第6話 下着

 いつもより30分早く来た学校は、登校してきている生徒もまばらで静かだった。

 登校した僕は静かな校舎に僕の足音を響かせながら、更衣室へと向かった。


 昨日紗耶香たちに言われた通り、今日は朝からスカートに着替えた。

 更衣室の鏡には、2週間前とは格段に女の子っぽくなった自分の姿が映っていた。

 女の子っぽくなったとはいえ、遥斗や隼人と比べると同じ男なのに見劣りしてしまう。


 どこがいけないのだろうと、足を組み替えたり、腰をひねったりといくつかポーズをとってみるが、何が違うのか分からなかった。


 疑問を抱えたまま教室に入ると半分くらいの生徒がきており、その中に紗耶香がいた。


「約束通り、スカート履いてくれたんだね」


 僕を見つけるなり駆け寄ってきた紗耶香は、僕の両手を握ると振り回しながら喜んでくれた。


「学校の中だと、多少変でも気にする人いないしね」

「大丈夫、変じゃないよ。あっ、そうだ。髪の毛も結んであげる。スカート履いているのに、その髪型だと似合わないでしょ」


 紗耶香は僕を椅子に座らせると、自分の櫛で無造作に伸びているだけの僕の髪をとかし始めた。


「ちょっと前髪は垂らした方がいいかな?」

「ハーフアップの方が似合いそう。せっかくだから三つ編みしてみよ」


 紗耶香は独り言を漏らしながら、僕の髪を結っていった。クラスの女子もそんな僕たちを横目でチラチラとみていた。


「これで、いいかな」


 紗耶香が渡してくれた手鏡で自分の姿を見てみる。いままでただ伸ばしていただけの髪が、きれいに結ばれており女の子っぽくなっていた。

 ちょうど登校してきた友加里と隼人も僕を見て、「かわいい」と言ってくれた。お世辞とわかっていても、「かわいい」と言われると心が弾む。


 浮かれている僕とは対照的に、紗耶香は納得いっていない表情を浮かべていた。


「髪伸ばしているのは分かるけど、美容室でカットしてもらった方がいいかもよ。毛先とかちょっと傷んでるし、毛先もそろえた方がいいし」

「美容室とか行ったことないよ」

「大丈夫、先輩に聞いたけどハクジョ男子がよく行っている美容室が駅前にあるんだって。今度そこに行ってみたらいいよ」

「今度の日曜日、空いてるみたい」


 友加里がいつの間にかスマホで予約状況を確認していた。


「スカート履くなら、髪型も整えた方がいいよ。一ノ瀬さんみたいに触覚垂らした方が女の子っぽく見えるし」

「そうだよ。どうせ行くなら早めの方がいいよ」


 紗耶香と友加里と隼人、3人から急かされるように言われると、さっきまでかわいく見えていた髪型も、急にがダサく見えてきた。


 プロがきちんとカットしてくれたら、もっとかわいくなれるかもしれない。

 さっき更衣室で感じた違和感は髪型のせいかも知れない。

 紗耶香にセットしてもらった髪を触りつつ、手鏡で自分の顔をみて覚悟を決めた。


「じゃ、日曜日行っちゃおうかな」

「予約入れちゃうね。1時からで大丈夫?」

「うん」


 美容室に行くことが決まると、どんな髪型が良いかで話が盛り上がり始めた。

 その時教室に入ってきた川原が、騒ぐ僕たちを見て声をかけてきた。


「えっ、何騒いでるの?」

「百田さんが、日曜日美容室に行くんだって。駅前にある美容室知ってる?そこに行くの」

「知ってるも何も、私も先週そこでカットしてもらったよ。女の子っぽく見えるセットの仕方も教えてもらえるし、おすすめ」


 友加里のスマホから僕の方に見向いた、川原のミディアムボブにカットされた髪が揺れた。


「はい、みんな、席について朝のホームルーム始めるよ」


 先生が教室に入ってくると、各自自分の席へと戻っていった。


「おっ、今日は男子3人ともスカートだね」


 出席をとり始める前に、男子3人ともスカートを履いていることに先生が気づいた。隼人は初回の授業の日からずっとスカートで登校してきているし、川原も初回の授業以降は今日の僕と同じように学校で着替えている。


「先生が学生のころは、一年生でスカート履いてくるの私一人だけだったから寂しかったけど、仲間がいると心強いね。ちょっとうらやましい。昔はまだ地域の人もハクジョ男子見慣れてなくて、変な視線で見られたし。まあ、昔話はこの辺にして、出席とるね」


 雑談していると朝のホームルームが終わらないことに気付いた先生は、慌てて出席を取り始めた。

 制服がスカートとわかってて白石高校このがっこうにきてる僕らは、理由は様々だがスカートを履きたい気持ちはある。

 でも、恥ずかしさが先行して勇気がでないが、一人だけではなく仲間がいると心強い。


◇ ◇ ◇


 その日の2時間目は体育だった。

 隣の3組の男子3名もみんなスカートで、男子更衣室とは思えない状況で体操服に着替える。


 見るつもりはなかったが、自然と他の生徒の着替える姿が視界に入ってくる。みんなピンク、水色や白と色はバラバラだがブラジャーをしており、下の下着も女性もののショーツを履いている。


 その事実に気付くと、いまだに男性用トランクスを履いてきている自分の姿が恥ずかしくなってきて、隠すように体操服に着替えた。

 隼人の白い体操服から透けて見える水色のブラジャーが、うらやましく思えた。



 10月になったとはいえ、体を動かすとまだ汗ばんでくる。体育の授業を終えた僕たちは更衣室に戻ってきたが、まだ体は火照ったままだ。


「スカートって、こんな時便利だよな」


 隣のクラスの男子がスカートの裾をもって、パタパタと扇いでいた。夏に教室で女子生徒が同じことをやっていて、本田先生に見つかって「はしたない」といって怒られていた。 


 僕もやってみたが、確かに涼しい。僕がやっているのを見て、隼人も川原もやり始めた。


「先生に見つからないようにしないとね」


 僕の冗談に、隼人と川原から笑い声が漏れた。場がなじんだのをみて、隼人に質問を切り出した。


「ところで、隼人。やっぱり男でもブラジャー必要?」

「光貴見てたの、スケベ」


 隼人が冗談っぽく胸を隠すしぐさをした。


「隣で着替えてたら嫌でも視界に入るだろ」

「まあ、そうだね。冗談、冗談。私だって、光貴がまだ男性用トランクス履いているのも見てるし」


 今度は僕が慌てて下半身を隠した。


「まあ、形から入るっていうか、スカートに男性ものの下着だと違和感あるし、それに胸が少しあった方が体のラインも女子っぽくなるよ」


 そういうと隼人は少し胸を張った。

 胸があるというだけで女性っぽく見えるし、くびれのない男性の体にメリハリがついた感じになる。


「光貴、持ってないの?」

「今度、買うようにするよ」


 日曜日、美容室に髪をカットしに行くのでその帰りにでも買うことにしよう。

 


 



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