第9話 黒タイツ

 11月に入ると木枯らしも吹き始め、急に気温が下がってきた。

 髪型を変えスラックスの方が逆に似合わなくなった僕は、美容院に言って以来スカートで登校するようになっていた。


 学校に着くころには、木枯らしの冷たい風で体は冷え切っていた。

 教室にはまだ暖房は入っていないものの、風がないだけでも暖かく感じる。


「おはよ、今日は一段と寒いね」

「風が冷たいね。バス待っている間が辛かったよ。光貴、タイツ履かないの?」


 僕の冷たくなって手を握って温めてくれている隼人の足元は、黒タイツを履いていた。


「持ってなくて。それって、暖かい?」

「暖かくはないけどないよりマシかな。売店にも売ってたから、買ってきたら?」

「帰りもあるし、買ってくるよ」


 昇降口近くにある売店は、朝ごはんを買いにきた生徒やノートなど文具を求める生徒で朝から混雑していた。

 混雑する人をかき分け文具コーナーの横に置かれてある黒タイツを手に取った。


「40デニール、60デニール!?何が違うんだ?80もあるぞ」


 1種類と思われた黒タイツにも種類があった。何が違うのかよく分からない僕は、偶然兄の遥斗も売店にきていることを期待して周りの様子を伺った。


「百田さん、おはよ。何してるの?」

「栗山さん、おはよ。寒かったから、黒タイツ買いに来たんだけど種類がいっぱいあって分からなくて悩んでた。デニールって何?」


 偶然ルーズリーフを買いに来た紗耶香に、助けを求めた。


「デニールって厚みのことよ。60ぐらいが無難かな?」


 よく分からないまま60デニールの黒タイツを握りしめて、レジへと向かった。


「黒タイツって、なんであんなにいっぱい種類があるの?タイツなんて防寒のために履くから厚いのだけでいいと思うけど」


 一緒に教室に向かいながら、隣を歩く紗耶香に聞いてみた。


「厚いと足が太く見えるし、なによりダサい。透け感があった方がいいけど、それだと寒いから、寒さと見た目の兼ね合いでいろいろ種類があるのよ」

「なるほど。かわいく見せるために、寒さも我慢しないといけないなんて、女子って大変だね」

「ようやくわかってきた?女子は見えないところで努力してるのよ」


 髪の毛もお肌の手入れも毎日しないといけないし、立ち方や歩き方も気を配らないけない。男子だったころよりも格段にやる事が増えた。


 廊下ですれちがう同級生一人一人が、陰で同じような努力をずっとしてきたと思うと頭が下がる。


◇ ◇ ◇


 月曜日恒例となった本田先生の授業。今日は何を教えてくれるだろうと、期待しながら先生が来るのを待った。

 教室のドアが開くと、本田先生と一緒に体育の柴山先生も入ってきた。


「今日はそろそろ日が沈むのも早くなったし、だいぶんスカートで通学してくる生徒も増えてきたので、防犯について学びます」


 先生は黒板に「痴漢」「盗撮」「暴行」と書いた後、教室内をぐるっと見渡した。


「みんな、男子だから自分は大丈夫だろうって表情してるけど、それには二つ誤解があります」


 みんなに考えてもらうためか、先生はいったん間をおいてゆっくりと話し始めた。


「まず、第一に皆さんがこの授業を通して女子高生っぽくなればなるほど、変質者のターゲットにされる可能性が高まります。見た目が女の子っぽいわりに、女子としての警戒感のないから、向こうとしてはやりやすい表的です」


 先生の言葉は、自分には関係ない話と興味を失っていた生徒たちの関心を引き戻した。言われてみれば、その通りだ。

 でも、盗撮はともかく痴漢や暴行に関しては、これでも一応男だし抵抗しようと思えばできるだろう。

 

「ようやく当事者意識が持てたとおもうけど、まだ気持ちのどこかに男だから大丈夫だろうと思ってるかもしれないけど、それが第二の誤解です。そのために今日は柴山先生に来てもらいました」


 教室の後ろで待機していた柴山先生が教壇に立った。


「誰でもいいけど、一ノ瀬さんちょっと前に来てもらってもいい?」


 隼人が呼ばれて教壇にのぼった。身長170cmと男子の標準的な身長の隼人だが柴山先生の方が身長も体重も大きく、並んで立つと小さく見える。


「一ノ瀬さん、いまから柴山先生が抱き着いてくるから抵抗してみて。それじゃ、柴山先生お願いします」


 本田先生の合図と同時に、柴山先生は隼人を羽交い絞めにした。隼人も精一杯抵抗するが、体格さに勝る柴山先生の前では子供の様に無力だ。


「柴山先生、ありがとうございます。一ノ瀬さんも協力してくれてありがとうね。じゃ、席に戻って」


 隼人が席に戻って着席するのを見届けてから、本田先生は話を続けた。


「今のは対格差があったけど、よっぽど大きくない限り自分より大きい人はいてその人に襲われると抵抗できないってことを知っておいてください」


 かわいい女の子を目指して白石高校に入学してきている僕らは、当然のごとく筋肉マッチョな男子生徒はいない。せいぜい細マッチョぐらいで、女子並みに華奢な生徒も多い。


「あと痴漢だけど実際うちの学校の生徒、女子も男子も含めてだけど、数名被害に遭っています。みんな怖くて何もできなかったって言っています」


 痴漢に遭った時のことを想像してみる。お尻を触られたとしても怖くて抵抗できないだろうし、「痴漢です」って騒いで間違いだった時が困るので何もできないと思う。


「わかってもらったところで、そんな目に遭わないためのポイントを説明します。まずはできるだけ一人にならないこと。あと後ろに気を付けること」


 先生は防犯のポイントを黒板に書いていった。僕は板書を写しながら、女の子って楽しいだけじゃないんだということをあらためて思った。







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