第33話 光の中へ

「あれ、坂橋君?」


 言われてみれば、坂橋にも見える。でもどうしてこんなところに。


「おーい!」


 声も聞こえてくるほどになって来た。よく見ると、他にも杏子や小暮、涼野までいた。


「みんな、どうしてここにいるんだろう」

「さあな。俺が知るかよ」


 とはいえ、嬉しくない訳ではない。アイツらが見えて、ようやく肩の荷を降ろせたというか。坂橋はこちらに寄ってくると、呼吸を整えてから笑顔を見せた。


「全く心配したぜ。今までどうしてたんだよ?」

「そういうお前こそ、こんなとこで何やってんだ」


 尋ねたが、坂橋は腕を振る。


「とりあえずこっち来いよ。ちょっと困ってんだ」

「また何かあるのかよ」


 坂橋が歩き出して、俺と秋希も続く。


「っつーよりは、何か玄関みたいなのがあんだけど、光っててその先が見えねぇんだよ」

「光ってるって?」


 秋希が尋ねたが、坂橋は首を横に振る。


「それが分かったら、こんなとこに居ねぇって」坂橋は首を横に振る。「でもそのお陰で、お前らと鉢合わせたんだし、まあ結果オーライだな!」

「たしかにそうだね」


 同調するように、秋が微笑む。


「だろ? ってかおまえらマジでどうしてたんだ」

「全員揃ったら話す」


 そう告げると、坂橋は頷いて前をを向く。他の三人の姿が段々と近づいて来ると、件の玄関とやらも見えて来た。ガラスの向こうは一面、白い光に包まれている。

 三人の下に到着して、坂橋が両腕を広げた。


「さぁさぁ、バカ野郎どもが帰って来たぜ」


 バカ野郎ってなんだよ。そんなツッコミをする間もなく、涼野が秋希の胸元へ 飛び込む。


「秋希ちゃんっ!」

「コトちゃん……」

「心配したんだからねっ! もしかして死んじゃったのかと思って……わたし

……」

「ごめんね、心配かけて」

「全くその通りだ」


 そこへ小暮が会話に混ざって来る。さっきまでの泣きじゃくりっぷりは消えて、普段のクールな面を浮かべていた。


「知ってる? マサトったら、めっちゃ心配してまたびゃーびゃー泣いてたんだから」


 そこへ杏子が、スキャンダルをすっぱ抜く。


「おい桐原……」

「んでまたコトっちに慰めてもらったんでしょ? 照れなくてもいいって」

「くそっ。お前……」


 完全にクールキャラは崩れていた。まあ今後、このキャラを通すのは難しいだろうな。なんて思っていると、側へ坂橋がやって来る。


「おいおい、あんま言ってやんなってアン」


 割って入る坂橋だが、止める気がなさそうに小暮の肩を肘で突く。


「ごめんごめん。またコトっちに気を遣わせちゃうとこだった」


 小暮はどうやら、仲直りほやほやのカップルに手玉に取られているらしい。さっきまでいがみ合っていたとは思えないくらい、羨ましく見えた。


「ったく、このバカップルが」

「あぁ? 聞こえねぇぞ?」


 坂橋がわざとらしく耳を向ける。その表情は笑みで一杯だった。こうして全員が仲良くしている姿を見るのは、本当に久しぶりだな。今夜俺たちに降りかかったものは最悪だったが、それでもこうしていられるのは奇跡のような物だろう。


「ねぇ、トオルも言ってやってよ」


 ふと杏子が声をかけて来て、俺は自分がすべきことを思い出す。


「まあその辺は後にして」俺は坂橋が言っていた玄関を指さす。「アレをどうするかだろ」

「そうだね……」


 秋希が呟くと、胸元でべそをかいていた涼野が鼻をさすりながら離れる。それから俺の前に立つ。


「うぐっ。あれなんだけど……」おい、今なんか変な声出たぞ。「秋希ちゃんとトオルくんが無事に帰って来たのなら、きっと出口だと思う」

「それさっきも聞いた」


 坂橋が呆れた様子で告げる。


「でも馬鹿オトコ二人がビビってさ」


 呆れた様子で、杏子が首を横に振る。


「だって、いきなり現れたんだぞアレ!」

「もうこれ以上勘弁してほしいって」

「まあまあ」そんな二人を落ち着かせようと、涼野は掌で押さえるしぐさをする。「わたしも疑ってはいたけど、こうして二人が帰って来たのだから、間違いないよ」

「もしかして、二人とも幽霊だったりとか……は、しないよな?」


 苦笑をうかべながら、坂橋は尋ねる。


「大丈夫。秋希ちゃんはちゃんと生きてるよ」


 俺も生きてるって言ってほしかったな。なんて願いを告げたところで、話がこじれるだけだろう。結局、こういう時に一番槍になるのは、決まって俺なんだろうな。俺は先に進んで、玄関の取っ手に手をかける。


「おい、トオルっ!」


 坂橋が息を飲むように叫ぶ。


「お前ら、帰らないのか」


 すると全員、各々を見合う。それから一斉に頷いて、俺の背後に集まる。


「もし出口じゃなかったら、許さねぇからな」

「うっさいなあんた。いい加減ビビんのやめろって」


 坂橋と杏子が小声で話す。


「頼む。出口であってくれ」

「そんな心配しなくても……もうっ」


 小暮もおびえた様子でいて、それを見ていた涼野も呆れを通り越して笑っていた。


「きっと帰れるよ」


 そして秋希は、万遍の笑みを浮かべていた。


「それじゃあ……」


 俺は心の中でもう一度、葉子に別れを告げた。同時に、戸を開く。俺たちは一斉に、眩い限りの光に包まれて行った。

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