第17話 涼野の提案

 全員が湯を飲み終えた後も、沈黙は続く。窓を打ち付ける雨の音と、ネズミの咀嚼音の中で、思案を重ねていく。これからどうすればいいんだろうか。


「……あの」


 ふと、涼野が手を挙げて注目を集める。


「コトちゃん、どうしたの」


 秋希がきょとんとした様子で尋ねた。


「実は、ちょっと、思いついたことがあって」


 歯切れの悪さから、打開策ではないんだろう。他のヤツも期待してないようで、目だけで涼野を見ていた。


「そういえば、さっきから難しそうな顔してたね」

「ごめん。ずっと考えてたから」

「それで、何かいい方法が思いついたの?」

「そうじゃなくて……ごめん、この状況を何とかするような考えじゃなくて」


 すると一同は、やっぱりと言った感じに各々肩を落とす。それを見て、涼野は一層ふさぎ込んでしまった。


「大丈夫。何を思いついたのか、私たちに教えて」


 取り繕うように、秋希が涼野の肩に手を置いてなだめる。涼野も伏せかけた顔をもう一度上げて、頷くと息を整える。


「もしこれが怪奇現象だとして、その原因が何なのかを考えてたの」

「やっぱりそういう話か。バカバカしいし、今話すような内容じゃないだろ。空気読めよ」


 小暮はまだ認めない様子で、つっぱねている。


「小暮、今は涼野の話を聞こうぜ」

「トオル、まさか本気で怪奇現象だって思ってんのか」

「その判断は、涼野の話を聞いてからにしたほうがいい」

「そうだよ小暮君。まずコトちゃんの話を聞いてみようよ」

「……分かった。どうせ何もかも無駄なんだし、聞いてやるよ」


 小暮の言い方に虫の居所が悪くなったが、ひとまずは堪えて涼野の話を聞くべきだろう。俺は涼野の方を向いて、手を差し伸べて促す。


「えっと……それでトオルくんと秋希ちゃんが言ってた『自殺した生徒』が関わっているんじゃないかなって思って」

「あー、マジ?」


 まさかと思い、つい素っ頓狂な言葉を呟いてしまう。


「その、自殺した理由とかは分からないんだけど、もしその理由が分かったら何かできるかもしれないって思って……」

「つまり、自殺した生徒がおれ達を呪ってるって言いたいんだな? 全く、そういうのは映画の話だろ」


 小暮に再び突かれて、涼野は黙ってしまう。憶病になったというよりは、その論が確たるものではないので、非現実的だという論を崩せないんだろう。幽霊の類に関しては、実際に目で見ないと確証できないからな。


「けど涼野の言う通りなら、大収穫だと思う」


 なら確証すればいいだけの話。次に俺がすべきことは決まったな。そう思って立ち上がると、早速全員がこちらを見る。


「トオル、どうするの?」


 心配そうに秋希は見つめて来た。それをなだめるように、手のひらを掲げて落ち着かせようとする。


「もしかすると、その自殺に関する記事か何かが残ってるかもしれない」

「た、確かにそうだけど……」追うように、涼野も立ち上がる。「でも自殺ってなると、学校側からすれば不都合な話だから、もしかするとないかも」

「手掛かりくらいならあんだろ」

「でも……うん、そうだね」


 涼野は反論しかけたが、言葉を飲み込んで賛同してくれた。でもやだってと駄々をこねていては、この状況を打開できないと知っているからだろう。


「ちょっと待ってよ二人とも」すると秋希が慌てた様子で立ち上がり、間に入って来る。「図書室に行くのは良いけど、今すぐそこでネズミがたかってるんだよ?」

「それなら涼野の話を聞いてる間に、俺もあることを思い出して」そう伝えると、二人は興味深そうにこちらの顔を覗いて来る。「俺らがトイレから帰ってくる時、お前達女子陣はネズミにたかられてたろ? そん時、ネズミは俺達の事を気にも留めない――というよりは避けてたんだよ」

「言われてみれば、確かに」


 賛同するように、小暮も立ち上がる。続いて坂橋も口を閉ざしたまま、うんうんと数回頷く。


「その話、本当?」


 涼野が一段興味津々に顔を近づけてくる。


「ああ。間違いない」

「でも、失敗したらどうするの?」


 いつになく弱腰になっている秋希。おいおい、お前がそんなんでいいのかよ。なんて言葉を心にとどめておきながら、廊下側へと顔を向ける。


「どっちにしたって、窓が割れるか、ネズミが侵入してくるかを待つしかないんだろ。だったら可能性がある方に賭けんのは当たり前だろ」


 自分で言っといてアレだが、随分かっこつけた台詞だったな。気が付いて、体中が熱くなるのが分かった。


「……そう言うなら」その辺は全員スルーしてくれたらしい。得に秋希も、茶化すどころか神妙な面持ちでいた。「でも無茶はしないでね」

「とりあえずは足先だけでもやってみて、無理そうならすぐやめる」

「それで、まさか一人で行くとは言わないよね……?」


 話が決まりかけたところで、涼野がおそるおそる尋ねて来た。


「もちろん」安心させるためにも、返事はすぐによこした。「どうやらネズミ共は女好きらしいからな。女子はここで待ってた方がいい。そうなると、野郎三人で行くってのがいいかもな」

