第34話 雨上がりの朝
段々と光は穏やかになっていった。少しずつ目を開けていくと、朝焼けの空と校舎の玄関から出た景色が広がる。雨はいつしか止んだようで、小麦色の空が雲の影から姿を現していた。中庭ではぽつぽつと水たまりが出来ていて、空模様を映し出す。
全てが俺のよく知る景色だった。果てしなく続く住宅街に、そびえたつビル群。雀の鳴き声に、じめじめとした空気。久しぶりのような感覚に、俺は深く息を吸う。生きているという実感が、徐々に湧いて来る。
ふと、校門前に人だかりができているのが見えた。いくつかは見覚えがあり、他は知らない。ただ、俺の知っている奴らに似ている木がした。うち一人と目が合う。担任の教師だった。
「……新庄!」
俺の苗字が呼ばれると、大人たちはいっせいに誰かの名前を呼ぶ。裕也、杏子、雅人、琴子。彼らは他でもない、両親たちだった。
呼ばれた奴らは、一斉に自分の親たちのもとへと向かう。各々両親の胸に抱き着いたり、頭をなでられたり、肩を軽くパンチされたり。それぞれの愛情表現で、再会を喜んでいた。
「私たち、助かったんだね」
呼ばれなかった秋希だが、感慨深い表情を浮かべる。俺は頷いてから、校舎へと振り返る。既にあの場所へは繋がっておらず、殺風景な下駄箱が置かれていただけだった。これで、本当に終わったんだな。思えばこの一晩で、いろんな事が置きすぎていたな。なんてついしんみり――。
「この、バッキャロー!」
「がぁっ!」
感傷に浸っているというのに、聞き覚えのある声と共に頭上へげんこつが降りそそぐ。不意をつかれたせいか、つい声が漏れてしまう。頭をさすりながらそちらを振り向くと、俺の両親が立っていた。
「トオル! よくも心配させたわね!」
げんこつを振り下ろしたのは親父で、心配したと言ってきたのはおふくろだった。
「ったく、遅くなる時は連絡しろって何度も言ってんだろォが! 親を心配させやがって、この親不孝モンが!」
「んだよ、事情も知らねぇで! こっちだってすき好んで行方不明になったんじゃねぇんだぞ!」
「口答えするんじゃあ――」
言いかけたところで、親父はどでかいくしゃみを五連発放射する。口と鼻の間に、鼻水の柱が出来ていた。かなり大きい音だったからか、全員がこちらの用を伺っていた。
「ほら見なさい! まだ風邪が治ってないのに、こんな寒い中ずっと立たされた身にもなって!」
「だぁもう、好きで心配させたんじゃねぇんだって!」
「あーもう大きい声ださないで! ああ……頭がくらくらしてきた……」
季節の変わり目には、体調を崩す人も多いという。特にウチの両親は、この通り影響が顕著に出る。親父は永遠と止まらない鼻炎と喉の痛みに悩まされ、おふくろは頭痛とめまいに苦しんでいる。
「とにかく、おたくらの馬鹿息子はこの通り無事です! だからちゃんと帰って来るから、先帰って寝てろ!」
「なんでよ? これ以上心配させないでってば」
「まだいろいろあんだよ。だからそれが終わったらすぐ帰るって」
「色々ってなんだ色々って!」
親父はジャケットのポケットからティッシュを取り出して、鼻を勢いよくかむ。
「時間かかるかもしれねぇから、先に帰っていいって言ってんの。二人とも調子崩してんだからもう帰れって」
「なーによそれ! せっかく心配して……」
といいかけたおふくろだが、めまいがしたのか一瞬白眼になるとおぼつかない足取りになる。それを俺と親父が同時に支える。
「あーもうほら言わんこっちゃない!」
「何言ってやがんだ馬鹿息子が! お前の為にどれだけ苦労したと思ってる!」
「はいはいご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした、親愛なる父君母君! お体に障るでしょうから、お早い帰宅を提案します! 不肖の息子は、学友たちとまだ少し話があるので、すぐには帰れません! ご迷惑をおかけしますが、どうかご了承くだされば有難く存じます!」
「もうやめてトオル。ホント具合悪くなってきた。」
