第2話 図書委員

 俺が所属している委員会は、図書委員だ。仕事内容についても簡単で、本の整理や貸し出しなどの受付など。他にも本の手入れだったり、返却されてない本についての催促なんかをしたりもする。催促はほぼ独断だが。

 進学校って事もあり、図書室を利用する生徒は多い。大抵の場合、学習用の机は埋まっているのが殆どだ。しかも得てして、そうした生徒は成績上位だったりもする。塾も行かないで、どうやって好成績を維持しているんだか。ちなみに俺の場合だが、誰にも知られない場所でしっかりやっているから毎回上位に食い込める。何で誰にも知られたくないのかというと、単純に「意外」と言われるのが気持ちいいからである。しかし二年にもなれば、あまり言われなくなってしまうのが残念だ。

 欠伸をしながら、図書室の扉を開く。中は図書室というよりは、カフェみたいな風景に近いだろう。入って右手側には壁と一体になった本棚に、囲まれるように置かれた丸テーブル。暗黙のルールか、この一帯は上級生しか使えないらしい。俺は一年の頃に、その席に座って本を読んでいたらどやされたことがある。そのどやした奴というのが、坂橋も嫌う先輩だった。

 では下級生はどこで勉強するのかというと、逆方向にある、いっぱいの椅子に囲まれた長机の列だ。この辺はベタな図書室らしく、背後には本棚が立ち並んでいる。今日も下級生たちが、黙々と教科書を見やったり、ペンを走らせている。

 その中心にあるのが、図書室の全てを管理する受付だ。そこには既に、二人の生徒が座っている。秋希と話し込んでいたため、少々遅れてしまったな。その二人と目が合うと、どちらも性格を反映した挨拶の仕方をしてくる。


「遅かったな、トオル」


 控えめな声だが、ぶっきらぼうな言い方と軽い会釈をかわしてきたのは小暮雅人だ。目の上で揃えた丸っこい髪形、やや細い目。一見暗そうな印象を受けるだろう。しかしこう見えてノリはよく、秋希や坂橋とつるむことも多い。


「悪い、秋希と話し込んじまった」

「どんな話をしてたの?」


 丁寧なお辞儀の後に、おっとりとした声音で問いかけてきたのが涼野琴子だ。いわゆる典型的な読書家女子という感じで、ややぼさついた髪形に大きな眼鏡。顔にはそばかすが浮かんでおり、あまり化粧っ気がない。それに中学生と間違われる程の小柄な体型。彼女も俺だけじゃなくて、秋希たちとよくつるむ。特に秋希からは「コトちゃん」の愛称で呼ばれている。


「多分涼野が好きそうな話だな」

「わたしの好きそうな?」


 その前に、俺もひとまず図書委員なので仕事するそぶりを見せないと。空いている席に座り、カウンターから向きを変える。


「どんな話だったんだ」


 小暮も興味深々に尋ねてくる。涼野はともかく、小暮はあんまり好きじゃないだろうな。


「ちょっとした噂なんだが、うちの学校で自殺した生徒がいるんだってな」


 勉強の邪魔にならないように、俺は控えめな声で話す。


「あ、それわたしも聞いた事ある。確かその亡くなった生徒、夜中に学校を徘徊してるって噂だよね?」


 興味深く眼を輝かせる涼野。対してやはりというか、小暮は呆れた様子でいた。


「どんな話かと思ったら、幽霊の話かよ。下らねぇ」

「坂橋も同じ事言ってたな」

「だろうよ。この年まで幽霊を信じるとか、ガキかよ」

「それも言ってた」


 と言ってやると、満足げに口元をほころばせる小暮。やっぱり坂橋と気が合うんだろう。よく二人はつるんでいる姿を見かけるもんな。


「下らないって……幽霊はいるんだよ、小暮君」


 しかしその態度は、涼野の前ではあまりよろしくない。


「そういや、涼野はホラー系が好きだったな」


 小暮の言う通り、涼野の得意分野はホラー系だ。彼女が持っている本の九割はホラーものっぽく、本だけではなくて映画もかなり精通しているという。それだけじゃなくて、有名な怪談師の講演を欠かさず見に行っていると自慢していた。そんな彼女からすれば、小暮の発言は冒涜でしかないだろう。


