第6話 仲違いの原因
「というワケで、後で勉強会な」
授業が終わり、俺は図書委員に顔を出していた。同じくして小暮と涼野、そして何故か図書室に来ていた坂橋が、どっかからパクった椅子の背もたれに腹を預けて、カウンターの前に座っていた。しかもだ、よりにもよって貸し出し窓口の前を陣取っているので、邪魔でしかない。そこにいたら他のヤツが貸し出しとかできねぇだろ。だがそれを指摘したら、機嫌を損ねて頼みを聞いてくれないかもしれない。不本意だが、もし貸し出し目的の生徒が来たら「こっちで受け付けますぅ」と手を挙げてやればいいか。
「いいね、勉強会。実はわたしも、秋希ちゃんに教えてほしい所があって」
まず涼野はふたつ返事でうなずいてくれた。この辺は分かり切っていたがな。
「おれも参加する。どうせ帰ったら試験勉強するつもりだったし、そんなら全員でやった方がいろいろと捗るしな」
小暮についても問題ナシ。そして肝心の坂橋についてだが。
「そりゃ別にいいけどよ、何で杏子まで来んだよ」
この通り、乗り気じゃない。原因はもちろん、杏子の存在だ。
「そりゃお前、二人して赤点ギリギリってんだろ。特にお前、今度赤点取ったら留年だって言われてんじゃねぇか」
「だから、別に勉強会ってんならいいって。でも杏子のアホが来んならオレは行かねーよ」
「あのな……」いっそ考えたのは杏子だって言ってやろうと思ったが、どうせ意味ないし、アイツも出来れば自分から始まったと坂橋に思われたくないだろうな。というワケで伏せておく。「そんな我がまま言えるほど余裕あんのかお前」
本当はもっと優しい言い方をすべきだったろうが、坂橋の態度に若干苛立ちを覚えてしまった。そのせいで当りも強くなってしまう。
「わかってるって、トオルまでうっせーな」
後半は俺への悪口というより、呆れたって感じだった。
「それと、秋希は今日しか無理だかんな。もしアイツに勉強教えてほしいってんなら、うだうだ言ってねーで来い」
「秋希が駄目ってんなら、トオルが教えてくれよ」
「おういいぜ。一時間につき三千円な」
「は? 何で金取んの?」
「見て分かんねぇか? 俺、今日も明日も委員会。連休開けたら試験の日。俺は合格お前は失格、追試受けても留年STAY。イェー」
こいつの頭でもわかるように、ラップ調にして解説する。涼野はあまりお気に召さなかったようで、小暮も僅かに吹き笑いをして「センスねぇ」と呟いていた。そういや小暮、ラップとか聞くんだったな。前にどこどこのラッパーがマジでイケててなんて言ってたっけ。
「だから、それがなんで金取るのかって聞いてんの。てか何でラップなんだよ」
「俺も秋希も、どっかの天才みてぇに勉強せず試験に合格とかしてねぇからだって。これでもな、俺はここ最近日付変わる時間まで勉強してんの。つまり俺も時間ねぇって意味。オーケー?」
別に坂橋が嫌いだから、勉強を教えたくないって言ってるんじゃない。だが俺は成績優秀でスポーツ万能な出木杉君であっても、身体の縮んだ元高校生の少年名探偵でも、偉大なる祖父の血を引いた高校生探偵でもない。それらを維持するために沢山の努力を積み重ねてきたし、少しでも怠ればこの牙城は崩れる。勿論友達想いを発揮するなら、有無を言わさずに坂橋を助けるべきだろう。でも問題は、本人にやる気があまり見られないところだ。俺はそこまでお人好しじゃない。
坂橋は俺の意見に納得してくれたのか、文句はなかった。酸っぱい顔をしてそっぽを向いていたが。
「坂橋、お前杏子と仲直りする気ないのか」
呆れた様子で、小暮が尋ねる。そもそもこいつは勉強がしたくないのではなくて、杏子と一緒にいるのが嫌なだけだろう。
「別にしてやってもいいけど、アイツが謝って来んなら」
こりゃだめだ、と三人で頭を抱えてしまった。いろいろ言ってやりたいが、俺たちが言うべきなんだろうか。でもこいつは、自分に非がないと信じ切っているし、それもまた友人としての務めなんだろうな。このまま放っておいても、どうせ秋希がしびれを切らしてあれこれ指摘するだろう。一々アイツ任せにするのもばつが悪い。特にここ最近のあいつは、ナーバスだからな。余計な気をもんでほしくない。こうなった以上しょうがないと、俺は呼吸を整える。
