第29話 涼野琴子の推理

 先ほどまでも和気あいあいとした空気から一転、再び重々しい雰囲気が漂う。人体模型を倒してから、俺たちは屋上を目指していた。だが足取りは重く、全員の表情も陰っていた。自分達が改めてどういう状況なのかを知らされたからか。

 屋上までの道も、これまでと違いなんにもない。三階でまたアクシデントに見舞われるのかと思いきや、何も起こらなかった。唯一不思議だったのは、一階は水没し、二階は窓が全部割れて暴風が吹き荒れているというのに、三階は無事だったという点だ。喜ぶべきなんだろうが、俺はこの状況がまるで誰かに案内されている気がしてならない。そもそもこの状況自体が、誰かによって動かされていると思っている。

 三階から屋上へ上がる階段も中盤まで差しかかり、屋上の戸を見つめる。


「そういえば、屋上って鍵閉まってるよね」


 久しぶりに聞く話し声は、秋希のものだった。


「普段はな」


 俺も思い出して答える。


「じゃあどうやって出るの?」


 秋希の問いに、俺は野郎三人へ目を配る。


「図書室のアレ、もっかいやるか」


 尋ねると、二人とも嫌な顔をしつつも頷く。ひとまず方針が決まり、さあ屋上へと足を進めようとした。


「皆待って」


 ふと、涼野が呼びかける。


「どうしたのコトちゃん」


 秋希が首をかしげる。


「ちょっといいかな。実はある事を考えてて」

「涼野、今度は何だ」

「いいからコトっちの話聞こうって、マサト」


 呆れる様子だった小暮だが、杏子に諭されて黙る。


「考えてたのは、怪奇現象が起きるパターンなんだ」それを聞いて、全員が呼吸すら止めて涼野に集中する。「まず最初にわたし達を襲った現象は?」


 坂橋が手を挙げる。


「学校から出られなかった、だろ?」

「うん。一分くらい歩いたはずなのに、わたし達は校舎から離れていなかった。次に起こったのは……」


 次に杏子が手を挙げる。


「職員室で突風に襲われて、あたしが大けがした」

「そうだね。杏子ちゃん、怪我の様子は」

「え? うんまあ、痛むけど大丈夫」


 突然怪我の様子を尋ねられて、杏子はうろたえつつもひとまず答える。それが何の意味があるのかと伺っていたが、単純に心配だけだったようで話は進んでいく。


「それで秋希ちゃんとトオルくんが、杏子ちゃんを連れて保健室まで向かったけど、その間にガイコツの模型に襲われた」

「うん。でも私がなんとか撃退したけど……」


 秋希がざっくばらんに話を付け足す。


「それから戻ってきて、次に起きたのは……」


 確か野郎三人で便所へ行き、その間に女子陣がネズミに襲われていた。思い出した俺は手を挙げる。


「ネズミの襲撃」

「うん。トオルくん達はその途中で来たんだよね」

「ああ」

「その次に起きたのは?」


 何だっけ、と考えると、坂橋が恥ずかしそうに手を挙げる。


「オレがパニックになって、学校から抜けようとしたんだよな」

「そうだね。その時は校門まで来れたんだけど……オオカミの遠吠えが聞こえて、わたし達は一目散に校舎へ逃げ帰った」


 涼野に言われて、ようやく思い出した。確かその後で、坂橋は秋希にぶん殴られたんだよな。


「んでその後はネズミに追われて理科室に逃げ込んで、一息ついてから、男三人で図書室に行った」

「その時はトオルくんが謎の女子生徒に会ったんだよね。で、わたし達のほうは何故かネズミたちがどこかへ消えた」

「その後はお母さんの卒業文集に手掛かりがあるかもって思って、文芸部の部室に行ったんだっけ」


 秋希が話を続ける。涼野は頷いて、再び主導権を持つ。


「でもその時に人体模型がやってきて、あの教室へと逃げた」

「そこで俺が秋希たちをロッカーに押し込めて何か使えそうなものがないかを探してた」


 ついでにあの女子生徒とも会っていたんだっけか。


「その時に丁度、一階の水没が始まった」涼野も段々乗って来たのか、口調が固くなっていく。俺たちはじっと、次の言葉を待った。「それから二階へ上がっても人体模型やガイコツと出くわして、それらを吹き飛ばすように強風によって道を塞がれた。けど皆が力を合わせて危機を脱せたけれどもその後でまたあの人体模型に襲われた」


