第3話 どうやら異世界があるらしい
『…もう一度、言ってみろ』
『クラーケン様。我らニンゲンが末席、90番目、蔵亜ケンが行方をくらましました』
———信じられるか、そんなこと。
ケンは今、修学旅行を楽しんでいる筈だろう。
今日は水族館に行くと言っていた。今頃は青春を楽しんでいる筈だ。そうでなければならない。
『状況は今説明した通りです。時刻は朝8時頃、彼含めそのクラスメイトを乗せたバスが走行中に突如として消失しました。周辺の目撃によれば、まるで光に包まれたように消えたと。そして我々が調査したところ…』
『ケンの焼け焦げた右腕のみが見つかったと。確かな情報か?腕は今どこにある』
『情報の確度については10番と43番が調査したため問題はありません。腕は現在4番の研究所に保存してあります』
ならば…信じられるか。
10番こと蔵亜コウタは蔵亜ケンの父だ。調査に手を抜くとは考えられない。43番も同じだ。確かケンとは仲良くやっていたはず。
今自分と接続している男、3番目のニンゲンであるタミスが続ける。
『そして…4番によれば、到底信じられない話ですが、ケンは同列時間上の別座標…つまるところ、“異世界”に送られた可能性が高いとのことです』
『そんな馬鹿な話があるか…とも言い切れないのが有難い話だ。ケンが消えた瞬間、確かに感じたよ。私が今まで体験したことの無い感覚を』
『やはりクラーケン様も感じていましたか。あの感覚は恐らくニンゲンも全員が感じていたはずです』
私が生きてきた中であのような感覚は初めてだった。興味を持ってその波長のようなものを解析したが、不幸中の幸いと言うべきだろう。我が触手達の言う“異世界”への手がかりはある。
『さて…どうなさいますか。蔵亜ケン救出の準備は今すぐにでも始められますが』
『例の転移現象についての解析はもう良い。私がもう済ませた。それと5番を呼べ。私の異世界行きに同行させる』
『まさか…!!ご自分で救出に向かわれるつもりなのですか!?』
『不満か?』
『いえ。決定に従うまでです。他にご命令があればなんなりと』
『タミス。確かお前はアメリカ政府に侵入していたな。お前にはやってもらいたいことがいくつかある』
———————————
私があの“異世界転移”について解析した結果、バスが消滅した瞬間あの場に存在していたエネルギーの総量は核爆弾をも凌駕していた。
さらに言えば、存在していたエネルギーの種類こそ断定出来ないものの“エネルギー”には一定の指向性が存在していたようだ。バスが消滅したという場所には、今も例の“エネルギー”が存在すると我々の感覚が告げている。“周囲の影響によってその挙動を変えながら”だ。
その挙動を調べれば、大体理解できる。
“異世界転移”と同じ現象を引き起こす方法が。
長くなってしまったからまとめよう。
私がケンの送られたという世界に向かうには、“莫大なエネルギー”と“その指向性の操作”が必要だ。
エネルギーを用意する術はもう既に手配してある。
あとはそれを得られる場所に向かうだけだ。
『ヨッ!!クラーケン様!!チョーシはどーだい!』
私に近づく白いヒトガタ。数十メートルはあるだろうか。それが音波を用いて私に話しかけてきた。
……やっと来たか。
『随分と遅刻してくれたね。メク。置いていくところだったよ』
『ケンを心配する心は俺もおんなじよ。是非とも連れていってもらおうじゃないの』
メクはニンゲンの中でも4番目の古参だ。性格は軽薄極まりないけど、擬態の精度やその他諸々の能力は優秀だ。なにより、
『はやく私の体に同化しておきなさい。外に出たままだと危ないよ』
メクは他のニンゲンとは異なり、私の体に同化することが出来る。私がどんな荒事をしてもメクは安全だ。だから私と共に異世界に連れていくことにした。
嵩張らないのは何よりの利点だ。
気づけば白く巨大なヒトガタは既に私の職種の一本となっていた。こうなってしまえば私の体と大差がない。
『はいよ。それにしても、クラーケン様も無茶するねぇ。タミスが泣いてたぞ』
『彼が優秀だから信じた、それだけのことさ。それよりそろそろ目的地だ。必要ないと思うけど…心の準備をしておいてくれ』
———————————
「今この時代にUMAとはな…。信じられるかそんな話が!!」
「目の前のモニターに映る画像がフェイクなら我々もこんな困った事態にはなってませんよ。ただ残念ながらこの写真は我らが米軍が上空から撮影しているものです。100%本物ですよ」
目前で頭を抱える米国大統領を見ながら、その側近としてそばに控えるタミスは考える。
(私がアメリカに潜入しているからと言って流石に無理がありますね、この仕事は。クラーケン様も無茶な事をおっしゃる。しかし、我らが主の企みはほぼ成功かな?)