「ちょっと待て」小暮が俺の肩に手を置いて来た。「誰も行くなんて言ってないだろ」

「お前もネズミが避けたのは見てんだろ? それとも、別の何かが怖いってか」

「は? そんな訳ないだろ」


 思ってた通り、小暮を唆せるのは簡単だった。


「なら行くよな?」

「ったく、仕方ない。言っとくが、挑発に乗ったわけじゃないからな。もし逃げられそうなら、悪いがおれ一人でも逃げさせてもらう」


 小物っぽい台詞を残していたが、とりあえずは来てくれるそうだ。


「よし。坂橋、お前も行くよな?」


 次にそちらを見ると、坂橋はダルそうな顔を見せる。


「いや……オレは……」

「坂橋君」


 渋る坂橋へ、秋希が無表情と低い声で呼びかける。するとすぐさま、奴は黙って頷いた。別によっぽど嫌なら残ってもらっても構わなかったんだがな。


「別に無理にとは言わねえよ。マジで行くのか」

「……まあ、別に」


 よくわからないが、坂橋はなんだかんだでうなずいてくれたようだ。


「そうだったね。ごめん坂橋君。私、つい……」


 秋希も反省したのか、悲し気な声色で謝る。


「いや……別に……」

 何となく杏子の方を向いてみたが、杏子は呆れている様子だった。忙しいやつだ。最初は強がって、今度は今度は腰を抜かして。まあ状況が状況なだけに、仕方がないんだろうが。

 話もまとまったところで、俺は廊下側を見つめる。ウチの学校は、どの教室も上に小窓が設置されており、一人だけなら簡単に出入りできるほどの大きさがある。さっき倒してバリケードにした棚を足場に、小窓の鍵を開ける。顔を出して廊下の様子を見てみると、ネズミたちはこちらに気を止めるでもなく戸をかじり続けていた。


「大丈夫? 行けそう?」


 後から秋希が声をかけてくる。こいつもこいつで、坂橋は行かせようとしたり何なんだろうか。


「今んとこはな」


 とにかく廊下に出て、ネズミたちがどう反応するかを見ておかないと。俺は上半身を半分くらいまで出してから、片足を限界まで畳んで廊下側へ出そうとする。思っていた以上にキツかったものの、無事に足を出すことができた。そうすれば、後の半身は簡単に出せる。足を壁と壁の境目にあるでっぱりにかけつつ、手は空いている小窓のレールを持つ。後は片足を出して、ネズミたちがどう反応するか。おもむろにかがむよう、片足を突き出してみる。するとネズミたちは、寄るどころかそそくさとスペースを開けていく。やっぱこいつら、俺を避けてるな。そこで安寧してつい身を降ろしてしまったが、ネズミたちはたかりもせず避けていく。よし、これでひとまずは、俺たちは出られそうだ。


「大丈夫みたいだ。小暮、坂橋、お前達も来い」


 もしこれが非常時でなければ、おふざけで叫び声でも出していただろう。でもここまでにいろいろありすぎたし、全員を心配させてはやぶ蛇だ。次に秋希は、俺に鉄拳を食らわしてくるに違いない。

 まずは小暮。運動経験があまりないこいつは、出てくるのにやや手間取っていた。何とか女子陣の助けもあり、しりもちこそついたものの出て来られた。着地してすぐ、小暮はネズミを避けようと飛び上がっていたが、その心配はなくネズミは避けていた。最後の坂橋は、腐ってもスポーツ推薦。多少ぎこちなかったものの、難なく抜けられた。これもネズミは無視。思ってた通り、このネズミたちは股座にイチモツが付いてるのは嫌いらしい。


「そっちはどう?」


 声をかけて来たのは涼野だった。


「ああ。三人とも無事だ」


 見えないだろうに、俺はつい親指を立ててしまった。


「どうか気を付けて」

「ああ」


 俺はペンライトの電源を入れて、二人に行こうと促す。小暮、坂橋共にすぐにうなずいて、俺たちはネズミをよけつつ廊下を歩く。

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