3-12.事後

 九訳殿での出来事から、翌月のこと。


 任暁レンシャオは門下省の自室で筆を取っていた。


 呪詛じゅその像にまつわる一連の出来事を記すためだ。集めた情報の全てが証明されているわけではないが、真相に近いところまで行き着いているはずだと、少なくとも任暁レンシャオはこう考えている。


 ――呪詛じゅその像と九嬪きゅうひんの死について。


 一、帝が金丹を求め、神託しんたくの像を求めている。十二の像のうち半数は宮廷にあり、残りは不明。未だ地方貴族が躍起やっきになって探している。それを賢妃・袁杏エンシン妃の一族が北方から強奪した品の中に、偶然、幻とされている十三体目の『呪詛じゅその像』が存在していた。


 二、都へ輸送中に商人が不審な死を遂げた。後日、しゅく妃・姜帆チャンファン妃の一族が商人を意図的に殺害していたと判明。金で殺しを雇われた者が口封じに消されようとしていたことから白状した。像の形状からして神託の像だと考えたらしく、倉庫に保管していたところ、倉庫番の男まで死んだ。これは十三番目の呪いの像ではないかと考えて、武器密輸をおとりにして宮廷に運び入れた。


 三、姜帆チャンファン妃は政敵である、貴妃・王麗ワンレイ妃を牽制するために、貴妃の派閥だった梓琪ヅーチー妃で呪いの効果を試そうとした。配下の宦官を使って希縁堂に運び入れ、具合の悪くなった梓琪ヅーチー妃が香梅堂に移されたので、そのまま呪詛の像も移した。結果、梓琪ヅーチー妃は神経毒により自害した。


 四、続いて九人会の評価で帝の寵愛ちょうあいを受けた妃、つまりは静月ジンユェを亡き者にしようとする。いずれ九嬪きゅうひんに昇格する静月ジンユェを香梅堂に栄転させるように帝に働きかけ、皇后を通じて引っ越しさせた。その後、清掃していた宮女の機転により九訳殿に呪詛の像が渡された。


 六、九訳殿に配給される油に、毒を仕込まれていた。神経毒を身をもって証明した英明インミンの証言から内侍と尚食を密偵させたところ、一人の宦官と、一人の宮女が下手人であると浮上した。最初は犯行を認めなかったが、例の油の煙を吸うのを拒んだため、毒の性質を知っていたのは明らかだ。そうして彼らの身柄を――


「失礼します、レン同平章事しょうじ


 文官が部屋に入ってくる。任暁レンシャオは筆を止める。すずりの上に置いて、指を唇に添えた。


「証言した男が、死んだようです」

「……そうか」


 文官が報告したのは、チャン氏が金で雇った町民のこと。


 エン氏の品を運ぶ商人を殺した人物で、彼の告白が調査の裏付けにもなった。口封じで狙われていたため警戒するように忠告はしていたが、結末は同じになった。金で人を殺した男が、口封じに殺される。任暁レンシャオとしても、それほどの同情は感じない。だからこれ以上、言及するつもりはない。


「ちなみに例の詔命しょうめいへの印は、どうなりましたか? そろそろ渡して欲しいとせっつかれていますが」


 文官の言葉に、任暁レンシャオは考える。


 本当に悪いのは、はたして誰なのか。


 直接的に手を下したのは拘束している男女の二人に違いない。彼らの自白により、古の民の末裔まつえいであることが判明している。彼らは奪われた像を追って後宮に潜伏し、何喰わぬ顔で働いていたとのこと。それで呪いの誓いに従って梓琪ヅーチー妃を殺し、静月ジンユェは被害を免れたものの、英明インミン静衛ジンウェイも軽傷ながらに神経毒を吸うことになった。


 しかし、呪詛じゅその像を後宮に運び入れたのは淑妃のチャン氏である。己の利益のために呪いを悪用して、梓琪ヅーチー妃を間接的に殺害した。


 とはいえ、そのしゅく妃を妨害していたのは、殺された梓琪ヅーチー妃本人だった。彼女が所属していたのは貴妃のワン氏の派閥であり、つまりは、貴妃が事件の発端になるのか。

 

 いや、そもそも像を奪わなければ何も起きなかった。他人から強奪したのは賢妃の袁一族であり、それを欲して探すように命じたのは帝になる。帝の詔命しょうめいを取りまとめているのは中書省で、これは金丹を研究している殿中省の依頼でもある。その法を通そうとしているのは門下省になる。神託の像だけでなく、各地の金銀を献上せよとの法律の起案書は、今――


 任暁レンシャオの机の上にある。


 周りまわって、因果は自分の手元にある。これは呪いではなく人災だと改めて実感した。


 この『金銀を集めよ』との法律の施行を拒否することはできるが、金丹の研究は代々の皇帝からの悲願だから自分の都合だけで却下すれば理由を問いただされる。何より、却下するつもりがない。なぜなら任暁レンシャオは金丹の効果そのものを疑っている。あれで不老不死になるとは思えない。もし本当ならば、代々の皇帝はずっと生きていなければならない。金丹は不老不死の霊薬などではなくて、むしろ、


 毒。


 不老不死を求めて皇帝が勝手に死ねば、後宮の妃は代替わりすることになる。誰も罪に問われずに静月ジンユェを解放する、最も安全で、最も確実な手段。


「これを渡せ」


 任暁レンシャオは承諾の印を押して起案書を突き出した。文官が礼をして、部屋を出て行こうとする。


「そうだ、もう一つ頼まれてくれるか」

「はい、何でしょうか」

「例の男女を解放してやれ、不穏な動きはあったが、証拠がない。ただし、後宮には戻さずに都からは追放する」

「そうですか、承知しました」

「それと……これを餞別せんべつに渡してやるといい」


 机の上の、一時的に書類の重りに使っていた銀色の像を指差す。


「地元の品らしい。彼らが持っているのがいいだろう」



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 英明インミンは九訳殿の書斎の戸を開けて、朝の光を部屋に入れた。そうして目頭を押さえた。古の民について調べていたら、また、夜更かしをしてしまった。彼らに興味が湧いて、そういうのが今回のような無謀な結果を招いたのかもしれない。悪い癖だと思うが、これは血筋なのだから仕方がない。好奇心を止めようがないし、止める気もない。


「もう、いいのか」


 書斎を訪れたのは静衛ジンウェイだった。彼の顔は花で隠れているけど、声で分かる。見舞いのつもりなのだろう、白い花でいっぱいになっている。


「門に飾るように言われてな、ちょっと持ってきた」

「……ありがとう。でも、それが何の花か知っている?」


 静衛ジンウェイは花の群れから顔を出して、いぶかしそうに見つめる。そうして首を傾げた。


「いいわ、花に罪はないもの。ねえ、シャオ、壺に入れて飾ってちょうだい」


 小鈴シャオリンが花を持って、壺へと生けていく。


 美しく咲いた、梅の花。


 書斎が甘い香りに包まれる。


 きっと香梅堂にも、満面の梅の花が咲いていることだろう。

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