第8話 お買い物
日曜日の駅前は買い物客や家族連れなど多くの人で賑わっていた。
髪型も女の子っぽくした僕は女子高生の擬態を完成させており、特に誰からも変目で見られることなく、遥斗と待ち合わせ場所の駅前のオブジェ前にたどり着いた。
遥斗はカットを終えた僕をみて褒めた後、僕の後ろにいる二人に気付いた。
「光貴、いいね。かわいいよ。って、後ろのお二人さんは?」
「私のクラスメイトだよ。お姉ちゃんと買い物行くって言ったら、一緒に行きたいって」
「石川友加里です。すみません、急に押しかけちゃって」
「栗山紗耶香です。お姉さんもかわいいですね」
「姉の、いや正確には兄なんだけど遥斗です。いつも光貴がお世話になっています」
礼儀正しくあいさつした二人は、「髪きれい」「この白いシュシュもかわいい」「私より女子力高!」などと遥斗をほめちぎり、遥斗は戸惑い気味な表情を僕に向けた。
「ほら、お姉ちゃんも困っているからそのぐらいにして、買い物行こうよ」
ようやく二人から解放されすこし疲れ気味の遥斗と、駅前にある総合スーパーへと向かうことにした。
エスカレータでスーパーの2階に上がると、右側に明るく輝く下着売り場が見えた。
その奥にある本屋にはよく行っていたが、いつも足早に過ぎ去りつつマネキンがつけているブラジャーやスリップを横目で見ていた。
膝丈のスカートに身を包んだ僕は、堂々と下着売り場に乗り込んだ。
目に飛び込んでくるのは水色、赤、紫といった色とりどりの下着たち。
柄物やレースやリボンなどバリエーションも豊富で、目移りしてしまう。
「百田さんは、どんなのが良いの?やっぱりピンク?」
友加里が無邪気な笑みを浮かべて聞いてきた。
「洗い替えも含めて3セット買おうと思ってて、一つは水色で決まりなんだけど、あとはどうしようかなと思ってる。ピンクと黄色と思ってきたけど、紫もいいし白地にピンクの花柄もかわいいし、いっぱいあり過ぎて選べない」
「やっぱり男の人って、水色とかピンクが好きなの?あっ、あと上下はセットの方がいい?」
友加里が興味津々な様子で質問を続けてきた。
「友加里ったら、今度デートするからって張り切り過ぎ。百田さん、困ってるじゃない」
「え~、だって、初めてなんだもん。そんな展開になったときダサい下着で引かれたら、イヤだもん。せっかくだから、男子の意見もきいておきたいじゃん」
「ごめんね、百田さん。友加里、初めての彼氏で浮かれてるの」
浮かれている友加里の代わりに、紗耶香が謝ってくれた。
「男性の一般論でいうと、カワイイ系が無難だけど、赤とか黒とかのセクシー系も好きだよ。あと、やっぱり上下セットの方がいいかな。自分のために準備してくれたんだって感じるから、セットの方にしておく方が良いと思うよ」
「お姉さん、ありがとうございます」
遥斗が友加里の関心を引いているうちに、僕は自分の下着を選び始めた。
「サイズってわかってるの」
「うん、家で計ってきた」
「店員さんに計ってもらって、『あら、この子胸なさすぎ。ひょっとして、男』って反応見ようと思ったのに、残念」
残念がる紗耶香を横目に見ながら、小花柄がかわいいピンクのブラジャーを手に取った。
高校生らしくシンプルでありながら、胸元にも小さなリボンがついててかわいい。
「百田さんは、カワイイ系が好みなの?」
無邪気に尋ねてくる紗耶香が、どんな下着をつけているのか気になってしまった。
見えないとわかりつつも、つい横目で胸を見てしまう。
「あ~、今私がどんな下着付けているか気になったでしょ?」
紗耶香は胸を隠しながら、下心を見透かされて恥ずかしがっている僕を揶揄い始めた。
「女の子はね、視線に敏感なのよ」
悪戯した子供を窘めるように注意しながら、紗耶香は僕に近づきつま先立ちして耳元でささやいた。
「部活の後だから、黒のスポブラだよ」
聞いた瞬間、僕の頭は想像した紗耶香の下着姿でいっぱいになった。
「真っ赤になって、かわいい」
「紗耶香、百田さん揶揄うのほどほどにしときなよ」
「光貴、決まった?」
友加里と遥斗からも、紗耶香に揶揄われて真っ赤になっていた僕を見られてしまった。
◇ ◇ ◇
3階にあるフードコートは、買い物途中の休憩をしている主婦や勉強している高校生など多くの客でにぎわっていた。
運よく空いていた空席を見つけると、買い物を終えた僕らは滑り込むように座り席を確保した。
「友加里、オールドファッション、カロリー高目だから太るよ」
「部活でいっぱい運動したからいいの。紗耶香だって、フレンチクルーラー食べてるじゃん」
「残念でした、意外とフレンチクルーラーはカロリー低いのよ」
「まあ、穴が開いているからドーナッツなんて全部ゼロキロカリーだよ」
紗耶香と友加里が仲良く話しながらドーナッツを食べている前で、僕はポテトを口に運んだ。
「ところで、お姉さんがハクジョに入ったのって、やっぱりLGBTとかですか?」
あっさりとオールドファッションを食べ終え、二つ目のエンゼルクリームを食べ始めた紗耶香が遥斗に尋ねた。
「いや、そういう訳ではないかな。普通に女子が好きだし、自分のこと男だと思ってるし。男がかわいいとかきれいを目指したらダメかな?」
「じゃ、百田さんも同じなの?やっぱり女子が好きなの?」
唇にクリームをつけたままの友加里が僕に話を振ってきた。
「私も同じ感じかな。お姉ちゃんをみて、自分もなりたいって思っちゃった」
関心がなさそうに装ってウーロン茶を飲んでいた紗耶香は、僕の話を聞くと表情が緩み安堵した様子だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます