第7話 美容院
日曜日の朝、チュンチュンと雀の鳴き声が聞こえてくるなか、冷え込む朝に僕は布団にくるまりながらぼんやりとした頭でスマホをいじっていた。
スマホの画面には、女性ものの下着の画像が表示されている。水色もいいけど、黄色もかわいいな。黒もセクシーで捨てがたい。
下着の色を何にしようかと考えていた僕は、大事なことに気付いてしまった。
ベッドから飛び降りると、リビングへと向かって階段を駆け下りた。
姉となった兄の遥斗は、朝のルーティンであるジョギングを終えリビングでヨガをしていた。
「光貴、ようやく起きたの。日曜だからって、いつまでも寝てたらダメだよ」
遥斗は「戦士のポーズ」と呼ばれる、片足を大きく踏み出し、両手を上にあげたポーズをとりながら、こちらを振り向いた。
「お姉ちゃん、服貸して」
「急に何なの?」
「今日、美容院行って髪切ってから、買い物行こうと思ってたけど男の服のままだと恥ずかしいから、お姉ちゃんの服貸してよ」
まだ制服以外にスカートを持っておらず、かといって制服で美容院に行くのも違う気がする。
「まあ、いいけど、買い物って何買うの?」
「下着……、ブラとかパンツとか……」
「そうか、光貴も付けたいと思うようになったのか、ヨシヨシ。光貴も女の子になったな」
恥ずかしそうに答えた僕を遥斗は頭を撫でながら揶揄ってきた。抵抗したいところだったが、機嫌を損ねて遥斗から服を借りられないと男の格好のままブラジャーを選ぶことになってしまう。それだけは避けたい。
「私、スカートしか持ってないけど、いいの?」
「いいのって何が?」
「光貴、スカートで外出たことないでしょ」
学校でスカートを履く機会が増えたので気づかなかったが、考えてみればまだ学校以外でスカートを履いたことがない。
「どうしよう、でも男の格好で買い物行くのも恥ずかしいし」
「男らしく腹くくって、スカートで行くしかないんじゃない。ほら、服選びに行こう」
遥斗は僕の手を引っ張り2階の自室へと連れて行った。
きれいに片づけてある遥斗の部屋に入り、クローゼットを開けると服がきれいに慣れべてあった。
「そうだな光貴は暖色系が似合いそうだから、このピンクのニットとワインレッドのスカートなんてどう?同色コーデでかわいいと思うよ」
「ピンクはちょっと」
「じゃ、トップスはこっちのベージュにしてと。とりあえず、一度着て」
寝巻代わりに着ていた中学時代のジャージを脱いで、遥斗から渡された服に着替えてみた。
「制服より、こっちの方が女の子っぽく見えるね」
「トップスがVネックで肩幅誤魔化せるし、スカートも膝丈フレアだから男らしい骨格もカバーできるしね」
「どういうこと?」
「男は逆三角形の体格だからボトムにボリューム持たせると、女性らしい三角形の体形になるんだよ。そのうち、本田先生からも習うよ」
改めクローゼットの中をみると、Aラインスカートやチュールスカートといったボリュームのあるスカートが並んでいた。
着替え終わった僕を見たあと、遥斗も着替え始めた。
「美容院って、あそこでしょ。駅前の」
「うん、よくわかったね」
「学校の友達もみんな行ってるしね。一人で行くのも心細いだろうから、一緒についてってあげようか?」
遥斗に借りができるのは癪だったが、たしかに一人より二人の方が心強い。僕は首を縦に振った。
◇ ◇ ◇
日曜日の駅前は、買い物客や家族連れでにぎわっていた。
僕は遥斗に案内されながら美容院に向けて歩いていた。
「電車って緊張するね。ジロジロみられるし、逃げ場はないし」
「まあ、それも慣れかな。みんなスマホ見てるから、自然にしてれば変な目で見られることもないよ」
「制服にはポケットあったから気づかなかったけど、女性の服ってポケットないんだね」