 いっそう早口になっていく涼野。同時に解説もざっくりとしたものになっていた。ってもその辺は俺たちもよく覚えているし、確認するまでもないから平気だった。


「結局、何がいいたいんだよ涼野」


 小暮が恐る恐る尋ねる。


「これらの事象は、一見不規則にも見えるかもしれない。けれども起きた際やそのパターンには、必ず法則性がある」

「法則?」


 秋希がオウム返しをして尋ねる。


「まず一つ。怪奇現象はトオルくん達男子を標的にしていない」


 うすうす気づいてはいたが、確かにそうだ。


「確か、ネズミもオレ達を避けてたしな」

「坂橋くんの言う通り、ネズミたちはわたし達女子に集中していたし、男子たちの事は避けていた。同時に、男子たちがトイレに行った際、三人には何も起きていない」

「いやちょっと待て」だが反論する余地はある。俺は手を挙げて呼び止めた。「水没する前、俺は確かにあの人体模型に追われてた」

「でもその時、あの女子生徒に会ったんだよね?」

「ああ」

「それってこうも考えられない? あの女子生徒が、トオルくんを呼んでいたって」

「呼んでたって、何でだ?」

「トオルくんはその時、ここから逃げるっていう選択肢を用意されてたんだよね」

「……ああ。雨もやんでたし、外の景色も見えてたからな」

「そこから考えるに、この現象は男子三人を標的にしたものではない。もし違うなら、トオルくんを逃がすという選択肢はなかったはずだから」


 涼野の真顔が、やけに怖く感じられた。その語り口調もまさに、怪談師のようにおどろおどろしい語気を帯びている。


「待てよ、じゃあ何だ? 怪奇現象は全部女子のせいだってのか!?」


 驚きのあまり、つい荒い言葉遣いになる小暮。


「ちょ、待ってよマサト! あたしこんなことに巻き込まれる覚えないって!」

「二人とも落ち着いて。話はここからが本番だから」言われて、二人は冷や汗をたらしながら涼野へ顔を向ける。「小暮くんの言う通り、この現象は女子が標的なのはわかった。でも杏子ちゃんも覚えがないみたいだし、わたしにも正直見当がつかない。けどどうしても、ある疑念だけが晴れなかった」


 全員がその答えを分かっていたかのように、該当する人物へ顔を向ける。


「……もしかして、私……?」

「ごめん、秋希ちゃん。でもさっきの人体模型の様子を見る限り、どうしても」

「けどよ、秋希に覚えはないんだろ」


 心の中では否定したい。その思いからつい庇ってしまう。


「正確には、秋希ちゃんのせいじゃない」涼野は一度目を閉じてから、ゆっくりと開ける。「だとすると問題は、秋希ちゃんのお母さんにあると思うの」

「でも、お母さんは……」

「わたしだって疑いたくはないけど、秋希ちゃんのお母さんが嘘をついているって考える方が、いろんなことがしっくり来るの」涼野はためらうように、顔を左右にそむける。やがて意を決したように、正面から秋希を捉えた。「秋希ちゃんのお母さんが、自殺した生徒と何らかの関係がある。そしてもし、この怪奇現象が自殺した生徒の怨念によるものなら、娘である秋希ちゃんへ的を向けた」


 それが、涼野の出した結論だった。いくつかは本人の推理や想像を含んでいるのだろうが、俺はその言葉を覆せそうになかった。むしろ涼野の言ってた通り、そう考える方がしっくり来てしまう。言われた本人も、恐らく腑に落ちてしまったのだろう。どれだけ否定したくても、自分の母親が関連していると。

 第一に、秋希の母親はある一定の期間、体調を崩す。それが呪いか、あるいは自責の念かは分からないが、それでも日付まで同じで、且つ期間が過ぎれば嘘のように元気になるって言うのは、明らかにおかしい。秋希もそれを疑ったのだろう、だから反論できない。

 しばらくの間沈黙が流れる。もし涼野の推理が当たっていたとしても、だからってこの現象が秋希のせいだっていうワケではない。だから責められるべきじゃないし、責めたところで無意味だ。それを他のヤツも分かっているのだろう。誰一人攻めようとしなかった。むしろ心配するように、秋希を見つめている。でも言葉が見つからないのか、声はかけない。

 推理を述べた涼野も、つらそうな表情だった。実際に口にして、結果を知って嫌な気分になったんだろう。勿論涼野だって悪くない。そして俺達がすべきは、ここで誰かを慰め合う事ではない。

 俺は間を通って、先に階段を上る。


「トオル……?」


 背後から秋希が弱々しい声で尋ねる。俺は振り返らなかった。


「なら答え合わせをしに行こうぜ」


 俺の直感だが、屋上に間違いなくあの女子生徒がいる。俺たちがすべきは、あの女の言葉を聞く事。ただそれだけだ。


「……そうだね」


 秋希も意を決したのだろう。上がって来る。他のヤツも、足を進めた。

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