男の娘は作られる

葉っぱふみフミ

第1話 プロローグ

 百田光貴が教室に入ると、カーテンの隙間から太陽の光が教室に差し込んでいるのが見えた。

 9月下旬の太陽は夏の勢いはなく、優しく教室を照らしてくれる。


 まだ授業の始まっていない朝の教室では、友達同士なかよくおしゃべりしている子、必死で宿題の残りをしている子などいつも通りの風景が広がっているように見えた。

 ただ今日は少しだけ、様子が違った。


 いつもなら僕を見るなりウザいくらいに絡んでくる川原は、自分の席で女子に囲まれながら恥ずかしそうにスカートの裾を触っている。


「百田さん、おはよ」

「おはよ」


 僕が席に着くと、隣の席の栗山紗耶香が挨拶してくれた。

 遺伝的な影響で少し茶色がかった髪を高い位置でポニーテルにまとめ、その特徴的なえくぼが、笑顔を一層魅力的に引き立てている。

 丸顔で愛らしい容姿を持ちながらも、彼女は活発で元気な性格で人気者だ。


「百田さんはスカート履いてこなかったんだ」

「まだ履いてくる勇気がなくて」

「どうせ、来年からスカートで学校に来ないといけないんだから、早めに履いて慣れた方がいいと思うよ」


 諭すように話す彼女の言うとおり、僕の通う白石高校の2年生男子の制服はスカートと決められている。


 10年以上前にLGBTの生徒への配慮とその理解を深めるために、男子のスカート着用が校則で定められた。

 最初は数名しか男子生徒はいなかったらしいが、いまでは300人いる1年生のうち1割の30人ぐらい男子生徒で、このクラスにも僕と川原ともう一人、合わせて3人の男子がいる。


「今日、授業があるんでしょ?スカート履いてなくていいの?」

「放課後までに着替えればいいから、5時間目の体育の後に着替える予定」

「ふ~ん、楽しみにしてるね」

「ねぇ、紗耶香、Yukiの新曲聴いた?」

「聴いた、聴いた、マジ、ヤバいよね」


 紗耶香との貴重な会話は、突然の乱入者によって遮られた。乱入してきた女子に抗議の視線を送ったが、その思いは通じることなく紗耶香の関心は僕から離れて行った。

 まあ、紗耶香の好きなアーティストが分かっただけ良しとしよう、そう割り切って英語の授業で行われる英単語テストに備えて英単語帳を開いた。


「光貴、おはよ」


 このクラス3人目の男子の一ノ瀬隼人の声がした。

 僕は英単語帳から視線を上げた。


「隼人、おはよ。って?お前もスカート履いてきたのか?」

「そうだよ。どうせ放課後には着替えないといけないし、スカート持ってくるにしてもシワになりそうだったしね」


 首元は先週までつけていたネクタイの姿はなく、えんじ色のリボンがつけてあった。女の子らしいショートボブに髪の毛もカットしてあり、見た目は女子生徒と変わりない。


「家からそれできたの?恥ずかしくなかった?」

「この時間帯、バスはほとんど白石高校うちの生徒しかいないから、乗ってしまえば大丈夫だよ」


 学校の前にバスは停まるので隼人の言う通りバスに乗ってしまえば、男子がスカート履いていたとしても変な目で見る人はいない。


「一ノ瀬さん、スカートなんだねかわいい」

「似合ってる。髪型もかわいいね」


 スカートで登校してきた一ノ瀬の周りを女子たちがとり囲い込んだ。

 女子たちから質問攻めにあいながら、顔を赤らめて照れている隼人をちょっとうらやましく感じた。


 開けっ放しにしてあった教室のドアが閉まる音がして振り向くと、ドアの方をみると担任の本田先生の姿が見えた。


「みんな、おはよ。席について。朝のホームルーム始めるよ」


 先生の一言で川原や一ノ瀬の周りを取り囲んでいた女子たちは、一斉に自分の席へと戻っていった。

 全員が着席したのを見届けた本田先生は出欠をとり始めた。

 教壇に立つ先生は背筋をピンと伸ばし、その姿勢からは自信と威厳がにじみ出ていた。先生が今日着ている白い半袖のシフォンブラウスが清涼感を漂わせ、黒いロングスカートがその長身でスリムな体形に絶妙にマッチしていた。


「今日は放課後に男子は特別授業があるので、帰りのホームルームが終わったら隣の1年5組の教室に行ってください。それまでに、スカートに着替えておいてくださいて、一ノ瀬さんと川原さんはもう着てきたのね」


 先生が川原と一ノ瀬に視線を送ると、二人とも恥ずかしそうに下を向いた。


「じゃ、百田さんも放課後までには着替えておいてね。これで、ホームルームはおわります」

「起立、礼」


 先生はスカートをなびかせながら、颯爽と教室から出て行った。


◇ ◇ ◇


 体育は隣の3組と合同授業だが、それでも男子生徒は6人しかいない。しかし6人でも体育で体を動かした興奮が残っており、更衣室はいつも騒がしいが今日は一段と騒がしかった。


「スカート初めてはいたけど、頼りないというかなんというか、太ももが直に触れる感覚って気持ち悪いな」

「えっ、初めてなの?私、子供の時からお姉ちゃんのスカート履いてたけど」


 特別授業のためみんなスカートを履いている。その話題で更衣室は持ちきりだった。

 

 僕も覚悟を決めて体育のジャージを脱ぐと、持ってきていたスカートに着替えた。

 そっと足を通して横のファスナーを上げる。首元もネクタイではなくリボンをつける。


 その着替えた姿が、更衣室にある鏡に映っている。

 髪型は隼人みたいに女の子っぽくカットしておらず、ただ伸ばしているだけなので首から上は仕方ないが、それでも女子生徒と同じものを着ているはずの首から下だけみても男子だと一発でわかる。


 昨日、今日のために家でもスカートを履いてみて、同じように似合わないことに絶望感に襲われた。

 

「光貴いいじゃん、似合ってるよ」


 隣にいる隼人が励ましてくれたが、お世辞であることは自分が一番よくわかっている。

 改めて隼人をみてみる。髪型を女の子らしくカットしているのもあるが、それでも首から下をみても違和感がない。

 制服のプリーツスカートを揺らしながら嬉しそうに歩く隼人をみて、僕は嫉妬を感じた。

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