「どうなさいますか大統領。ご決断を」
大統領の目前のモニターに映る光景。それは巨大なタコのような生物が海面を泳ぐ様子であった。
だが、問題はそのタコの大きさが全長1キロメートルに届くという事である。
もしそのような巨大生物が自国の周辺で暴れでもすれば、その被害は洒落にならないものになる。
そこで、この生物を先制攻撃によって撃退するという作戦が展開された。
しかし…
「まさか核を使わざるを得ないとは…!!そんな生物がこの地球上に存在してたまるか」
この生物に既存の兵器はどれも無意味だった。銃弾から始まり、ミサイル、火炎放射、毒ガス、そのどれもが効果を得られずに終わっている。
この巨大生物の登場から四時間ほどで、既に核爆弾を使用するという案が浮上していた。
(ま、アメリカに核爆弾を使用させるのが私の仕事なのでね。この大統領も早く決断すればよいものを)
その時、モニターに変化が現れた。タコの巨体がさらに浮上しているのである。
「は?ハァ!!?そんな…!!そんな馬鹿なァ!!」
大統領はもはやパニック状態になっている。
それもそのはず、クラーケンの巨体が宙に浮いたからである。
「一体何が起こっている!!」
「飛んでますね。このタコ」
「何故飛べている!!」
「あの触手から水を放出しているようですね。ウォータージェットみたいなものですかね」
「そんな馬鹿げたことが…?」
「現に起きているんだから仕方ないでしょう。ただ、これでこの巨大生物は海だけでなく、陸にとっても脅威と証明されたわけですが。どうなさいますか?」
大統領はひとしきり叫んだあと、ようやく世界のリーダーとしての決心を固めたようだ。
「わかった。核を使う。周辺国への避難勧告と他の核保有国へも連絡を回しておけ」
「分かりました。ではそのように」
タミスは内心でほくそ笑む。計画通りだ。
————————————
『クラーケン様って飛べたんすね』
『私も今初めて試したよ。案外なんでも出来るものだな。ケンも簡単に助けられればいいが』
『そうですよ。流石のクラーケン様と言えど、有るかも分からない異世界に行くなんてのは無理があるんじゃないすか』
『私だって不安さ。だが、だからと言ってケンを諦めることが出来るか。なんとしてでもケンを救う』
そんな事をメクと話しているうちに、自分に向けてミサイルが発射されたようだ。
この感じはおそらく、核だな。
タミスはよくやってくれた。
着弾までもう少しと言ったところか。
『そろそろですね。心の準備は出来てます』
『では、楽しい旅にしようじゃないか』
着弾。
『グァァァア!!!!!』
熱い!!想像よりも熱いぞ!!
流石は人類の叡智の炎だ。私のような怪物にさえ通用する武器を手に入れるとは、大きくなったものだ。
ダメだ。落ち着け。私にはやるべきことがある。
核爆弾が放出したエネルギー、それに対して指向性を持たせる。それにより異世界から来たエネルギーを私の手(触手?)で作り出す。
私の細胞を一つ一つに至るまで細動させる。
そうすれば…
よし。解析は正しかったようだ。
バスが消えた瞬間と近い感覚が私の体を包んでいる。
いける!!いけるぞ!!
このまま、ケンの居る世界へ!!
私の周囲を白い光が包んでいく。核爆弾の光ではない。また別種だ。
そのまま私は光の中を進んでいき…
——————着水。
ここはどこだ?海のようだが。
『イケましたね。クラーケン様。俺らの勝ちっすよ』
確かに感じるぞ。ケンの気配を。
『この世界にケンは居る!!異世界転移は成功だ!!』
待っていろケン。私が必ず見つけ出す!!
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