3-7.神連れ2

「まずは古の民の起源だけど……どれだったかしらね」


 英明インミンが積んだ書物を上から物色していたら、任暁レンシャオが真ん中より下あたりから引き抜いた。


「これだろう、読んだことがある。ここより西北の砂漠の民だったらしいが」

「さすがに下調べはしているのね……ここに書かれているように西北は砂漠ばかりだから水に恵まれていなくて、山のふもとの地下水源を守り神として祭ったのが起源とされているの。掘った穴を黒、水源を白とし、そこには必然的に人が集まって富になって金になった。そのうちに『穴を掘れば金になる』との思想だけが残された」

「山の恩恵を富に……そうなると、あの神託の像に関する冒頭の文は、王が財を成した由来を示していたのか」


 任暁レンシャオが懐から、黄ばんだ紙を取り出す。



 ◇ ◇ ◇ ◇

 深淵ヲ開く、神の像は七と五に託サレル

 カノ汪は不死の山に居ゾらえて 形の在る竪とナリ

 守護の時をトドメテ 個々にアリ

 席次の十三ハ、神託を受けザルもの也

 資格あらざる者、ケシて祭器を手二しては成らず

 禁を破りしモノにハ、戒めが襲うことと成る

 ◇ ◇ ◇ ◇



「これは秘書省から預かった呪詛じゅその像についての伝承だが、かつて王がいた、くらいにしか考えていなかった。『カノ汪は不死の山に居ゾらえて 形の在る竪とナリ』の部分は王は山のふもとの水源を制して財を成した、と読めることになる。それで十二の守護像を作ったと」

「……そんなものをわざわざ持ってきているのだから、最初から、こっちの件を聞くつもりだったのね」

「いいや、両方、聞くつもりだった。言葉に通じているのなら古文書も知っているかと」


 両手を広げて、ちっとも悪びれない。


「私の専門はあくまで通訳なのに、大胆に開き直られると納得するしかないのが不思議ね――その解釈で合っていて、あなたがさっき神託の像は金で造られていると言っていたように、富を独占した王が集めた金を守護神にして、十二体の像を崇めたとされている」

「では、十三体目は存在しないのか?」

「まあ、そう焦らないで。古の民が残した伝承には、光と闇、がよく表現されるのだけど、これは光と闇は表裏一体で、清濁せいだくあわせ持つ、というのが基本思想なのよ」

「陰陽五行と同じようなものか」


 こっちは任暁レンシャオの専門で、彼は陰陽五行の教えと天文学をもとに戦術や政治を判断することがある。


「敢えて言うなら古の民の思想は、陰陽二行、ってとこかしら。光と闇の二つだけね。闇は水を得るために掘った穴のこと、光は掘った穴から得た金のこと。本当に崇めるべきは地下の水源であって地上の金ではない、というのが彼らの主張。それなのに富を得た王は地上の金を守護神にしてしまった。それで裏切り者とみなされることになった」

「待て待て、普通は光を神とするだろう。光を守護にした王が悪者になったとは妙な話だ。そもそも古の民は、王が作ったとされる神託の像こそ信仰しているのだろう?」

「光を正とするのは当然のようだけど、それは私たちの感性だから。実は書いてないの、そんなこと。あなたのさっきの冒頭文にも書かれてないの」



 ◇ ◇ ◇ ◇

 席次の十三ハ、神託を受けザルもの也

 ◇ ◇ ◇ ◇



「……これを読むと、十三番目が異端だとしか思えないのだが。神託を受けザル、と書いてある」

「ええ、十三番目は異端なのでしょうね、きっと」

「どういうことだ? よく分からなくなってきた」

「神託を信仰しているとは書いていないってこと。光を信仰しているのは王であって、古の民は闇を信仰しているの。別の伝承なんだけど……ほら、こっちには明確に記されているから」



 ◇ ◇ ◇ ◇

 カノ汪は闇を長メテ光と成リ

 古ノ民は闇を眺メテ祭と成ス

 ◇ ◇ ◇ ◇



「古の民は闇を祭っている、と記されている。闇と言っても彼らにとっては地下水源のことだから、そんなに悪い印象でもないのね」

「なるほど……よくわかった、どうも先入観に囚われていた」


 任暁レンシャオは、将軍である時の自分に当てはめて反省した。戦術においては過去の価値観はおおよそ、正しい。経験から有利とされている地形や条件には、それなりの実績があってのことだから、先人の知恵に習うのが前提となる。それでも状況によっては例外もあり得る。逆の発想をすることが正しい場面もあるのだから、あまり前例を踏襲しすぎるのも良くないのだと、普段は自分が部下に注意していることだった。それを英明インミンから『光を神とする前提』について指摘されて、しかも陰陽五行の教えにも反していたから、


「どうやら私は、多宗教には向いていないらしい」


 ぷいっと横を向いて、むくれている。


「そんなに不貞腐れることないじゃない。文献の材料が足りなかっただけ。秘書省から渡された冒頭文だけでは勘違いするのも当然だから」


 こう英明インミンが言ったら、任暁レンシャオは前に向き直った。

 

 これまでの話をまとめると、砂漠地帯の古の民は地下水源を神とし、水源に繋がる穴を闇、地上の恩恵を光と定義した。あくまで彼らの信仰の対象は地下にあったが、富を得た王は集めた金を正として、十二体の神託の守護像を作った。そのことに怒った古の民は――



 ◇ ◇ ◇ ◇

 資格あらざる者、ケシて祭器を手二しては成らず

 禁を破りしモノにハ、戒めが襲うことと成る

 ◇ ◇ ◇ ◇



 神託から外れる十三番目の像を、つまりは王に矢を射る呪いの像を造ったのではないか。


「そうなると、やはり十三番目の像が『呪詛じゅその像』になるが、その呪いは部外者に向けたものではなく、裏切り者の王に向けたのが発端か」

「そんなところね。実は、ここまでは何となく知っていたの。過去に読んだことがあったから。私が新たに解読したのはこの像が何なのかってこと。最初は、まさかこれが呪詛じゅその像だなんて考えもしなかった。解読してみて、今は確信しているけれど」


 英明インミンが像を手に取って、任暁レンシャオに渡す。任暁レンシャオはくるくると回した。


「お茶と、お菓子をお持ちしました」


 侍女の小鈴シャオリンが盆と一緒に入ってくる。二人の前には茶と、かゆと、切った林檎りんごが並んだ。任暁レンシャオは遠慮なく林檎りんごの切れ端を一つ、頬張った。


 しゃむしゃむとむ音がする。


「それで、どうして呪詛じゅその像だと確信した?」

「像に刻まれている言葉の一つに『神連レ』と掘られていて、これは古の民の言葉で『本当の神を呼び寄せる』を意味している。つまり裏切り者を罰することを示しているのね」

「神連れか……そんな呪いが本当にある?」

「まさか。あなたは信じるの?」

「呪いのたぐいを信じてはいないが、証拠もなしに否定はしない。それに、きな臭い事件があったばかりだ、偶然とは思えない。何らかの繋がりがあるように思う」

「それって九嬪きゅうひんが死んだ事件のこと? そうね、因果はあると私も思うけど、どちらかと言えば人災かしらね」


 英明インミンは先にかゆを飲む。食べやすいように温めに作ってくれていて、まだ朝食をとっていなかったから、すっとのどを通って胃に馴染んだ。

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