第17話 クリスマス

 昨日降っていた雨も上がり、24日クリスマスイブの朝は快晴だった。

 白い息を吐きながら走る僕たちを、優しい日差しが温めてくれた。


 いつも通りのジョギングコースを走り終え、整理体操の屈伸をしてると遥斗が話しかけてきた。


「光貴、今日デートなんだろ?」

「なんでわかった?」

「わかるよ、今週ずっとメイクの仕方を聞きにきて練習してたし、昨日は私の部屋にずっといて服を選んでいたし、単に遊びに行くだけじゃないことぐらいわかるよ」

「まあ、そうだけど」


 たしかに今日の紗耶香とのデートに向けて、今週はずっと浮足立ちながら準備していた。


「前にも言ったけど、白石高校ハクジョの女子はドライだからね。期待しすぎると痛い目に遭うから、気を付けてね」


 遥斗は言い終わると玄関のドアをあけ家に入っていった。


◇ ◇ ◇


 クリスマスマーケットが行われている中央公園は、多くの人で賑わっていた。

 公園中心部に飾られた大きなクリスマスツリー、それを囲むように並ぶ屋台や出店、サンタクロースや大きな雪だるまのモニュメントなど写真映えしそうな撮影スポットも設置され、みんな思い思いにクリスマスイブを過ごしていた。


「まだイルミネーション点灯されてないのに、人が多いね」

「マーケット見て回るだけでも楽しいからね」


 微笑む紗耶香と僕は、手をつないでいる。

 人混みではぐれないようにと言ったら、すんなり手をつないでもらえた。

 嫌がるそぶりも見せなかったことで、今日この後のイベントに向けて期待は高まってきた。


 クリスマスグッズが並んだ出店の前で紗耶香が足を止めた。


「このサンタの人形かわいい」

「こっちのスノーマンの人形もかわいいよ」


 僕も並んでいる人形の中から一つ手に取り紗耶香に見せた。


「それもいいね。これをかわいいって思う感覚女子っぽいよ」


 ニッコリと微笑む紗耶香の言葉を嬉しく感じた。いつからか「女子っぽい」とか「かわいい」と言われて、誉め言葉として請けいられるようになった。


 出店を一通り見て回ったところで寒いから暖かいもの飲みたくなり、ホットドリンクの屋台の行列に並んだ。

 前に立っている紗耶香の赤いスカートが、ときおり吹く風に揺れている。


「寒いね」


 僕の方を振り向いてつぶやいた紗耶香は、今日僕が履いてきた白のスカートをみて、紗耶香は「二人でクリスマスコーデだね」と言い笑った。


「こんな寒い日は暖かくて甘いというだけで美味しいね」

「なんでイルミネーションって冬なんだろうね、夏でもよさそうなのに」

「冬の方が日暮れ早いからじゃない?」


 紗耶香はホットココア、僕はホットチョコレートを飲み、話すたびに白い息が口から洩れてくる。


「ホットチョコレートどんな味が知りたいから、変えっこしよ」

「いいよ」


 半分の見かけたドリンクを交換した。間接キスにドキドキしてしまいココアの味が分からないまま、一口飲んだココアを紗耶香に返した。


 「チョコレートもココアと違った甘さで美味しいね」


 紗耶香の方はとくに間接キスを意識することなく、ホットチョコレートを味わったみたいだ。


◇ ◇ ◇


 日が暮れてもうすぐイルミネーションが点灯される時間が迫ってきていた。

 ツリー近くのステージでは、女性の司会者がカウントダウンを呼び掛けている。


―——十、九、八、七、六、五、四、三、二、一、ゼロ


 その瞬間音楽とともにクリスマスツリーやその周辺を彩るサンタやトナカイのオブジェのイルミネーションが点灯し、明るく輝き始めた。


「きれいだね」


 イルミネーションに見惚れるようにつぶやく紗耶香の横顔の方がきれいだったが、そんなキザなセリフは心にそっとしまった。


 いくつかの写真映えしそうなスポットを巡り、紗耶香と写真を撮りあった。

 嬉しそうにはしゃぐ紗耶香を見ながら、僕は少しずつ覚悟を決めて行った。


「どれもきれいだったね」

「ちょっと、休憩しようか?」


 公園を一周したところで、運よく空いていたベンチに二人で腰かけた。


「あの、紗耶香、話したいことがあるんだけど」

「え、何?」


 おそらく緊張で固まっている僕の顔を見て、紗耶香も笑みが消え真面目な表情になった。


「あの、その、紗耶香のことが……、好きです。付き合ってください」


 下げた頭を上げながら紗耶香の顔を見つめた。こんなに楽しそうにしてくれていたから、「私もよ」と言いながら嬉しそうにしてくれるかと期待していたが、紗耶香は額にしわを寄せ困惑した表情を見せていた。


「ごめん、光貴の期待にはこたえられない」

「どうして?今日、紗耶香の方から誘ってくれたよね?やっぱり私が、こんな格好してるから?そうだよね、やっぱりかっこいい男子がいいよね」


 未練がましいと思いながらも、気づけば口から愚痴のような自虐のような言葉が漏れていた。

 僕は自分の履いている白いスカートに視線を向けながら、紗耶香の返事を待った。


「そうだよね、期待させて、ごめん。私も光貴の気持ちには気づいていて悩んでたんだ」


 紗耶香は眉毛を下げ申し訳なさそうに話し始めた。


「実はね、私男の人って苦手というか、女の子の方が好きなの。でも、同性愛っていろいろ差別とか偏見とかあるでしょ、それでハクジョ男子だったら付き合えるかなと思って今日光貴を誘ってみたけど、ダメだった」

「ダメって、何が?」

「やっぱり恋愛対象としては見れない。ほんと、ごめん。でも、友達としては光貴のこと好きだよ。今日楽しかったのも、演技じゃなくて本当に楽しかった」


 いまにも泣き出しそうな紗耶香を見て、これ以上僕は何も言えなくなってしまった。


「だからね、虫のいい話なのは分かってるけど、これからも友達としては仲良くしてくれると嬉しい」

「うん、わかった」


 紗耶香と付き合うために僕にできることは、友達付き合いを続けながら頑張って女子力を上げ、耶香の心変わりを待つことしかなさそうだ。

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