4-4.後宮の毒1
紅の貴夫人は、緑の愛娘を救済する。
光となる道を漆黒が閉ざしている。闇の元凶は北にある。賢者は愚者であり、猛毒を以って御さねば永遠に暗黒に覆われる。
手筈は既に整っている。
あとは女神の意思に従うのみ。
さすれば緑の華が、後宮に咲く。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
前にここに来たのは香梅堂に移転する日だった。あの時は皇后しかいなかったので気が楽だったが、今日は知らない顔ばかりが集まっている。
ここのところ、後宮という千人を超える山の頂上からの目線だった。
それは
「皆、揃いましたね」
「今日は新しい修援妃を迎えます」
これに、急いで膝をつく。
四夫人が来ていない。
てっきり全員に挨拶すると思っていたのに、
そういえば、皇后の宮殿に四夫人の誰かが訪問しているのを見たことがない。
数回しかここに来ていないとはいえ、一度くらいは顔を合わせてもいいはず。皇后は以前に、気の強い妃ばかりだと憂慮していたように思う。もしかすると関係が上手くいっていないのかも。
それから左右の
さすがに
斜め前に座っている妃に目線を向けたら。
すぐに「前を見なさい」と口が動く。
慌てて視線を前に戻した。
「どうぞ、立ちなさい」
皇后からの許可を得て、
「一層に美しくなりましたね、
「いいえ……とても皇后
「
「はい、皇后
一同が声を揃えたことで皇后は、ゆっくりと
ふう、とため息を吐いたように思う。
「……披露はここまでとします。それぞれ、お帰りなさい」
座っていた
「それでは、四夫人の宮殿を順番に回りましょうか」
「……急に訪問して迷惑にならないかな」
「最初に御付きの宦官が取り次いでくれるので問題ありません。むしろ、下の立場からは積極的に向かうべきです」
さっき、四夫人がいなかったことで緊張が幾らか緩和されたようには思うが、終わってみれば、まとめて済ませてくれた方が良かった。
そういう
「挨拶をするだけですから。それに貴妃とは既にお会いしているので、歓迎してくれるでしょう」
それは先日のことだった。
皇后と貴妃と、賢妃が贈り物をしてくれたので、お礼を言いにいくべきだろうと途中まで出向いたところで、正式なお披露目の後にした方が良いかなと思い直した。それで引き返そうとした時に、朱雀宮から外出していた貴妃と会った。
「そなた、
迷惑にならないように退散しようとしたところを先に呼び止められたから、とても焦った。急いで頭を下げて、贈り物の礼を告げた。
「そなたが喜んでくれれば、
天女のように微笑む。
なんて、美しい人。
「どうした、
心地の良い声色に耳がくすぐられる。頭の中までくすぐったい感覚がして、それからどういう会話をしたのか、あまりよく覚えていない。気が付いたら部屋に戻っていた。
一度会っているとはいえ、貴妃への訪問だけを飛ばすわけにはいかない。序列としても貴妃が一番、上になる。
四夫人の宮殿は皇后の周りを囲うように配置されていて、
――最初は南の、貴妃・
――次に東の、淑妃・
――最後に北の、賢妃・
徳妃の席が空いているので、左に回れば序列通りになる。
「また会いに来てくれたのか。嬉しいぞ」
貴妃・
「貴妃
座る前に膝をついて、礼をする。
「それはもう聞いたのに、律儀なのだな。育ちが良いのだ」
「……いいえ、私はその、地方の出身で」
「都以外は地方であろう。
小さな
「これは果物を原料とする酒だ、遥か西方より運ばれたものだ。
貴妃が先に飲む。
つまり、毒は入っていないと言っている。
「いただきます」
お酒には慣れていないが、こういう場の雰囲気も相まって、とても甘い味がした。そうしてほんのり、暖かくなってきた。
「この前の話、考えくれたか」
「……えっと」
「すみません、前は……あまりに舞い上がってしまって、それで覚えていなくって」
「そうか、
そう言って、盃に酒を注ぐ。
「
「……いえ、そんな……でも、ありがとうございます」
「願いというのはな、
じっと、目を見る。
「……あの……それはもちろん、構いませんが」
「そうか、良かった」
今度は嬉しそうに笑った。
「願いはそれだけだ。そうして、たまには来ておくれ。そうしてくれたら、とても嬉しい」
その後は、他愛のない話ばかりをしていたように思う。あまり長居していたら他の妃に挨拶ができないからと断りを入れると、「それでは、
「貴妃は、素敵な人ですね」
これが
だが、隣にいる
「少し、距離は置いたほうがいいでしょう」
小声で告げた。
「そうでないと、虜にされます」
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