おふくろの顔が段々と青ざめていく。これじゃあ救急車が必要になりそうだった。
「ったく、しょうがねぇなこのクソ坊主!」親父は頭を乱雑に掻く。「いいか、今度帰ってこなかったら、ケツ穴に指つっこんで奥歯ガタガタいわしてやるからな!」
「息子にそんな事言うヤツがあるか、馬鹿親父!」
「なんだとこの……」
「お願い。もう横にならせて」
そこで言い争いを終えて、親父は「絶対帰ってこい」と俺にくぎを刺してから先に帰っていく。ふと様子を見ていた坂橋が、こちらにやって来る。
「トオル……親と仲悪いのかよ」
きっと何も知らないヤツなら、そう思っても無理はない。しかしあんなんでも、親父もおふくろも本気で心配してたってのは分かる。でなきゃ調子崩しているというのに、夜通しで学校に来たりしないはずだからだ。
「まあ、変わった愛情表現だと思っておけ」
「なるほどなァ。ハハハ……」
乾いた笑い声を上げる坂橋。正直なところ、もっと素直で落ち着きのある親が良かったななんて思ったりする。そんでもいざという時は頼りになるし、それでいいのだろうな。
そういや、秋希はどうしてるのかと辺りを見回す。すると秋希は、担任と話をしているようだった。だがその様子は、あまり喜ばしくない状態らしい。担任が何かを告げると、愕然とした様子で膝から落ちる。
「秋希っ、どうした!?」
慌てて駆け寄る。他のヤツも気がついて、一斉に近寄って来た。
「お母さん……」
「おい、どうしたんだって」
もう一度尋ねてみたが、返事をしなかった。
「おいおい、一体どうししたんだよ。秋希に何て言ったんだよ?」
坂橋は担任に詰め寄る。担任は困った様子で首を横に振る。
「いや、東峰のお母様が心肺停止状態になったって……」
「ウソだろ……?」
おばさんはまだ完全に死んだわけではないのだろうが、危険な状態に陥っているのは間違いない。だが死そのものにはかなり近づいている。そうすると、葉子は約束を破ったのだろうか。確かに彼女は、おばさんも帰してあげると言っていたが、もしかして……。あるいはおばさんがやっぱりと、葉子と共に逝くと決めたのか。
けどそれで合点がいく。なぜ三途の川とやらに、おばさんが現れたのか。それは俺たちが三途の川へたどり着いたとき、すでに危篤状態で生死の境をさまよっていたからだ。だから現れる事が出来た。
「秋希ちゃんっ、早く病院行こう!」
諦めないというつもりで、涼野が秋希の手を引っ張る。
「そんなはずない……だって葉子さんは……」
約束を違えるというのがどういう意味なのか、葉子はしっかりと身に染みていたはず。それでも恨みを忘れられなかったのか。やはり悪者になると決意したのか。そうすると、あの涙は嘘だったというのか。結局、葉子は……。
そう思っていた時、校門の前で一台のタクシーが、タイヤの悲鳴を上げながら停まる。中にいた誰かがせわしない様子で声をかけて、やがてドアが開くと勢いよく駆け出した。
「秋希ぃっ!」
それはおじさん――秋希の父親だった。
「……お父さん?」
秋希も声に気がついて、立ち上がるとそちらへ駆けだす。二人は互いに飛び込むように、抱きしめ合った。
「秋希、無事だったか!」
「お父さん!」
二人はしばらくの間、黙ったまま体を寄せる。しばらくして、ようやく互いの身体を離す。秋希はこらえきれず、涙を流しているようだった。
「お父さん。お母さんが……!」
「心配するな、秋希」おじさんの微笑みに、秋希はみっともない声を漏らす。「ついさっき詩織の意識が回復してな、もうすっかり元気になったんだよ!」
「ホントに……?」
「ああ。そしたら詩織のやつ、秋希を迎えに学校へ行ってほしいって。だからこうしてタクシーの人に無茶言って、急いで送ってもらってな」
おじさんの輝かしい笑みからして、本当なんだろう。一時はどうなるかと思ったが、葉子はちゃんと約束を守ってくれたようだ。俺は空へ向けて、疑って悪かったと、きっと成仏しただろう葉子へ言葉を向ける。
「そうなんだね……」