肩には遥斗から借りた焦げ茶色の小さなバックがかかっている。その中に財布とスマホやハンカチが入っているが、男の服だったら全部ポケットに入っていたものばかりだ。
「ポケットにもの入れると、ラインが崩れるからね。カバン持ち歩かないといけないのは不便だけど、カバンを含めてコーデできる楽しみもあるよ」
遥斗は肩からたすき掛けている赤いバックを指さした。白のニットに黒のチュールスカートに、赤いバックが映えて良いアクセントになっている。
数分歩いたところで、遥斗は立ち止り雑居ビルの2階を指さした。
「ここだよ。じゃ、私は駅前でブラブラしてるから終わったら呼んでね」
そういうと遥斗は僕を残して、駅の方へと歩いて行った。
僕は階段を上り、ガラスのドアを開いて美容院に入った。
3つ椅子が並ぶ店内は、大きな窓ガラスから優しい陽の光が差し込み明るい雰囲気だった。男性の美容師は先客の髪をカットしており、他に女性スタッフ2名が明るい笑顔で出迎えてくれた。
「予約しておいた、百田ですけど」
「お待ちしておりました。こちらにどうぞ」
受付にいた茶髪の30代ぐらいの女性の美容師さんが席へと案内してくれた。
「今日は、どんな感じにします?」
「よくわからないんで、女子高生っぽく見えるようにお任せします」
「それじゃ、どうしようかな?」
美容師さんは鏡を見ながら悩み始めた。
「すみません、ノープランで来ちゃって」
「いいのよ。みんな、最初はそうよ。それじゃ、トップの高さを抑えて、後れ毛を残す感じでいいかな?前髪は残した方がいいけど、今の感じだと重たいからちょっとすくね」
丁寧に説明してくれたが、よく分からない僕は静かにうなずいた。
美容師さんはカットしながら、面長で彫りが深いのが男の顔の特徴だから、それをカバーすると女の子っぽく見えると教えてくれた。
―——十数分後
鏡には自分のようで自分ではない顔が写っていた。
鏡越しに見える美容師さんも、誇らしげな表情でこちらを見つめている。
「ハーフアップするときはおくれ毛をだして、横の方に髪をもってくるといいから。できたら毛先もハネさせた方がいいね。あとトップがペタッとするとダサくみえるから、結び目はこめかみより上にして、立体感だしてね」
「ありがとうございます」
「女の子って面倒なこと多いけど、楽しいことも多いから頑張ってね」
男なのに女の子っぽく見せたいという無茶ぶりにも快く応じてくれて、アドバイスまでくれた。
この対応ならハクジョ男子行きつけのお店というのもうなずける。
気持ちよく会計を済ませお店を出ると、遥斗に「終わったよ」とメッセージを送った。
すぐに「駅前に戻ってきて」と返信があり向かい始めたとき、紗耶香と友加里の姿が見えた。僕を見つけるなり、小走りで近寄ってきた。
「あ~、やっぱりいた。そろそろ終わると思ってた」
「その髪型かわいい。あと私服もかわいい」
「二人とも制服だけど、部活帰り?」
「うん、部活終わって駅前でお昼食べてたら、百田さんのこと思い出して見に来たの」
嬉しそうにはしゃぐ紗耶香ともう少し話していたいが、遥斗との約束もあるので名残惜しいが切り上げることにした。
「ごめん、お姉ちゃんと待ち合わせしてるから行くね」
「えっ、百田さんってお姉ちゃんいるの?」
「正確に言うと兄だけどね。うちの学校の2年生だよ。これから一緒に買い物するって約束だから行くね」
「買い物って?」
「服とか下着とか……」
僕の言葉に二人の目は輝いた。
「じゃ、一緒に行こうよ。お姉さんも見てみたいし」
「下着買うときは一緒に行こうって約束してたよね」
楽しそうな笑みを浮かべた二人は、僕の手を引っ張り駅前へと向かい始めた。
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