第2話 我こそがケンくんなり
「ケンくんよ…そろそろ退屈してきてはないかな」
バスに揺られること数時間、俺の隣、窓側の席に座る幼なじみのユウキが声をかけてきた。
「いや?別に退屈はしてないけど」
まあでも分かっている。どうせユウキが暇になってきたから暇つぶしに付き合えとでも言うつもりなのだろう。しかし一体何をするつもりだろうか。こう狭いバスの中だとカードゲームも出来ないだろう。
「ホントにぃ〜?私に遠慮することないんだよ。と言うわけでこれやりましょう!!」
「ケータイ?将棋アプリか。別にいいけど酔ったりするなよ?」
「心配無用!!さっ、先手はあげるよ」
「随分と余裕だなぁ…。後で泣いても知らねえぞ」
本当は窓からの景色を見てるだけで十分だったんだけど仕方ない。どうせだしボコボコにしてやるかな。
現在時刻は大体午前9時くらい。目的地までまだ二時間以上はかかりそうだ。
今このバスが向かう目的地は空港。沖縄まで飛行機で行くためである。そして俺達は現在青春真っ盛りの高校二年生だ。ここまでくれば大体想像つくかもしれないけど、現在はその青春の象徴とも言える修学旅行…そのスタートダッシュ地点である。
ならば、一人でかっこつけて窓の外の景色眺めるよりもやるべきことはあるだろう。今は何よりも楽しむべきに違いない。
騒がしいバスの中でユウキとの将棋を楽しもうじゃないか。
「ふむふむそうくるかねユウキクン…。ダメだねもう詰んでるね」
「適当言うんじゃありません。ほら、お前の番だぞ」
そんなこと言ってる内に空港につき、飛行機に乗り、(またもや隣に座るユウキが初めての飛行機に大興奮していた)あっという間に沖縄に着いていた。
俺も沖縄に行くのは初めてだ。まあ感想としては…
「あっっついなぁ…」
「そうだね…」
この10月に汗だくになる程暑いとは…、流石日本の南端。もはや日本じゃなくてハワイとかだろ。
———————————————
「いやぁ〜今日は疲れたな!!」
「そうだな。特にこのクソ暑いのが…」
「ざっけんなよケンテメェ至る所で散々いちゃつきやがってよ!!確かにアツイだろうな!!アツアツだろうな!!」
修学旅行一日目も終盤に差し掛かり、俺達は今現在ホテルに居る。同室のナオキにそうキレられた。別に俺とユウキはただの幼なじみだってのに…。
「ユウキとは別にそんなんじゃないっての。それに俺好きな人なら別に居るしな。あ、それちんすこう?買ったのか?俺も食べたい」
「はいよ。…ってオイ!!マジかよ誰だよ好きな人って!!ユウキちゃんじゃねえのか!!」
「悪いな〜。でも秘密だぞ。誰にも言ってないからな」
「話せよぉ…。話さねえとちんすこうはくれてやらねえぞ!!…まだ話す気にならないか。総員取り押さえろ!!」
「「「了解!!!」」」
同室のヤツらが全員俺に掴み掛かってきた。このままだと拷問確定コースだ。まあ確かに高校生かつ修学旅行なら恋バナくらいしたいよな。
だが俺もヤツらに良いようにされる気もない!!
襲いくる魔の手を全て潜り抜けるなど俺にとっては造作もない!!座った姿勢から刺客の股下を潜り抜け回避!!