「ああ。大変だったろう、よく頑張ったな」
「うんっ……!」
秋希は再び、おじさんの胸に飛び込んで泣きじゃくる。おじさんの口ぶりは、俺たちに何があったのかを知っているような感じだった。きっとおばさんが教えてくれたんだろうな。葉子の事だとか、それで俺たちが身代わりになったとか。もちろんその詳細も、おばさんが葉子から聞いたものなんだろう。
「秋希ちゃん、良かったね」
ふと俺の隣にいた涼野が、ぽつりとつぶやく。秋希には聞こえてないだろうが、それでも良かった。
「確かこの騒動って、あの葉子って人と秋希の母親が関係してるんだったよな?」
確認するように、坂橋が尋ねる。
「うん」
「てかその前に、何があったんだ?」
坂橋は俺のほうを見る。話してやりたいところだが、正直くたくたでそれどころではない。
「その話は、またいつかにしてくれ」
「ト、トオルくんっ! ちょっとでいいから教えて!」
しかし涼野が目を輝かせて俺の顔を覗く。
「いや、これでも俺マジで疲れてんだって。それに俺もちゃんと話しておきたいし、いろいろ落ち着いたらにしてくれ」
「そうだぞ涼野。あんまりトオルに無茶振りするなって」
俺を気遣うように、小暮が俺の肩を軽くさする。
「小暮くんだって、約束覚えてるよね……?」
涼野は再び、腹黒い笑みを浮かべる。小暮は俺の肩から手を放して、深くため息をついた。
「……せめてテストが終わってからにしろよな」
「もっちろん!」承諾を得られて、涼野は「その為にも、お互いテスト頑張ろうね」
「一応聞いておくが、もし追試になったらどうなる?」
「そんなの決まってるよ。延期にするだけ」
至極当然だというように、涼野は堂々と告げる。一応だが、延期狙いで追試を受けまくるという手はやめた方がいいだろう。成績に響くだろうし。小暮もそれが分かっているのか、ため息で答える。
「ねぇねぇ」ふと杏子が声をかけてくる。「みんな聞いてこないからゆっちゃうけどさ……」
俺たちはいっせいに杏子の方を向く。すると杏子は、怪我してたはずの足をおもうがままに動かしていた。
「杏子ちゃん、怪我なおったの!?」
涼野が嬉しそうにしゃがみ、杏子の足に手を振れる。
「みたい。なんかしんないけど、こっちに来たら全然足が痛く無くて、そしたら怪我が治ってたの」
そういや葉子は、杏子の怪我も元通りにしてあげるって言ってたっけか。そこまで気を使ってくれたなんてな。
「しっかしおめぇらもひでぇよな。オレの彼女に全然目もくれねーでさ」
「まあ親と再会できたし、アキの方もなんかヤバそうだったから仕方ないけどね」
坂橋がフォローしたものの、杏子の言う通りそれどころじゃなかったもんな。でもこれで、俺たちはちゃんと元通りに馴れたって訳か。
「本当に、終わってくれたんだな……」
なんて感慨深そうに声を洩らす小暮。けど全員が、同じ気持ちだった。早くこの疲れた体を休めたい。
そう思った時、満足がいくまで再会を喜び合えたのか、秋希がこちらへやって来る。
「みんな! ごめんね!」
べつに謝る事なんか何もないだろうに、秋希は謝罪の言葉を述べながら輪に入る。
「アキ、もういいの?」
杏子が尋ねると、秋希は首を横に振る。
「ううん。出来ればもう少しみんなといたいけど、お母さんを迎えに行かないといけないから」
「そっか。お母さん、無事でよかったね」
涼野が笑みを浮かべる。秋希もそれに応えるよう、笑みで応じた。
「ありがとね、コトちゃん」
「なあ秋希」
ふと、坂橋が声をかける。
「どうしたの、坂橋君」
「あのさ、あん時は悪かった」あの時とは、こいつが錯乱していた時だろう。「オレさ、自分がどんな状況に置かれてるか、全然分かってなかった。つーよりは、信じたくなくてさ。でも秋希があの時ぶん殴ってくれなきゃ、きっとあのままだった」
「そ、それは……もうっ」
ただ、秋希にしてはあまり思い出したくないのだろう。頬を赤くしながら照れていた。武闘派というイメージは避けたいって、前に聞いた事あるし。
「それに、こいつとも仲直りできたし」