「その自殺したという生徒がいるのは現世に心残りがあるからなんだよ。例えば誰かに殺されてそれをわたし達に伝えたくて学校を徘徊してるのかも。でも幽霊は霊気の強まる夜にしか活動できないから毎晩当てもなく誰かを探しているんだろうね」


 涼野はまさに、典型的なオタク気質だろう。とにかく早口でまくし立てる。それに内容も、完全に俺たちを置いてけぼりにしている当たりが特に。


「どうせ誰かと見間違えただけだろ。警備の人とか」

「その噂の人は女子生徒だって聞いたよ」

「忘れ物を取りに来ただけなんじゃねえの?」

「真夜中に?」

「……涼野、悪いけどおれは幽霊とか信じてないからな」


 矢継ぎ早に説き伏せる涼野に、小暮はついに敗北を認めた。


「別に隠さなくてもいいんだよ小暮君。わたしも幽霊の事、怖いって思ってるし」


 だからこそ涼野は、ホラーを愉しめているのだろう。幽霊を信じてなくて、怖くもないならきっと楽しめないはずだし。


「馬鹿馬鹿しい。そんなありもしないものを、よく信じれるよな」

「ホラー映画だと、そういう人が二番目の犠牲者になったりするよ」


 涼野は意地悪そうな薄ら笑みを浮かべる。


「映画の話だろ? 現実じゃあありえねえって」

「どうだろうね。ね?」


 確認するように、涼野はこちらへ問いかける。


「まあ信じる信じないは勝手だろうな」

「あー、ずるい言い方」


 涼野は不服そうに、そばかすが浮かんでいる頬を膨らませる。


「さっき坂橋にも同じ事言われたけどよ、それが普通だろ?」

「確かにそうかも」

「つまりトオルは、半分は信じてるって事だな」


 納得する涼野の傍ら、小暮は俺に尋ねる。多分同意してほしいんだろうな。


「小学校の時は完全に信じてたけどさ、今は何とも言えねぇよホント」

「別に信じててもいいけどよ、科学的根拠もないモンを信じるのはやめた方がいいからな」

「この世には科学で証明できないものもあるの!」


 つい語気が強まる涼野。その声は図書室全体に響きわたり、彼女は周りの視線を集めてしまう。


「涼野、勉強の邪魔になってんぞ」


 得意げに微笑む小暮。こういう言い合いで、同意を得られないのは痛いな。周りの生徒も、今は怪談がどうたらと気にかけている場合じゃないだろうし。何せもうすぐ試験があるんだからな。他の生徒達は、神経をぴりつかせてる様子でこちらを睨んでいた。


「あ、す、すいません!」涼野は立ち上がると、全員へ謝るようにお辞儀をする。それから静かに席を座ると、小暮を睨む。「元は小暮君が悪いんだから」

「人のせいにするなよ。みっともねぇぞ」

「ふーんだ。もし幽霊に出くわしても助けてあげないから」

「必要ない。もし幽霊を見たなら、お前のおすすめホラー小説を全部読んでやるよ」

「それより、夜通しでホラー映画の方が楽しいよ? もちろん、部屋は暗くしてね?」


 まあなんだかんだでこの二人は仲良くやれてるな。一応付き合っていないけど。というかお互い気があるのかは分からない。前にお互いの事をどう思っているか尋ねてみたが、どちらも何食わぬ顔で『委員が一緒なだけ』と答えていた。この質問の後でも平静さを崩さなかったので、多分その答え通りなんだろう。まあ俺が考えてもどうにもならないだろうが。

