第2話 特別授業
更衣室から教室に戻ると、待ち構えていた紗耶香が目を輝かせて僕の方に近づいてきた。
「スカート、かわいい」
「スカートかわいいって、栗山さんも同じもの履いてるじゃん」
「かわいいって、その恥ずかしそうにモジモジしている様子も含めてよ」
似合わないスカートを紗耶香に見られるのが恥ずかしかった。でも、それを悟られてしまうともっと恥ずかしくなってしまい、僕は下を向いた。
「まあ、これで本当のハクジョ男子だね」
恥ずかしがっている僕を揶揄うように彼女は言った。
―——ハクジョ男子
もともとこの白石高校は、白石女子高等学校として長く地域の住民から親しまれていた学校だった。その進学実績や卒業生たちの活躍から、尊敬の念をこめて「ハクジョ」という名前で呼ばれていた。
共学化を経て、男子の制服がスカートとなり、白石高校に通う男子生徒、さらにいうとスカートを履いた男子のことを「ハクジョ男子」と呼ぶようになっていた。
紗耶香に揶揄われるのも照れくさくなり、次の授業開始も近づいていたので僕は自分の席に腰かけようとした。
「ダメ!」
突然紗耶香が大きな声で叫んだ。急な大声で教室中の生徒が僕の方を見ている。
「栗山さん、なんだよ急に」
「そのまま座ったら、スカートにシワがつくでしょ。こうやって、お尻に手を当てながら座るの」
言われてみて他の女子をみると、みんな同じようにして座っていた。いままでずっと一緒の教室で過ごしてきたのに、気づかなかった。
そして、前の席に座る隼人までも同じようにお尻に手を当てながら座っていた。
「隼人は知ってたの?」
「昨日まで知らなかったけど、昨日家でスカート履いた時にお姉ちゃんに教えてもらった」
隼人は照れくさそうな笑顔を見せた。
僕も見よう見まねで同じようにお尻に手を当てながら座ると、その様子を見守っていた紗耶香は満足そうな笑みを浮かべていた。
◇ ◇ ◇
帰りのホームルームが終わると、部活に行く生徒、帰宅する生徒で廊下は混雑していた。僕ら4組の男子3人は、その人波をかき分けて隣の5組の教室へと移動した。
教室に入ると、すでに1年生男性生徒30名のうち半分ほどの生徒が集まっていた。
明らかに女装しているのが分かる子は恥ずかしそうに下を向いていて、一見普通の女子生徒に見える子は、友達同士スカート姿を見せあって写真を撮りあっている。
似合わないことは自覚している僕は隅の方の席に座り、川原と一ノ瀬と話しながら授業が開始されるのを待った。
「ほら、教室に入って、授業始めるよ」
廊下でたむろっていた生徒を引き連れ入ってきたのは、本田先生だった。
「みんな、揃ってるかな?それじゃ、始めるね」
「起立、礼」
「おねがいします」
「着席」
先生は教壇の上から、教室中の生徒一人一人を観察するように見渡した。
「今日集まってもらったのは、みんな知ってると思うけど2年生男子の制服はスカートになります。それで、4月になって急にスカート履き始めても困らないように、一年生の今のうちから正しいふるまい方を学んでもらいます」
先生が最初に授業の意義したところで、一人の生徒が手を挙げた。
「先生、質問です。制服がスカートなのは知ってて入学しましたが、それでもこのテキストにあるような女の子らしい仕草やメイクの仕方まで学ぶ意味が解りません。制服がスカート言うだけで、今まで通り過ごしちゃダメなんですか?」
配布されていたテキストには、「女の子らしい歩き方」や「女性と男性の体の違い」から「私服コーデの基本」や「メイクの仕方」まで女装マニュアルと言っていいほど細密にかかれてあった。
「いい質問だね。男性がスカートを履く理由、トランスジェンダーだったり、異性装だったり、いろいろあると思います。もちろん、男性がスカート履いてはダメという決まりはないから、今まで通り男性としてスカート履いてもかまないけど、これを見てください」
先生はパソコンを操作して、教室のモニターに3枚の写真を映し出した。1枚目は、普通の男性が足を開いて椅子に座っている写真。2枚目はスカートの女性が足を閉じて座っている写真。3枚目はその女性が1枚目の男性と同じように足を開いて座っている写真だった。
「見たらわかるけど、同じポーズだけど3枚目の写真は明らかに違和感があるね。つまり、スカートを履くならそれに合わせた振る舞い方というのがあって、それはいわゆる女の子らしい振る舞い方ということになります。まあ、今の世の中、男とか女とか区別して言いたくはないですけど、要は
先生の説明に納得したのか、生徒はみな頷いている。
「まあ、せっかくスカート履くんだし、この学校にきているということは、みんなスカート履きたかったんでしょ。それなら、女の子を楽しめるように知っておくと便利な知識があるから、教えたくてこの授業を3年ほど前から始めました」
「始めましたって、先生がですか?」
「そうです。女装して女の子に見えるってすごく難しくて、私も苦労したから、この学校の卒業生として在校生の役に立ちたいと思って始めました」
先生の説明に、一部の生徒から驚きの声が上がった。
僕らは担任なので本田先生がここの卒業生で男性であることは知っていたが、他のクラスで本田先生の授業を受けていない生徒は、本田先生のことを女性と思っていたようだ。
「まあ、そういう訳で、今スカート似合わないとおもって落ち込んでいる子も、この授業受けると大丈夫だから安心して。2年生の先輩たち見ても、みんな違和感なくスカート履いているでしょ。今日はとりあえず全員来てもらったけど、自分でできるから必要ないって人は、無理に来なくてもいいから授業にきたい時だけきてください」
先生はテキストを開きながら、今後のスケジュールを説明していった。
僕はテキストと先生をみながら、僕も頑張れば先生みたいに女性と間違えられるようになれるのかなと、願望に近い期待を抱いた。
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