「だからこいつって何?」
指された杏子は、不機嫌そうに頬をふくらませる。
「まあまあ」秋希はそんな二人に苦笑を浮かべつつ、なだめる。「でもやっぱり、二人とも仲良くしてた方がいいよ」
すると坂橋と杏子は互いに見つめ合うと、同時に笑い合う。
「そうだな」
「ま、そーかもね」
「うん。お似合いのカップルだよ」微笑む秋希。その傍らへ、涼野が袖を引っ張って来る。「コトちゃん?」
「わたしも……秋希ちゃんを疑うような事言ってごめんなさい」
それは屋上で葉子と対峙する前の話だろう。
「気にしてないから大丈夫だよ。それに、そのお陰でお母さんと葉子さん、仲直りできたみたいだから」
「え? それって……」
段々と目を輝かせる涼野。これは話が長くなるぞ。と秋希も懸念したのだろう、苦笑をうかべてそっぽを向く。
「ま、まあちょっと話が長くなるから、また今度教えてあげるよ」
「……トオルくんもそう言ってた」
「あはは……。もっとゆっくりできる時に話したいからね」
同意を求めるように、秋希はこちらを見る。俺は頷いておいた。
「ほら涼野。秋希も忙しいんだからあまり引き留めるなよ」
そう言って、小暮は涼野を秋希からひっぺがす。その様子を、苦笑をうかべて眺めていた。
「う、そうだね」
涼野は満足が行ってないのだろうが、頷いておく。すると秋希は、小暮へと顔を向ける。
「小暮君、コトちゃんとトオルを助けてくれて、ありがとね」
俺たちが突風に遮られ、涼野が気絶してしまった時だろう。確かにあの時、小暮がいなければあのまま死んでいた。
「べ、別に……当たり前の事をした、だけだ」小暮は照れくさそうにそっぽを向いて、頬を赤らめる。「あと、別に、お礼もいらないからな……!」
最後の方は早口になっていた。よほど照れくさいんだろうな。そんな様子を、俺たちは微笑ましく見ていた。その奥で、おじさんが秋希を呼びかける。
「そろそろ私行かないと」
「ああ」
俺が声をかけてやると、秋希は俺たちに軽い会釈をする。
「皆、本当にありがとうね」謝辞の言葉に、各々てきとうな返事をして受け止める。「トオルも」
名指しで呼ばれて、俺も頷いた。
「秋希も、お疲れさん」
「あの時、手を伸ばしてくれてありがとう」
「気にすんなよ」
そう答えたが、秋希はいたずらな笑みを浮かべて離れていく。それからおじさんと合流して、校門の先で待っていたタクシーへと乗り込もうとした。だが何かを話した後で、秋希が急いでこちらへと向かっていく。忘れ物でもしたのかと、眺めていると、何故か俺の方へ走って来る。
何だ、と声をかける間もなく、秋希は俺の頬に手を置くと、唇を合わせてきた。一体こいつは何をしているんだ。俺は驚愕のあまり、何が起きているのか全く把握できずに頭が真っ白になってしまった。
やがて秋希は唇を離すと、小声で何かを呟いた。それから頬を赤くしたまま、万遍の笑みを浮かべる。満足したのか、俺の頬から手を放して、今度こそタクシーへと向かっていった。
俺は秋希とキスをしたのだろうか。つい唇をさすってしまう。あまりにも驚きすぎて、何もかもを忘れてしまった。一体なにを考えてんだアイツ。だがその先で、こわばるおじさんの顔が見えた。やべぇ、俺たちおじさんの前でキスしちまった。いくら仲がいいとはいえ、流石に娘がどこの馬の骨か分からない男に好意を向けるのは、父親として許せないだろう。
俺はおじさんがこちらに来て、平手打ちの一つでもしてくると覚悟を決めた。だがおじさんはこわばった表情を解くと、気持ち悪い程万遍な笑みを浮かべて、サムズアップをしてくる。これは……認められたって事なのだろうか。
ぼうっとしているうちに、タクシーは走り去ってしまう。去り間際にも、秋希はこちらに手を振っていた。まるで嵐のような出来事が去ると、誰かが俺の脇腹をつつく。振り返ると、坂橋だった。
「オイオイ、何固まってんだよ」
「は? 何が」
「うわー、何とぼけんのトオル」
何故か杏子が引いた様子でいる。
「いやいや、何の話だって」
