第13話 メイク講座

 教室のドアが開き本田先生が大量のプリントを手に持ちながら、教室に入ってきた。

 今日もグレーのロングスカートが優雅に揺れている。


「それじゃ、テスト返すから出席番号順に取りに来てください」


 出席番号が35番の僕は机に頬杖を突きながら、先生から採点の終わったテスト用紙を返してもらいながら、アドバイスを受けている生徒の様子を眺め見ていた。

 良い結果に喜びを隠しきれない人、悪い結果に落ち込む人、大声を出すことはないがみんなテストの結果に一喜一憂しており、返却が進むにつれて教室が騒がしくなっていた。


 出席番号が早い紗耶香が教壇へとのぼり、先生からテスト用紙を受け取った。

 緊張していた紗耶香の表情が、テストの点数をみた途端緩んだところを見ると悪くはなかったようだ。

 嬉しそうな表情で隣の席に戻ってきた紗耶香に声をかける。


「どうだった?」

「教えてもらったおかげで、良かったよ。ありがとう」


 テスト用紙の右上を折り曲げて点数は見えないが、嬉しそうにしている様子を見て、教えた僕もほっと一安心できた。


 ようやく僕の番がきて、教壇へと向かった。

 先生は僕と視線を合わせながら、テスト用紙を返してくれた。


「百田さん、計算ミスが少しあったぐらいであとはだいたい出来ていました」


 受け取ったテスト用紙には92点と、今まで見たこともない点数が書いてあった。確かに試験中解きながら手ごたえはあったが、思いもよらない高得点に信じられずに、答案用紙を何度も見てしまった。


「どうだった?受け取った表情からすると、良かったみたいだけど」

「うん、92点」


 あまりの高得点に点数を隠すことなく伝えた。紗耶香も喜んでくれて、机の上で小さく手を叩き祝福してくれた。

 教えることは教わることという言葉があるが、紗耶香と友加里に教えているうちに自然と学力が上がっていたようだ。


◇ ◇ ◇


 今日の本田先生による「男の娘講座」は、いつもの5組の教室ではなく3階の空き教室で行われることになっていた。


 昔この教室はは視聴覚室と呼ばれていたらしいが、昨今タブレットの普及や教室にも電子黒板が導入され今では自習室として開放されているスペースを、今日は本田先生が占有使用許可をとってくれていた。


 教室のドアをあけて入ると、いつも見知った男子生徒以外にも希望参加の女子生徒の姿が見えた。

 9月から本田先生の授業を受け女の子らしくなってきた僕らだが、やはり本物の女子と並ぶと見劣りしてしまう。


「楽しみだね」


 僕ら男子3人と一緒についてきた友加里が、授業が待ちきれないといった感じで目を輝かせていた。


「でも、メイク講座なのにメイク道具いらないんだね。鏡だけって何するのかな?」

「数回に分けて授業するって言ってたから、そのうちいるんじゃない」


 友加里と話しながら空いていた後ろの方の席に座った。席を自由にと言われたら後ろから埋まっていくものだが、本田先生の授業は人気で前の方から埋まっていく。


「みんな、放課後なのに集まってくれてありがとう。今日は女子の参加も多くて、ちょっと緊張しちゃうな」


 いつもと違う感じに戸惑いながら先生は教壇に立った。


「それじゃ、これから数回にわけてメイク講座をします」


 待ってたとばかりにみんな前のめりで先生の話を聞いている。


「最初に質問です。メイクは何のためにするのでしょうか?1組の相川さん」


 先生に指名された生徒が席を立ち、数秒間考えた後自信なさげな表情で答え始めた。


「かわいくなるためですか?」

「う~ん、それもあるけど、ちょっと違うかな?せっかく女子もいるから、女子の意見も聞いてみようかな?じゃ、当てやすいから4組の石川さん」


 指名された友加里は席を立ちあがり、先ほどの相川さんとは対照的に即答で元気よく答えた。


「男子にモテるためですか?」


 教室に一斉に笑い声が溢れた。


「まあ、それもあるけど。答えはあとで説明するとして、持ってくるように言った鏡を出して下さい」


 ゴソゴソとカバンから鏡を出す音が教室に鳴り響いた。


「それでは、鏡で自分の顔を見てください。時間は15分間。喋ったり、視線を逸らしたりせず、しっかりと自分の顔を見て下さい」


 先生の真意はわからないが、鏡で自分の顔をみてみる。毎朝髪を整えたり、お風呂上りに化粧水を塗りながら鏡で自分の顔を見ることはあるが、こんなにじっくりと自分の顔を見るのは初めてだ。


 前髪もうちょっと短い方がいいかな?この角ばった頬骨が男っぽいな。女の子みたいな丸い頬っぺたが欲しい。眉毛前髪で隠れているからって、最近手入れしてなかったな。

 そんなとりとめもないことが脳裏に浮かんでくる。


「はい、終わりです」


 先生の合図でみんな一斉に鏡から視線を上げた。今までに感じたことのない長い15分間が終わった。

 みんな周りの生徒と「どうだった?」「自分の顔ってマジマジとみると嫌なもんだね」などと感想を言い合っている。


「はい、みんな静かに。自分の顔改めてみると、ほくろがあるとか、鼻の形が変とか欠点ばかり感じるでしょ。私も毎朝メイクするときに自分の顔見るの嫌です。シミができたとか、シワが増えてきたとか鏡見ながら、うんざりしちゃう」


 先生のちょっとおどけた言い方に、笑い声が漏れた。


「メイクで、シミも消せるし、シワも隠せる。目が小さいのが悩みの人は大きくもできるし、男子特有の角ばった輪郭も丸く見せることができます。そうやって、メイクで弱点をカバーすることで、自信が持てます。メイクは勇気と自信を与えてくれます」


 さっきまで笑いながら先生の話を聞いていた生徒たちも、真剣な表情で話を聞いている。


「メイクは誰かのためにするものではなくて、自分のためにするもの。それが分かったところで、具体的なやり方について話していきます」


 そのあと先生は化粧品の選び方について話し始めた。僕はそれを聞きながら、「メイクは勇気と自信を与えてくれる」先生の言葉を心の中で何回も繰り返した。

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