 坂橋もこんな感じで仲直りしてくれないかな。ぶっちゃけ杏子抜きは結構痛手なんだよ。というか今までは彼女が一番賑やかしをやっててくれたし。それに比べると、最近の俺たちはどこか通夜めいてる――いや通夜は言いすぎか。とにかく物足りなくて困ってんだよなぁ。

 なんて考えていると、後ろからよく知ってる後輩が声をかけてきた。振り返ると、挨拶と共に本の貸し出し手続きを済ませてほしいらしい。とにかく世間話はこれまでにして、委員会の仕事に集中するか。他二人も俺の様子を見て、それぞれ椅子の向きを直して受付を開始する。

 うちの学校だと本の貸し出しはよくある方で、しかも今はテスト期間中だ。多くの生徒が本の貸し出しを希望したりするので、俺たちも実のところあまり談笑している場合じゃなかったりする。三人で受付にいるのはそれが理由だ。試験期間外は二人か一人ぐらいでも十分だが、この時期はあと一人いればなってくらいだ。ってもその一人は夏が始まる前までいたが、最近転校してしまった。そいつとも仲はよくて、一緒に遠出したこともある。図書委員にはふさわしくないテンションの持主だったが、気持ちのいいやつだったな。ちなみに転校理由は、親の転勤によるものだ。本人から直接聞いているので、信ぴょう性については心配しなくていい。

 陽も半分以上沈み始めて、チャイムが鳴る。下校の時刻だ。図書室にいた生徒も駆け込みで貸し出しの手続きを済ませてきたりして、俺たちも最後の追い込みをかける。やがて図書室から利用者がいなくなって、俺たちの仕事も終わりだ。


「今日もいっぱいだったね」


 涼野が背を伸ばしながら声をかけてくる。つい目に入ってしまったが、やはり年頃の女子に比べて貧相だな。そのせいかよく子供と間違えられるそうだ。


「この頃は仕方ないだろ」

「そもそも、この図書室が有能過ぎるのが悪い」


 原因というかおかげというか、そのほぼ全てが司書の人にある。これがよくできた人で、高校生が必要とする本を嗅ぎ分けるのが上手い。図書室のレイアウトを考えたのもその人だ。ただしカフェっぽいスペースが上級生専用になるのは、意図していなかったみたいだが。他にもあれこれと案を思いついていたようだが、流石に全部は無理だったようだ。理由は予算のせいだという。それはともかく、司書さんのお陰で図書室にある参考書は、その辺で売ってるような物よりも全然分かりやすいと評判だ。かくいう俺もこっそり借りているほどだからな。こっそりってのは貸し出し手続きを行った上で、誰にもバレない様にって意味だ。


「そうだよね。どの参考書もすごく分かりやすいし」

「おれもあれなきゃ赤点組だったろうしな」

「今度坂橋に見せてやるか」


 今思ったが、何でアイツは図書室を訪れないんだろうな。別に根っからのヤンキーって訳じゃないんだろうし、図書室ぐらい来てもいいだろうに。


「そういえば、坂橋くんは今回の試験どうなの?」

「それがな、完全にど忘れしてやがった。ホームルームで名指しで批判されたってのに」

「アイツらしいっちゃアイツらしいな」


 いくら気が合う小暮でも、坂橋の赤点は看破できないようだ。


「さっきどっか遊びいこーぜとかぬかしやがったからな、あいつ」

「まったくもう、それどころじゃないのにね」


 その通りだよなぁ、と心の中で同意する。口にしなかったのは、いわゆる壁に耳あり障子に目ありってのを恐れたからだ。もしかするとあのまま帰ろうとしたが、教室に戻って大人しく勉強してるって線も否定できないし。そもそもアイツは一人で勉強できるんだろうか。


「どっちにしろ今日は無理だったろうな。秋希も用事があるっていってたし」

「あの秋希が、か?」

「秋希ちゃん、どうかしたの?」


 二人の驚きよう。秋希を知る人なら、皆同じような反応をする。なぜなら普段なら、アイツはかなり付き合いがいいからな。多分誘いを断るような人じゃないって思ってる奴は多いだろう。