「お前らごときに捕まるかよ!」
「あまりドタバタするな貴様らァ!!」
「「「「スイマセン!!!」」」」
担任かつ脳筋体育教師にバレてしまった。
ふむ。確かに修学旅行と言ってもハメを外しすぎるのは良くないね。
「……ふう。と言うわけで続きと行こうかケン君!!」
「まあ待てナオキ氏。我々は文明人だ。と言うわけで“コレ”で勝負を決めようじゃないか」
「それは……“トランプ”だと!?」
「ババ抜きジジ抜き大富豪…どれでも好きなのを選べ!!」
「あ、ゴメン。俺大富豪のルールしらねぇんだけど」
マジかよ将棋部のヤマトクン…。ゲーム全般覚えてようよ。じゃあ組んであげようか。
「じゃあヤマト、俺とチーム組もう」
「ビリの罰ゲームは好きな人話す。で良いよな」
「よしじゃあ始めようぜ」
「よっしゃ全員ケン狙い撃ちにすんぞ!!」
哀れなヤマトもやっと気づいたようです。
「どうしたんだいヤマトクン。騙されたみたいな顔して」
「…これチームで負けても連帯責任罰ゲームですか」
「「「当然!!」」」
「ケンてめぇ俺を道連れにしやがったな!!」
「頑張ろうかヤマトくん。仲間割れしてると勝てないからね」
「このヤロォオおおお!!!」
修学旅行一日目はそんな感じで終わった。まさかヤマトがあんなに一途なヤツだったとは…可愛いやつだぜ。ちなみに俺の好きな人は“昔から付き合いのあるお姉さん”で誤魔化した。あんまり間違ってはいないと思う。
そして、学生としてではなく“ニンゲン”としての俺の仕事が今から始まる。
深夜2時ほど。もう同室の皆もぐっすり寝ている。抜け出すなら今だな。布団からこっそり抜け出し、音を立てずにドアを開ける。俺にとってはこの程度造作もないことだ。教師陣が見張りに居たりするかもしれないが、俺は教師程度に見つかるような柔な鍛え方はしていない。
そのまま難なくホテルを抜け出し近くのビーチに至る。夜道の暗さも俺にとっては大した障害にならない。ライト要らずなこの目は隠密に最適だ。
そして砂浜。我が“主”を呼ぶため、体内の器官から特殊な“音”を出す。
待つこと数分…そろそろか?
海面から一本の触手が現れた。と言っても表面色を変える擬態によって一般人には何もここには無いように見えるだろうがな。俺はおもむろにその触手を掴むと、“接続”が始まった。
『久しぶりだね。ケン君。我が愛しの触手の一本よ。修学旅行は楽しんでるかな?』
脳内に慣れ親しんだ、安心する声が響く。俺も思考で答える。
『とても楽しいですよ。俺もクラーケン様に話したくてウズウズしてました』
『ありがとう。じゃあ、是非聞かせてくれないかな。今日は何をやったんだい?』
『色々あって何から話せば良いか迷いますね…。じゃあ出発の時———』
この触手の持ち主、今俺に語りかけている方は俺の創造主にして主であるクラーケン様だ。地球上の生物ではありえないほどの期間を生き、他のどんな生物も超える能力を数えきれないほど持っている。そして何より、俺の好きな人(?)だ。
ところで、“ニンゲン”というUMAは知っているだろうか?人間ではなくてニンゲンだ。一般的には南極や北極でよく見られる、馬鹿でかくて白い人型生物…らしい。作り話にしては中途半端に人間寄りの姿をしていると良く言われる。が、その正体はクラーケン様の“触手”である。
クラーケン様の能力の一つにタコのような“擬態”がある。今、目の前の触手が行なっているように表面色を変えたり、さらには質感も変えることが可能だ。しかしクラーケン様はそれだけではない。俺達の主はそうやって形を整えた自らの“触手”に、臓器と脳を与え、一個体として独立させることができる。
そうして作られたのが俺達、“ニンゲン”だ。先に言ったような白いのっぺらぼう巨人はその初期タイプらしい。ニンゲン界の古参だな。
まあ、俺も“ニンゲン”と言っても別にクラーケン様に作ってもらえたわけじゃ無い。ニンゲンと人間のハーフだったりする、数世代目のニンゲンだ。実際のところクラーケン様の擬態の精度が上がるにつれ、ニンゲンの体は人間と殆ど変わらないものになり人間と子供を作れるようになったと言う。
そして産まれた子供達もまたクラーケン様の“触手”としての仕事をこなしていくのだ。
「産まれた時からクラーケン様に仕える未来が決まってるなんて嫌じゃないのか」と思うかもしれない。けど、このお方は決して俺たちに強制したわけじゃなかった。
