4-2.静月・修媛妃2
御付きの者が増えてからというもの、
「お茶をどうぞ」
「暖かい点心です」
「お菓子はいかがですか」
「これより、お風呂を沸かします」
「寝室の準備が整いました」
「着替えを手伝います」
「戸をご自分で開けなさらなくても、私たちが開けますので」
戸まで開けられては本当にやることがない。
この雰囲気に乗せられた
『
「
「ご機嫌麗しゅう、
これは賢妃からの、こっちは
「……貰ってばかりで返す品がないのですけど、どうしましょう」
「この場合は使いの者に
侍女頭の
待遇の変化は、これだけに留まらない。
散歩の時には侍女の誰かを最低でも一人は連れて歩くのだが、今までは道中でそれほどまで頭を下げらることはなかった。修媛妃になってからは擦れ違う宦官が、宮女が、
「ご機嫌麗しゅう、
ついこの間まで同じ美人妃だったのに、お願いだから呼び捨てて、と言ったところでお辞儀をされてしまう。こういうのは皇后か四夫人だけの特権だと思っていたのに
後宮には千を超える宦官と宮女が使えている。
その中で皇后と四夫人と、同列の
感覚が
ひれ伏す頭の連続に脳がくすぐられる。
征服感が全身に走って
貴族だろうが、地方の長官の娘だろうが、ここまでの陶酔感に浸ることはない。この地位は格別なものであり、故に、後宮の妃が血眼になって求めている地位であり、それを今、
これは危険な毒だと思う。
油断すれば快感の虜になってしまうから。
この毒に侵された者は、以前の自分のままではいられなくなる。人間社会が作り出した異質な頂点は性格そのものまで歪めてしまう。この特別な地位を得た者は決して失うまいとして、他人を
では、かつて自分の地位にあった妃はどうなのか。
情報に
「ちょっと、さっさと出てきなさいよ、いるんでしょ!」
この罵声に安心する自分は変なのだろうか。おそらく誰かに命令するよりも、命令されている方が気が楽なのだと思う。
「ご機嫌麗しゅう、
やっと『ご機嫌麗しゅう』が言えた。ずっと言われてばかりでモジモジしていたから、ちょっと嬉しい。
「……何でそんなに笑顔なの、逆に不気味ね」
「え……あ、ごめんなさい」
謝ったのも久しぶりな気がする。こういうのは
「はい、集合!」
ぱんぱんぱん、と手を叩く。
しぶしぶ、仕事の手を止めて宦官と宮女が集まる。
「はい、整列! 男は右、女は左、
「……ご機嫌、麗しゅう、
「……すっごく嫌々な感じがするけど、まあ、いいわ。では、一人ずつ順番に名乗りなさい。まずは
「……え、私?」
「当たり前でしょ、知らない顔がいるんだから改めて配下全員で自己紹介しなさいってこと」
「……
「申し訳ありませんが、
「同じ階級の妃に指示をされるのは、もう少し控えていただけないかと」
「ふうん……で、誰? 先に名乗りなさい」
「失礼しました、侍女頭の
「そう、侍女頭はあなたになったの。名前からして……香梅堂の勤めに
「はい、
「つまりは経験豊富ね、いいでしょう、粗相がないようにせいぜい勤めなさい、私の配下としてもね。はい、では、次」
「ですから、修容妃。そういうのは――」
「そういうのは何? 自己紹介くらいしなさいよ、当たり前のことでしょう。そっちの宮女、なんて言うの?」
「……
「修容だっつってんでしょ、いい加減に記憶を更新なさい。
「はい、尚服から参りました
「小鳥みたいな名前のわりに声量は問題なしね、振る舞いもそこそこ。いいわ、合格にしてあげる。はい、次は男どもの順番」
こうして全員の紹介が終わった後に、
「ひい、ふう……これで全員? もう一人、いるんじゃないの?」
「彼女は調理していますので、また後日に紹介をさせていただきます」
「全員、来なさいって言ったのよ。三度目はないわ。いいから呼んできなさい。私が優しくしている間に」
「すみません……
肩で息を切らしている。
「それで、どうして遅れたの?」
「あの……調理をしていたもので」
「へえ、この私に言い訳するっての。立場をわきまえていないようね。分かった、あなたは失格。私の配下として及第点は上げられない。
「承知しました」
いつもの無表情で
「修容妃、さすがにそれは」
「ねえ、あなた。侍女頭って、官位は何なの?」
「……同列の妃の配下を勝手に虐げることは規律に違反するかと」
「誰に向かって規律を説いているの? この場では私が法よ。分かっていないのは、あなた達。本来なら意見することすら許されないのは経験が長いのなら分かっているでしょう」
これはその通りである。同列の妃が問題を提起することはできても、宮女が高位の妃に反論など許されるはずがない。だから二人の宦官は何も言わない。言ってはいけない。
「いいこと? 彼女は失格、これは譲れない。
「……
自分のことであれば我慢できる
「酷いことって何? 勘違いしてない? 言い訳から入ったから礼儀からやり直せって言ってんの。そもそも料理も下手なんじゃないの、時間を掛けすぎ。だから
「……礼儀とか、料理なら、ここで覚えればいいから……せっかく、来てくれたから」
「あなたが良くても、私は許さないって言ってるの。
「……」
「
「……どうも……ありがとうございます」
主人である
言いなりになっているのは、いつものことだ。
けれど、これまでの対応とは質が違う。
高位の妃として配下を守るべき立場にありながら、気圧されてしまった。
立場が変わっても弱気な性格は何も変わっていない。後宮の毒に侵されずに私らしくあるべきだと考えて、それで
「掛け合ってみましょう、尚食に」
仕えたばかりの
『
「料理が上手くなって……戻ってきてくれると……いいな」
きっと、最後には見捨てられて誰もいなくなる。そうすれば、もしかして、後宮から出られるのかもしれないと考えている。こんな自分が、本当に嫌いだ。
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