「さあな。というワケで今日はこのままお開きだ」

「そっか。もし良かったら映画誘おうかなって思ってたけど」


 涼野はしゅんとした様子で視線を落とす。二人はよく映画を見に行くことが多い。秋希も結構映画は好きな方みたいだし。


「まあ秋希だけじゃなくて、坂橋と杏子の喧嘩も継続中だからな」

「まだアイツら仲直りしてないのか」

「あんま言いたくねぇけど、どっちもどっちだからな。難しいだろ」

「うーん。早く仲直りしてほしいんだけどね」


 といったところで、俺たちに出来る事はない。あの二人の見解については、どちらに正義がある訳でもないからな。どっちも悪いって場合、やっぱり外野がうだうだ言うより、本人達が解決するほうがいい。ただこじれ過ぎた場合は、俺たちで何とかするしかないだろう。出来ればそうなってほしくないんだがな。

 ひとまず俺たちは図書室を閉める為、その場を立ち図書室を出る。カギ閉め担当の小暮がカギを手に戸締りをする。全員で一緒にカギを職員室まで戻してから、自分の教室へと向かう。

 はずだったが、何故か二人とも自分の教室へは戻らず、俺と歩いている。直前で立ち止まり、ふたりの方へ顔を向ける。


「お前らどうした。帰らないのか」

「いやだって、秋希が心配だし……」

「わたしも」


 そんなに心配する事じゃないと思うんだけどな。まあ拒む理由はないし、俺はひとまず頷いて踵を返すと、自分の教室へ入る。どうやら先に帰ってきていたようで、秋希はすでに鞄を机の上に置いて待っていた。


「あ、やっと来た」秋希の視線は俺から、その背後へと向かう。「あれ? 小暮くんにコトちゃん?」

「よお」

「お疲れ、秋希ちゃん」


 それぞれ挨拶を交わす二人。


「聞いたぞ秋希。具合でも悪いのか」

「え、何の話?」

「秋希ちゃん、今日は誘いを断ったんだってね。何かあったの?」

「んー? どーいうこと?」今一要領を得ないでいるらしく、秋希は難しい表情をして首をかしげる。「トオル、何話したの?」

「いやだから、さっき坂橋が誘った時の話。アイツの赤点回避のために今日は解散になった事と、あとどちらにしろお前が用事あるから誘いに乗れなかったって言ったら――」

「こうなった?」


 ああ、と首を縦に振る。


「だって秋希が誘いを断るとか、今までなかったろ」

「確かにそうだけど、別に私は何ともないよ? ただちょっと用事があるだけで」

「用事?」


 涼野の問いかけに対して、秋希ははぐらかすように言葉を濁す。


「んーとねコトちゃん。ちょっとどうしても外せない用事があってね」

「それって……」

「いや別に大したことじゃないんだけどね? ちょっとまあいろいろあって」その返答で納得する方が難しいだろう。涼野、小暮共に顔を見合って、一様に首をかしげる。「ホントごめん! でも試験が終わったら大丈夫だから、その時はまたみんなで遊ぼうね。だから今日はホントにごめん」


 手を合わせて、自分を責めるように平謝りをする秋希。


「別に無理をさせるつもりはないから。大丈夫だ」

「うんうん。大丈夫だよ秋希ちゃん」


 こんな秋希を見るのも初めてなんだろう。二人とも慌てふためくように弁明を行う。


「ひとまず事情も分かったし、じゃあおれはこれで」

「わたしも。また今度映画見に行こうね」

「うん、約束」


 小暮と涼野は、それぞれ挨拶を交わしてから教室を出て行く。それを見届けてから、秋希は鞄を持つ。


「それじゃあ、そろそろ帰ろっか」

「ああ」


 秋希と帰るという話と、その理由を忘れるところだった。俺も鞄を持って、横並びに廊下を歩く。窓から外を見ると、太陽も半分という所までしか写っていなかった。この頃は日の入りも早くなってきたな、としみじみ思う。

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