なんだかんだ言って、俺達ニンゲンの親のような存在だ。嫌いになれるわけがない。
そんな感じでクラーケン様に仕えている俺だが、俺がクラーケン様から与えられている仕事とは“日常生活の様子をクラーケン様に報告すること”だ。そんな簡単なことで良いのかと思うかもしれないが、それだけで良いと当の本人が言うからな。
確かに簡単な仕事だ。でもクラーケン様は常に娯楽を求めている。俺の話でクラーケン様を喜ばせられるなら安いものだ。
ちなみに、俺の好きな人がクラーケン様だと言うことは隠している。脳内思考を読み取れる主に隠しごとは簡単では無いが…まあそれように訓練もしたのだ。隠し通せているはずである。
『ほうほう。そんなことがね。…良いなぁ修学旅行…。私も是非一緒に行きたかったよ』
『俺もクラーケン様と一緒に行けたらどれだけ良かったか…。クラーケン様はニンゲン体の直接操作は出来ないんでしたっけ』
『そうだね。流石に完全な無線だと難しいかな。だからこそ、君の話はとても面白いよ。私が行けない場所、私の見れない景色を私に教えてくれる。それが私にとって何より楽しい娯楽になるんだ』
『はい!ありがとうございます』
『今日はもう夜も遅い。いくら頑丈な体でも少しは寝ないとダメだからね。じゃあまた明日。今日と同じ時間に』
『それでは。失礼しました』
『おやすみ。明日も楽しんでね』
よし。今日の職務も完了だ。部屋に戻って寝よう。
————————————
翌日、今日も俺はバスに乗っている。今向かっているのは…どこだったか。確か水族館か?
「ふぁぁぁぁあ…」
「どうしたんだいケンくん。寝不足?昨日寝てない?」
「ちょっとな…」
「あー!!絶対恋バナしてたでしょ!!私にも話してよ!!」
例によって隣の席のユウキは今日も元気だ。しかしうるさいので生贄を用意しよう。俺は後ろの席に座る男を指差して言う。
「ヤマトってな…。実は小学校の時から隣の家のお姉さんが好きらしいぞ」
「えー!!そうなの!!」
急に飛び火したヤマトが飲み物を吹き出した。焦ってやがる焦ってやがる。悪いなヤマト、お前に恨みはないがスケープゴートになってもらおう。
「ねえねえどんな人なの?ねえねえ」
「おいケン!!悪魔かお前は!!」
「すまんなヤマト。それより質問に答えた方がいいんじゃないかな?」
クラス全員がヤマトの話に興味津々モードだ。まあ昨日俺と組んだ時点で泥舟だったな。このネタで半年はいじってやろう。
そう俺が決意した時だった。
“異変”が起きた。
「うわっまぶし!!!」
クラスメイトの一人がそう叫んだ。窓の外が真っ白な光に包まれていた。そして次の瞬間には真っ黒に。
なんだこれは。普通に道路を走ってたんじゃないのか。
「ケン、なにこr——」
「おいユウキ!!どうした!!」
ユウキが急に意識を失った。周りを見ればクラスメイト、さらには例の脳筋担任教師や運転手までもが眠ったように気絶している。
「どう言うことだこれ…!!」
まずい。俺も意識が遠のいて来た。クソが…!!せめて手がかりは残さねえと。この先どうなるか知らないが謎現象に巻き込まれてそのままお陀仏だなんて受け入れられるか!!
俺は薄れる意識の中で、最後の力を振り絞って指の一本を引きちぎった。痛い…が、少し意識も戻った。それに“ニンゲン”の俺はこれくらい再生する。あとはこの指を窓から投げるだけだ。そうすればきっと、クラーケン様は俺に何があったか気づいてくれる。このバスが宇宙人に攫われているのか異空間に突入したのかは知らないが、生きているなら必ずクラーケン様が助けてくれるはずだ。
「あとは任せましたよクラーケン様…!!」
俺は窓を開け、真っ黒な闇の中へ指を投げようと、窓から腕を出した。その時、その腕に違和感が走った。ただ、間違いないのは窓から出ていた俺の腕、特に肘から先が激しく痛むことである。この痛み方はマズい。
チッ…。腕が持ってかれたか…!!
手がかりは残せたのか、腕はどこに吹き飛ばされたのか、疑問は腐るほどある。
だが次の瞬間には、俺も意識を失っていた。
————————————
まあ俺も少しは知識があったからな。この時点で少しは予想もついていた。これはさては“異世界転移”とか言うやつなのでは?と?
後から思えばそれは正しかった。
この出来事は間違いなく、俺の異世界生活のスタート地点となったのだ。
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