3-9.神連れ4
改めてのことになるが、
「まさか毒に精通しているとは思わなかった」
心なしか、
「あのね、精通してないの、多少は知っているだけなの。しかも異語で書かれているのだから
「しかし君には先人の知恵が、字引きがあるのだろう?」
「古の民は表立って活動していないから通訳の用事はない。だから字引きは存在しない。こうして自前で作るしかなかった」
「力技の地道な作業だ、知らない言葉を解読するのは大変だな。しかも趣味で」
「さっきは先入観を抱いてはいけないと言ったけれど、ある程度の方向性を定めてから翻訳を始めるから全くの当てずっぽうではないの。それでね、手順を話すと、
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
神連レ、王魔、赤一重、麦ノ角、桂ノ枝、邪立、猫願、薄願、捻転
羊ト猪ト牛ノ背二、女ノ血酒
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
このような文字が、像の背中に刻まれている。
「最初の『神連レ』が呪いの固有名詞とも考えたけど、それを含めての十三だから、『神連レ』も材料の一つ。そこで、西方の花の名前を想い出した。別の地域ではカモミールと呼ばれているらしくて、香草として使われていて精油にすれば神経に作用する薬にもなる」
聞き慣れない発音のせいか、
「西方の知識がいるとなると、さすがに厳しいな。私は西南の出身だが、カモール? などと、そういう妙な発音を聞いたこともない」
「あなたの出身の西南より、もっと西だから。貿易と関わっていないと無縁でしょうね」
「他の単語も草花を表している?」
「だいたいが、そうなるかな」
「次に分かりやすかったのが、『邪立』ね。
「……
「さすが目の付け所がいいのね。カモミールとジャコウも似たような効能だから、あなたが言ったように過剰だと毒にもなる。神経に作用する材料が記されているのだから『赤一重』は赤一輪、つまり赤
「幻覚作用か。それで――」
「
「自我を保てなくなれば妙なことを口走ったりもするし、
呪いの性質がおおよそ判明して、
「なんとも
「そっちは油だけを使うの。草花から成分を抽出するのには煮るのが早いのだけど、香りを重視したい場合は、特に香草は油に吸着させることで成分を移すのよ」
「……えらく詳しいな、聞いたこともない」
「砂漠地帯の技術らしくて、古の民も砂漠に住んでいたから発祥は同じかもね」
「彼らの
「あら、どうしてそうなるの?」
「なんだ、私を試すのか」
いつの間にか
「試しているわけじゃないけど、本当に理解しているのか聞いてみようと思って」
「そういうのを試すと言う。簡単なことだ、君がそこまでの知識を披露してやっと解読した毒の製法を他人が易々と読めるはずがない。この毒を用いた人物は最初から製法を知っていたか、古代の文字を理解していることになる。つまりは彼らの
「いい線、行ってる。あと一押しね」
嬉しそうに、ぱん、と手を合わせる
「やれやれ、今の私は生徒らしい。この件に関しては君が先生なのは認めよう。それで、何がまだ足りない?」
「この神経毒を本当に彼らが使ったのかってこと」
「それは
「そうなんだけど、彼らからすれば別に後宮内の権力闘争なんて知ったことじゃないもの。かといって金で動くとも思えないでしょ? 動機は何だと思う?」
「他人への献上品にされたり、権力闘争に悪用されたりすれば腹が立つだろう」
「そんなところね。これは決まりなのよ。時代と共に曲解されたの。ほら、あなたが持ってきた紙の最後には何て書いてある?」
「うん?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
資格あらざる者、ケシて祭器を手二しては成らず
禁を破りしモノにハ、戒めが襲うことと成る
――古の民、呪詛の像の誓い
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
最後の一文を読んで、
「言われてみれば、誓い、とは妙な表現だ。いったい何を誓った?」
「本来の意味は『金ではなく水源を神とするべき』っていう誓いだった。それで裏切り者の王を殺すための毒だったのに、時が経つにつれて『資格あらざる者』を余所者と誤認するようになった。呪いの伝承は本物だと証明し続けるのが誓いだと勘違いして、像を持つ余所者を排除し続けているってこと」
「だから見境がないわけか。しかし、それこそ推測だろう。実際に犯人を捕まえたわけでもないのに、彼らに聞いてみなければ真相は分からない」
「だから、最後の一押しをやらないかってこと」
「まさか……ここにおびき寄せるつもりか」
「だって、ここまでの解読が正しいのか気になるでしょ? この像を置いておくだけであっちから証明しに来てくれるんだもの、楽な答え合わせね」
「楽って……武芸にも自信があるのか?」
「いいえ、さっぱり。あるように見える?」
空になった
「頼りにしてるわ、
「やれやれ、生徒のままにしといてくれ」
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