第16話 約束
曇りや雨でも寒いが、12月は晴れると朝は放射冷却でより寒さが増してくる。吐く息が白い白煙となり、手袋をしていても手はかじかんでしまう。
今日だけと見た目がダサくなるのを我慢して履いてきた60デニールの黒タイツも、この寒さの前ではあまり意味がなかった。
駅から学校まで歩いて10分。この10分が果てしなく長く感じてしまう。
前を歩く同じ学校の生徒も、体を丸めながら歩いている。
「おはよ」
肩を叩かれ振り返ってみると、寒さのためほほを真っ赤にした紗耶香だった。
「おはよ。今日は寒いね。スカートだと辛いね」
「女の子の苦労分かった?寒いからスラックスって子もいるけど、女子がスラックスだと駅員さんぽっくない?」
「わかる、わかる」
紗耶香の冗談に笑いながら答える。冗談交じりの会話をしながら歩いていると、寒さも紛れるようだった。
「もうすぐ冬休みだね」
「そうだね」
「光貴、24日って何か用事ある?」
「ないけど」
「じゃ、中央公園でやってるクリスマスマーケット行かない?」
「いいよ。隼人たちにも声かけておくね」
「二人きりっじゃダメ?」
「も、もちろん、い、いいよ」
紗耶香と二人きり。これはデートと言っても過言ではないだろう。僕の心はすっかり舞い上がってしまいカミカミで返事する僕をみて、紗耶香はクスッと笑い声を漏らしながら優しく微笑んでくれた。
◇ ◇ ◇
視聴覚室はほぼ満席でみんな静かに本田先生の話を聞いており、先生の声と生徒がメモを取る音しか聞こえてこない。
視聴覚室の最後列には女性の先生二人が座り、静かに授業の進行を見守っている。
「……という感じです。一通り説明しましたが、やってみないと分からないので、各自もってきたメイク道具をつかってメイクしてみてください」
先生の言葉で静寂は解かれ、みんな一斉にメイクに取り掛かった。
本田先生と補助できてくれている2名の先生に質問する子、横にいる友達同士で見せあいながらメイクを進めていく子、一人で黙々とやる子などスタイルは様々だかみんな楽しそうにメイクを始めている。
僕も化粧下地用のクリームを手に取り塗り始めた。本田先生が言っていた「勉強と同じで基礎が大事」という言葉通り、丁寧に塗りむらなく塗りこんでいく。
横を通りがかった本田先生が、僕と隣に座る友加里に声をかけてきた。
「百田さん鼻のところは毛穴が気になるから、くるくると指を動かして塗った方がいいね。石川さんは、もうすこし丁寧に塗ろうか。下地がきちんと濡れてないと化粧崩れの原因になって、せっかく塗ったアイシャドウとかチークとか剥がれやすくなるよ」
先生に注意された友加里は、ふてくされながらも下地を塗り直し始めた。
―——10数分後
教室内は先ほどまで静かだったのが嘘みたいに、生徒たちの私語や笑い声で騒がしくなり始めた。
メイクが終わった顔を友達に見せあいながら、失敗したところを笑いあっている。
「お前の眉毛左右の太さ違うし、左は太すぎて海苔みたいだな」
「そういうお前だって、チーク濃すぎてアンパンマンみたいだぞ」
メイクは加減が難しい、薄すぎると何も縫ってないようだし、濃すぎると変になってしまう。
他人の失敗を参考にして、そうならないようにテキストをみながら慎重にメイクを進めていく。
眉毛の書き方の部分を再度読み直し、「眉尻に濃いめを使って、眉頭は薄いのを使う」と書いてあることを暗唱しながらアイブロウを手に取った。
「アイラインって目に入りそうで怖いね」
「ちょっと話しかけないでよ。眉毛が変になりそう」
集中しているときに限って声をかけてくる友加里を無視しながら、メイクを進めていく。
僕に無視された友加里は、恐る恐るアイライナーを目に近づけはじめた。
「これでいいかな?」
一応一通りやってみたものの、このまえ遥斗にメイクしてもらった時の様には上手くいかない。
「百田さんは、眉尻の位置がちょっと違うかな?眉尻は目の大きさに合わせるんじゃなくて、小鼻と目尻を結んだ直線上にあわせて。あと眉毛の角度が急すぎるから、もうちょっとなだらかにして」
先生の言うとおりに直してみると、ちょっと直しただけなのに印象がかなりちがってきた。
「眉毛は顔の印象を決める大事なパーツだからね。ちょっとしたことで印象がガラリとかわるからね。それがメイクの難しいところでもあり、楽しいところでもあるんだけどね」
本田先生は、目尻や頬を上げしたり顔の笑みを浮かべている。
―——キンコーン、カンコーン
楽しかったメイクの実技は完全下校を10分前の予鈴で終わりを迎えた。
「授業はこれで終わりますが、メイクは慣れです。練習あるのみなので、各自家でも練習してください。あっ、それでも学校の勉強サボっちゃダメだからね」
先生の一言で笑いが起きたところで授業は終わった。
メイクを落として下校する生徒もいるが、多くの生徒はメイクしたまま下校するようだ。
僕もメイクを落とすのも面倒なのと淡い期待もあったので、帰宅後お風呂に入るときに落とすことにして、そのまま昇降口へとむかった。
下履きのローファーに履き替え、校門をくぐろうとしたときバレー部の人たちと一緒に帰っている紗耶香の姿を見つけた。
「あっ、紗耶香も今帰りなの?」
「光貴、メイクしたままなんだね」
「落とす時間がなかったからね」
本当はこうやって偶然紗耶香と会った時に、メイクしたところを見せたくて落とさずにいた。
「女の子っぽくなってかわいいよ」
日は暮れて街灯だけが照らしている。細かい部分は見えないため不出来な僕のメイクでもかわいく見えたのか、お世辞なのかわからないが、紗耶香に褒められて寒さを感じない程僕の心は温かいもので満たされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます