越しに伝わってくる隼人のぬくもりが、心地よく感じられた。

 

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