「別に今更って感じだろ。なあ涼野」
「うん。別にそんな驚く事だったかな」
小暮に涼野も、俺に理解できない話で盛り上がる。
「おい待てって、お前ら一体何なんだよ」
「だから、今更とぼけんなって。この学校の全員が知ってんだからよ」
「だから何なんだよ坂橋。教えろって」
こいつらが何の話をしているのか、俺には全く見当がつかなかった。あわてふためいていると、全員が少しずつ笑みを消していくのが分かった。
「……トオル、マジで言ってんの?」
「坂橋、何か知ってんなら教えろって」
すると坂橋は、杏子と顔を合わせる。まるで信じられない様な表情を浮かべて、再びこちらを向いた。
「お前ら、付き合ってんじゃないのかよ?」
「……はぁ?」何を言い出すのかと思いきや、とんでもなくふざけた話だった。「付き合うって、俺と秋希が?」
「それ以外誰がいんのよ」
呆れた様子で、杏子が答える。
「いや、付き合ってねぇって、本当だって」
「でも、みんなそのつもりだよ?」
「は?」
いやいや、一体誰がそんな事言い出したんだよ。全く身に覚えがないが、どうやら坂橋たちには周知の事実――というか、勝手にそう決められていたらしい。
「……トオル、お前高校上がってから誰かにコクられたか?」
坂橋がひどく呆れた様子で尋ねてくる。
「いや……」
一応これでも女子と話をする機会はあるんだけどな。言われてみりゃ、高校上がってからは一度もコクられてない。バレンタインの時だって、誰も本命を渡して来なかったな。
「じゃあ、秋希が誰かにコクられたのを見た事あるか?」
「お、誰かにコクられたのかよ?」
秋希の色恋沙汰になると、つい興味がわいてきてしまった。だが坂橋は、まるでアホを見るような目で俺を見つめる。
「秋希も、誰にもコクられてねぇんだよ。何でか分かるか?」
「……俺たちが、付き合ってるから」
流石に話の流れくらいは読める。すると坂橋も、満足した様子でうなずいた。
「お前らホント仲良くしてるからな」
「いやだって、中学の時から一緒だし」
「だからって距離近すぎっしょ、二人とも」
杏子は苦笑をうかべながら、首を横に振る。
「いやでも、マジで俺ら付き合ってないぞ」
「……そォですか」
どうしても坂橋は、俺を馬鹿にしたいのだろう。再び溜息をついて、もういいと言わんばかりに手を振る。
「でもそれなら、改めてカップル成立だね!」
ようやく話がまとまりかけたところで、涼野が余計な事を言ってくる。
「あのな涼野……」
「聞いてなかったの? 秋希ちゃん、トオルくんに『好きだよ』って言ってたんだよ?」
「……マジ?」
「うん、大マジ」
涼野は両手の親指を立てる。どうやらキスをした後で、秋希は俺に告白していたようだ。あんまりにも衝撃的過ぎたので、つい聞き漏らしてしまったが。すると涼野は、また万遍の笑みに腹黒さを漂わせる。
「でも気を付けてね。こういうのは吊り橋効果って言って、日常になるとお互い恋が冷めちゃうのが殆どだから」
坂橋の時といい、どうして涼野は余計な一言を付け足すんだろうか。お陰で俺は、せっかくの浮いた気持ちが沈んでしまう。実を言うと、秋希に告白されたのは嬉しかった。いろいろあったにせよ、俺もなんだかんだでアイツに惚れてた部分もあったし。ホント、最初は貶し合ったり、鼻を折り歯を砕いたりした仲だってのに、それが恋人になるとはな。もし返事を聞かれたりしても、俺はすぐに頷くだろう。とはいえファーストキスの感触を忘れてしまったのは、一生の後悔になりそうだ。秋希も、あんないきなりキスしてこなくても良かったってのに。と言っても、もう後の祭りか。
陽が段々と昇ってきて、学校へ出勤してきた他の教師や朝練に来た生徒とすれ違う。彼らは一様に、俺たちの集団を怪訝そうに見つめていた。俺たちはひとまず一旦帰ることになり、その場を後にした。空からは雲が消えて、もう雨が降らない事を示していた。
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