「お前それ本気で言ってんのか」
「何だよトオル。オメェまでオレが悪いって言いてぇのか」
「お前杏子とデートする時、よく遅刻かましたり駄々こねて雰囲気悪くしてたんだろ」
案の定、坂橋は眉間にしわを寄せる。
「アイツから聞いたのかよ」
「そうやってな、相手の気も考えねぇで自分の事ばっかり考えてりゃ、誰だって愛想つかすって」
「うっせぇな、アイツが一々腹立つ事ゆーからだろ。それにアイツだって時間通り来ねぇ時あるからな」
「でもお前程じゃないだろ」
「お説教かよトオル。そーゆーのマジうぜェから」
悪い杏子。こいつ思ってた以上に頭悪いぞ。よく馬鹿に付ける薬はないと言うが、その通りだな。いっそぶっ飛ばして言い聞かせてやるか。むしろそれしかねぇな。
「坂橋くん、トオルくんは心配して言ってるんだよ。そうやって茶化すのは良くないよ」
そこへ、涼野が援護に入ってくれた。
「んだよ涼野まで」
「あのな坂橋。トオルや涼野だけじゃないんだよ、お前たちのこと知ってるの」
「小暮ぇ、おめぇもかよ」
小暮も参入して、ついに三対一。出来れば多数の圧力は避けたかったが、殴ったりするよりはマシか。
「散々杏子に迷惑かけて、自分が迷惑被ったらキレるってガキかよ」
「ったくどいつもこいつも、マジだりぃ」拗ねているように、坂橋は乱雑に頭をかきむしる。「いくら仲間内だからって、オレとアイツの事にあれこれゆーなよ。ホントマジ気分悪くなったぜ」
「そりゃお前が――」
つい声を荒らげてしまいかけたが、そこへ勉強に励んでいた三年が「うっせぇぞ、図書委員だろお前ら!」と怒鳴り散らしてくる。それでお互い頭を冷やせた。坂橋も深呼吸をして、背もたれに腹を付けて座る。涼野が謝罪の言葉を述べて、三年はぶつくさ言いつつも勉強へと戻っていった。
「分かった。そんなに杏子と一緒になりたくないなら好きにしろ。そんかし、留年しても俺たちは関係ねぇからな」
「んだよ、寄ってたかって人をワルもんにしやがって」呟くように漏らしてから、坂橋は俺の目をしっかりと見据えてくる。「わーったよ、行きゃいいんだろ」
「坂橋くん……」
涼野は安堵したように、胸に手を置く。
「けど、アイツと口を利くつもりはねぇからな」
こいつやっぱ、と言葉を漏らしそうになった。でもせっかく参加すると言ってくれたので、聞き流しておく。それに、秋希の為でもあるからな。ただでさえおばさんの体調不良で気が沈んでいるのに。
ひとまず坂橋が勉強会に参加することになり、俺たちは残る時間を委員会活動へと勤しむ。坂橋については図書室に残りながら、俺たちの近くで勉強へと励む。こいつなりにも、留年しないよう努めているんだな。もちろんそれは分かっていた。この勉強会だって、杏子が参加するって言うからごねただけ。もしアイツが来ないって分かってたら、きっと二つ返事で参加したはずだ。
最終下校時間を告げるチャイムが鳴る頃には、図書室も空になっていた。外は既に暗くなり、大粒の雨が窓を打ち付けている。風も出てきたのか、時折びゅうびゅうと笛の音に似た音が聞こえる。
俺たちは片づけをして、戸締りをしてから教室へと向かう。秋希の方も丁度終わっただろうし、先に待っているかもな。杏子については向こうが声をかけてくれるというので、俺たちは真っ直ぐ向かって構わないだろう。
教室に着くと、確かに秋希と杏子がいた。杏子は坂橋と目を一瞬合わせたが、ふたりともそっぽを向く。でもそんなのはどうでもよかった。何故か秋希が、今にも帰りたがっていたからだ。
「お疲れさん。勉強会はこれで全員か?」
とりあえず確認のために尋ねると、秋希が両手を揃えて頭を下げる。
「ごめん皆! 今日どうしてもいけなくなっちゃった」
「あー、マジかよ」
無理くり誘った坂橋が、呆れるようにため息をつく。ちょっと、と涼野が突っ込んだが、態度は改めなかった。
