第15話 カラオケ
慣れた手つきで友加里がリモコンを操作すると、モニターには友加里が好きなアーティストYukiの最新曲が表示された。
友加里はリモコンを置きマイクを握ると、モニターの前に立った。
最近の曲特有の短いイントロのあと、友加里が振り付きで歌い始めた。けん制しがちなカラオケ一番手。空気を読まない友加里が率先してやってくれて助かった。
振り付きで歌い切り息が切れた友加里がやや疲れた表情で僕の隣に座った。次は川原が歌うみたいで、マイクを握っている。
モニターには男性アイドルグループの曲が表示されている。ノリノリで楽しく歌う友加里の後に躊躇なく2番手を引き受けただけあって、川原の歌は上手かった。
隼人が間奏のタイミングで、拍手しながら川原の歌を褒めた。
「悠ちゃん、カラオケうまい~」
「悠ちゃんって?」
「川原さんのことだよ。川原悠祐だから、悠ちゃん。モブキャラの予定だったけど、意外と絡んでくるから川原にも下の名前が必要でしょ」
「隼人、前に急なメタ展開やめろとって言ったよな」
「光貴、ごめん。読者に受けが良かったから私もやってみたかったの」
そんな隼人は、悠ちゃんに続いて女性歌手の歌をキーを下げながらも上手に歌いはじめた。
「光貴は歌わないの?」
紗耶香がリモコンを僕に回しながら聞いてきた。
「音痴だから。みんなとこうやって騒いでいるだけで楽しいから大丈夫だよ」
音楽のテストでみんなの前で歌うなんて、拷問だと思うぐらい音痴なのは自覚している。なので、いままで友達にカラオケに誘われても極力断るようにしていた。
「え~、せっかくだから歌おうよ。ほら、これなら歌えるでしょ」
紗耶香はリモコンを操作して、僕の前に差し出した。数年前に流行った曲でいまでは合唱曲としても使われているので、確かに歌えそうだった。
「次、誰?」
「あっ、私と光貴。マイク二つ頂戴」
禅僧が流れ始めると肩を揺らしながら紗耶香はリズムを取り始めた。歌い始め紗耶香が一瞬僕の方に視線を向けた。
音痴である事を忘れ、紗耶香と一緒に歌い始めると、歌うことで感じる距離の縮まり彼女と同じリズムで歌えることの嬉しさがこみあげてきた。
夢のような4分半はあっという間に終わった。マイクを置くとき紗耶香の方を向くと視線が合った。彼女は楽しそうな笑みを浮かべていた。
◇ ◇ ◇
カラオケ店を出ると友加里は少し不機嫌そうな表情を浮かべていた。
「友加里、どうしたの?もうちょっと歌いたかった?」
延長しようとしたが、次の予約が入っているということでできなかった。
「いや、お腹すいただけ」
「じゃ、ベニーズに行こうよ。私、ドリンクバーのチケット持ってる」
隼人が財布からドリンクバーのチケットを取り出し、友加里に見せた。
駅の反対側にあるファミレスのベニーズに向かって歩き始めた。
ファミレスに行く途中、駅前商店街のアーケードにあるドラッグストアの前を通りかかったとき、有名女優が宣伝する化粧品のポスターが目に飛び込んできた。
明日の授業でファンデーションの塗り方を眉メイクのやり方の実技指導をするので、メイク道具を持ってくるように言われていたのを思い出した。
「そういえば、明日の授業で使うメイク道具買った?」
「うん、100均のだけどね。隼人は?」
「私、前から持っていたの使う。光貴は持ってないの?」
「どれ買ったらいいかわかんなくて。とりあえず明日はお姉ちゃんの借りていこうかなと思ってる」
前回の授業で化粧品の選び方は習ったが、お店に行くとその種類の多さに圧倒され何も買えずに帰ってしまった。
「じゃ、ここで買っていこうよ」
紗耶香が僕の手を引いて、お店の中へと入ろうとした。
「え~、お腹すいた。ファミレスに行った後じゃダメ?」
「これでも、食べておいて」
お腹を押さえて腹ペコをアピールしている友加里に、紗耶香はバックから取り出したチョコレートを渡した。
チョコレートをモグモグと食べ始めた友加里を残して、4人で店内に入ることにした。
広い店内でもひときわ明るく輝いている化粧品コーナーは入り口近くにあった。
化粧品コーナーはリップやマスカラなど豊富な商品が美しく並んでおり、洗練されたディスプレイが目を引いた。
ファンデーションだけでもリキッド、パウダーの種類に加えて、色味もバリエーション豊かに並んでいる。
「先週も見に来たんだけど、どれが良いか分からなくて」
「まずは、リキッドかパウダーかを決めた方がいいね」
紗耶香は白く透明感のあるその手を、そっと僕のほほに手を当てた。
「ちょっと乾燥肌っぽいから、リキッドの方がいいかもね」
「そうやって、選ぶんだ。なんとなくパウダー買っちゃった」
悠ちゃんが感心したように頷いている。
「色も濃いのから薄いのがあるけど、どれ選べばいいの?」
「自分のフェイスラインの色と合わせるのよ」
「フェイスラインって?」
「フェイスラインは顔の輪郭の線で、頬からあごの下ぐらいまでのことよ。そこの肌の色と合わせておくと自然に見えるの。兄弟でも微妙に肌感違うんだから、借りればOKって訳じゃないのよ」
したり顔の紗耶香の説明を男子3人、赤べこのように頷きながら聞いていた。女子になるためにはいろいろ学ぶことが多い。
「ねぇ、決まった?」
チョコを食べ終えた友加里が店内に入ってきた。
「友加里はメイク道具とか持ってるの?」
「ううん、持ってないよ。いつもお姉ちゃんの借りて、やってもらってる。少しは自分でもできるようになりたいから、男子と一緒に本田先生の授業受けてるんだ」
友加里は悪びれる様子もなく、早くファミレスに行こうと急かしてくる。女子でも持ってる知識は差があるようだ。
それでも、懸命に女の子になろうとしている僕らとは対照的に、何もしなくてもかわいい女の子扱いしてもらえる友加里が少し羨ましかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます