第14話 メイクの魔力

 チュンチュンと鳴く雀の声に耳を傾けたり、隣を走る遥斗に話しかけられても答えたりする余裕はできてきている。

 日曜日恒例となった朝のジョギング、まだ数回だけだが少しずつ体力がついてきているようだ。


「だいぶん、慣れてきたようだね。なんなら平日も走るようにしてみる?」

「そうしようかな。毎日は無理だけど週に1~2回ぐらいはできると思う」


 朝走ると脳が活性化するのか、その日一日を有意義に気持ちよく過ごせるような気がしている。


「お姉ちゃん、今日も服貸して?」


 今日は午後から紗耶香たちとテストの打ち上げもかねてカラオケに行くことになっている。

 玄関で靴を脱ぎながら遥斗は、快く応じてくれた。


「これなんか、どうかな?」


 玄関からそのまま遥斗の部屋に入ると、遥斗はクローゼットを開けると迷うことなく、白のニットとグレーのスカートを手渡した。

 編み込みステッチのあるニットと裾レースのスカートはかわいいが、ちょっと地味。

 そんな僕の不満そうな表情を見た、遥斗はもう一度クローゼットの中を見始めた。


「今日デートなの?」

「デート!?そんなんじゃないよ」


 慌ててかぶりを振った僕をみて、面白いことを知ったとばかりに遥斗は口角を上げて揶揄い始めた。


「ってことは、まだ付き合っていないけど好きな人と遊びに行くんだね。それならそうと言ってくれないと、こっちもコーデの都合ってものがあるから」


 顔を赤くなって黙った僕をみて、自分の予想があたっていたことに気分を良くした遥斗は鼻歌交じりに服を選び始めた。


「で、男子なの女子なの?好きな人は?」

「女の子」

「だったら、気合入れないとね。女性のチェックは厳しいから。男子だと、馬鹿だからピンク着ていれば何でもかわいいって言ってくれるけど、女子は細かいところまで見るからね」


 あれでもないこれでもないとしばらく一人で悩んだ後、遥斗はピンクのニットとチェック柄のスカートを渡してくれた。


「ニットは袖口の小さなリボンがあるのはポイントで、スカートはトップスのピンクとの同色コーデだよ」


 遥斗が得意げに始めたコーデの解説を僕は黙って聞くしかなかった。


「そんなところまで見るの?って思ってるかもしれないけど、女子はお互いの服を細かに見てるんだよ。流行を取り入れてるとか、細かいフリルとか。まあ、そういうのも含めて服選びって楽しんだけどね」


 鏡の前の自分の顔が女の子に変わっていく様を、僕は呆然と見つめていた。

 お昼ご飯を食べ終わり、出かける準備をしているところを遥斗に呼び止められた。


「待って、せっかくだからメイクしてあげる」


 遥斗は慣れた手つきでメイクを始めた。言われるがままに目を閉じたり口を閉じたりしているうちに、どんどん女の子っぽくなっていく。

 本田先生の言っていた、「メイクは魔法」という意味を実感した。


「どうしても男は頬骨とか角ばっているから、その立体感を消すと女の子っぽくなるんだよ」


 遥斗はメイクを進めながら、鏡の中の自分に見惚れている僕に解説してくれた。

 最後にヘアアイロンで前髪をウェーブしてもらい、メイクは完成した。


◇ ◇ ◇


 日曜日買い物客などで混雑する駅前を僕は自信を持って歩いていた。

 いつもなら、男とバレないかとか変な目で見られてないかとか不安だったが今日は違う。


 本田先生のは「メイクは自信と勇気を与えてくれる」と言っていたが、たしかにそのとおりだった。

 頬骨やあごのラインなど気になる部分をメイクで上手くカバーできたこともあり、僕は自信をもって女の子として街を歩けている。


 待ち合わせの駅前のオブジェ前には、先についてた友加里と隼人と川原の3人が仲良く話していた。


「ごめん、待った?みんな早いね」

「光貴も、メイクしてるんだね。巻き髪もかわいい」


 早速友加里が褒めてくれた。


「隼人も川原もメイクしてるだね」

「うん、お母さんに手伝ってもらった」

「私はお姉ちゃん。ほらこのラメみて、かわいいでしょ」


 二人とも嬉しそうに答え、隼人はラメ入りの目元を僕の方へと見せてくれた。

 かわいいメイクをしてもらってテンションが上がる気持ち、僕にもよくわかる。


「おまたせ。電車乗り遅れちゃった」


 小走りで駆け寄ってきた紗耶香が申し訳なさそうに謝った。


「女子二人ともパンツスタイルなんだね」

「寒いからね。男子は3人ともスカートだね。えらいね、メイクもしてるし、女子力すでに私よりも高いかも」


 友加里の冗談に5人とも笑みがこぼれた。


◇ ◇ ◇


 案内された部屋に入ると、正面にモニターがあり、リモコンが二つ置いてあるテーブルをはさんで左右に3人用のソファが並べてあった。


 紗耶香の隣に座りたい僕は、部屋に入ると先にコートを脱いで時間を稼ぎさりげなく隼人たちを先に座らせた。


「わぁ~、その服かわいい」

「袖口のリボンがかわいいし、そのスカートとも似合ってるね。光貴、コーデ上手だね」


 ダッフルコートを脱ぐと、紗耶香と友加里が早速今日のコーデを褒めてくれた。遥斗のお手柄だが、それについては黙っておくことにした。

 それにしても僕がコートを脱ぐのを待っていたかのように褒めてきたところをみると、光貴の言う通りやはり女子のチェックは厳しいようだ。


 服を褒めてもらう流れで、入り口右側のソファに友加里と紗耶香に挟まれるように座ることができた。

 3人掛けと言ってもやや幅狭なソファ、3人座ると肩が触れ合う距離。

 期待と緊張で心拍数が上がり始めたのを感じた。

 


 

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