「どうしたんだよ秋希。昨日もだけど、何かあんのか」
小暮は心配そうに顔色を窺っていた。秋希はひどくおちこんだ様子で、目線を落とす。
「実は、お母さんが救急車で搬送されて……」
それを聞いて、どよめきが沸く。俺も驚かずにはいられなかった。昨日見た限り、おばさんは顔色こそ悪くても、無事な様子だった。
「い、一応お父さんが付いてくれてるんだけど。でも私、心配で……」
もちろん誰も止める奴はいない。言い出しっぺの杏子は肩を落としながらも、秋希を心配するように笑顔を作って肩に手を置く。
「しょーがないよね。親が救急車なら」
「ああ。勉強会はまた今度にして、見舞いに行ってきた方がいい」
杏子だけではなく、小暮も同調する。その後ろでは、眉をㇵの字にしながらも安堵する坂橋の姿があった。
「ごめんね皆。今度必ず埋め合わせするから」
「そんなのいいよ、秋希ちゃん。お見舞いに行ってあげて」
涼野の意見に、全員が賛成するように頷く。そうとも。俺たちはお前によくしてもらってんだから、時々なら我儘言ったって誰も咎めねぇって。坂橋みたいに、毎日駄々こねてるならともかく。
仕方がないので、俺たちはそれぞれ帰り支度を始めた。全員支度が終わり、再び教室に戻って来る。別に一緒に帰るって訳ではないが、何となくだ。
秋希の表情は、隠せない程に暗くなっていた。ひたすらに俯いて、作り笑いすらできない程。暗いせいか、やつれているような気もした。
「大丈夫か、秋希」
心配になって声をかけてみると、秋希はおもむろに顔をあげる。
「うん、大丈夫」
普段なら作り笑いでもして答えただろうに、やはり笑顔は見せてこなかった。その様子に、他の全員にも秋希の心境が移ったように面持ちが暗くなる。
「雨もひどいし、さっさと帰ろうぜ」
と、廊下側を顎でさす。
突然、電灯の明かりが消えて真っ暗になる。雨音のなか、どよめきと短い悲鳴が沸き上がる。
「なんだよ!」
「ちょっと何!」
「うわぁ電気がっ!?」
声はそれぞれ坂橋、杏子、小暮だった。暗がりの中、近くにいた秋希の顔だけが見えた。向こうも驚いていたようで、目をまるくしながら天井を見まわしていた。
次に窓を――見る間もなく、電灯が再び点いて明かりがともされる。一瞬沈黙が流れて、誰かが深呼吸をした。
「び、びっくりしたぁ」
「……んだよ、脅かしやがって」
杏子はほっと胸をなで下ろして、坂橋は強がりに笑って見せる。
「どうしたんだろうね」
場を和ませようとしたのか、秋希が声をかけてくる。
「さあな。何かトラブルでもあったんだろ」
一瞬の停電が珍しいかと言われると、珍しい方だろう。電球が切れてないだけよかったかもな。
「何か嫌な予感がする」
落ち着き始めたところへ、涼野が物々しい顔で呟く。
「なんだよ涼野。怖くなったのか」
それを笑い飛ばすように、小暮が余裕しゃくしゃくといった態度で聞いた。
「またそうやって馬鹿にして……」
「どーせ、お前のことだから『わー、ホラー映画みたいな事起こりそー』とか思ってんだろ」
「だって普通こんなこと起こらないよね。雷も鳴ってないのに、いきなり明かりが消えるなんて」
「へっ。なんでもかんでも自分の好きな事につなげんの、やめたほうがいいぜ」
「それはわたしの勝手ですっ!」
言い合いもヒートアップしそうになって来たので、そろそろ止めてやるべきか。
「はいはい二人とも熱くなるのは良いが、いつまでも秋希を待たせんなよ」
そう言ってやると、ふたりとも馬鹿な言い合いをやめてそちらへと向く。
「あ……悪い、秋希」
「ごめんなさい……」
「ううん、いいって。私も驚いたし」作り笑いを見せる秋希。だがこれ以上ないくらいにぎこちなかったし、眉もㇵの字のままだった。「さ、早く帰ろ。確か夜から風も出るって言ってたし」
「雷じゃなかったっけか」
今朝天気予報が何て言ってたのかを思い出しながら、俺は鞄を持ち直す。他も再び帰る準備を済ませて、俺たちは廊下へ出る。
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