第4話 男と女の違い
5時間目の体育の後、スカートに着替えて教室に戻ると紗耶香が待ち構えていたように近づいてきた。
「やっぱり、スカートかわいい。一ノ瀬さんみたいに毎日履いたらいいのに」
1週間ぶりの僕のスカート姿をみて、紗耶香は嬉しそうにしている。一ノ瀬はあの日以来、「どうせ来年から着るんだし、髪型も女の子っぽくしたから」といって、毎日スカートで登校してきている。
「ところで、やっぱり下着も女物付けているの?」
紗耶香が興味津々な表情で尋ねてきた。周りの女子もその答えが気になるみたいで、僕の様子を伺うような視線を向けている。
「栗山さん、揶揄わないでよ。恥ずかしいんだから」
「え~ケチ、教えてよ。あっ、そうだ。持ってるかどうかだけでも教えてよ。持ってないなら、一緒に買いに行こうよ」
紗耶香と学校以外で会えるのは嬉しいが、その行き先が女性の下着売り場。
おねだりする子供の様な表情の紗耶香に、「行かない」と伝えると眉毛が下がり残念そうな表情に変わった。
「わかったよ。必要になったとき買うから、そのとき一緒に行こう」
「約束だよ」
ちょうどその時6時間目の英語の先生が教室に入ってきた。紗耶香は自分の席に戻ると、「楽しみにしているよ」と言わんばかりの満面の笑みで僕の方をもう一度見てきた。
◇ ◇ ◇
放課後特別授業の行われる5組の教室には、自由参加になったとはいえ大半の男子生徒が集合していた。
本田先生は出席率に満足したようで、嬉しそうに授業を始めた。
「じゃ、今日は男と女の体の違いについて学びます。男と女、何が違うと思う」
「下半身の像さんと、胸が有るか無いかだと思います」
男子らしい下ネタに教室に笑い声が響いたが、先生は動じることなく淡々と授業を進めた。
「はい、そうですね。それも大きな違いですが、もっと大きな違いがあります。女性にはできて、男性にはできないこと言えば何でしょう?当てやすいから、自分のクラスから当てるね、百田さん?」
突然の指名に驚いたが、女性にできる特有のことと言えば、あれしかない。
「子供が産めるか、産めないかですか?」
「そう、その通り。当たり前ですが、女性は子供を産みます。そのために骨盤が広いのが特徴です。その骨盤の違いを理解することが、女の子のふるまい方を学ぶ上で大事になります」
先生はモニターを操作して、男女の骨盤の骨格標本を映し出した。確かに言われた通り、女性の方が広くハート形の男性に比べて円形に近い。
「それで何が違ってくるのかというと、まずはスカートの位置です。骨盤の違いで女子と男子ではウエストの位置が違います」
モニターには2枚の写真がスカートの位置が違う映し出された。右側のスカートを上げた写真の方が女の子っぽく見える。
「具体的にはスカートはへそより上、あばら骨の一番下ぐらいで履くようにしましょう。さあ、みんな立ってみて。近くの人と見比べてください」
先生の掛け声でみんな席から立って、スカートの位置を調節し始めた。僕も席から立ち、スカートを少し上にあげた。
隣の席に座る隼人は、とくに調整していないところを見ると最初からその位置で履いていたみたいだ。
「光貴のスカート、何か変と思ってたけど、位置が違ったんだね。そっちの方が似合ってるよ」
「自分じゃ、よくわからないな」
「写真撮ってもいい?」
隼人に撮ってもらった写真を見てみる。ちょっとした違いなのに、今までよりも自然な感じで違和感がなくなっている。
「これでわかったと思うけど、ちょっとした違いで印象というのは大きく違ってきます」
みんな感心したように頷いている。したり顔の本田先生は、テキストを手に取るとみんなに着席を促した。
「じゃ、次は立ち方の説明に移ります。まず、女の子らしい立ち方ってどんな感じでしょうか?川原さん」
僕と同じように突然話を振られた川原は、考える時間を稼ぐためかゆっくりと立ち上がった。
「内またですか?」
「そうですね。ガニ股はNGだけど、内またもやり過ぎると不自然だから気を付けてね。足をくっつけるというより、膝が外に向かないように意識すると自然に見えます」
先生は見本を見せてくれた。これも、ちょっとした違いで受ける印象が断然違う。
「あとテキストにあるように、猫背にならず肩甲骨を寄せて、肘は後ろに向けて、体にくっつけると、こんな感じ」
みんな席に座りながらも先生の真似をして、肩甲骨を寄せたりしながら、肘を体に近づけたりしている。
「さらに言うと、どちらかの足を半歩引いて、ふくらはぎ同士が触れるぐらいに立つとより女の子っぽく見えます」
女の子っぽくを通り越して、気品のある女性の立ち姿そのもの本田先生に見惚れていた。
「まあ、一度に言っても覚えきれないだろうから、テキストに書いてあることをしっかり読んで練習してみてください」
テキストには女性が立っているイラストに、「かかとから後頭部までの軸をまっすぐに」とか「あごの下にリンゴ1個分の空間を空ける」などと細かい注意点がびっしりと書き込まれている。
「先生、質問。女子生徒はみんな、こんなにいっぱいの注意点守ってるんですか?」
生徒の一人が質問した。本田先生は、ちょっと考え込んだ後、言葉を選びながら話し始めた。
「まあ、女子の中にはがさつと言えば言い過ぎだけど、あまり意識していない子もいます」
「それなら、なんで男子だけが……」
「言ってみれば、貴方たちは女子としてマイナスからスタートです。それを頑張って、頑張ってようやくゼロのスタートラインに立てます。そして女子よりも女の子らしくなってようやく、認められます」
落ち込む生徒たちに先生は言葉をつづけた。
「まあ、大変だろうけど、やっていくうちに慣れて自然にできるようになるし。それに、もともと女子の大変さを理解してもらうのも趣旨だからね」
あえて気軽な口調で先生は話してくれたが、立つだけでもこんなに注意点があると思うと、この先が不安になってきた。
その日の帰り道駅で電車を待っている間、会社帰りのOLや女子高生たちに自然と意識がいってしまう。
みんな本田先生ほど完ぺきではないが、脚や肘は閉じているし、背筋は伸びている。女性たちの隠れた努力の一片を見えたような気がした。
スカートを履けば女の子になれるって訳ではなさそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます