3-6.神連れ1

 カノ汪は闇を長メテ光と成リ

 古ノ民は闇を眺メテ祭と成ス


 闇ハ光ナシに在ザル、光ハ闇ナシに在ザル

 神ヲ連レルは十三ノ死


 神連レ、王魔、赤一重、麦ノ角、桂ノ枝、邪立、猫願、薄願、捻転

 羊ト猪ト牛ノ背二、女ノ血酒


 聖湯と成シ、厄サイを齎ス禁と成ル



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 

 英明インミンは夜を通して解読に勤め、朝日と一緒に少し眠ったあたりで人の気配を感じた。突っ伏していた机から顔を上げて振り返れば、いつの間にか男が書斎に座っている。


 書物を読んでいるのは任暁レンシャオだ。


 英明インミンは眠りが浅いほうだから、誰かが入ってくれば気が付く。それを彼の入室を許したまま寝続けていたのは、よほど疲れていたのか、それとも、任暁レンシャオの気配があまりに静かすぎるせいか。


 英明インミンは戸から望める空を見上げた。


 暗い眠りから覚めたところに、陽の光が目に染みる。目頭を押さえて、うつむく。それから髪をかき上げた。


「それで、どういう用事? まさか密教について学びたいわけじゃないんでしょ?」


 任暁レンシャオが読んでいるのは、西から伝わった秘密仏教についての書物だった。

 

「密教とは違うが秘密の教えを知りたい事情が、あるにはある」


 そう言って任暁レンシャオ英明インミンの隣の、机の上の銀の像を見ている。これは昨日に九訳殿に届けられたばかりで、像に刻まれている異語の解読のために英明インミンは徹夜していた。別に誰かに解読を頼まれたわけではないが、職業柄、興味をかれたせいだ。それで判明したのは、この像が死を運ぶ呪物とされていること。


 ――神ヲ連レルは十三ノ死。


 たまたま昨日に届けられたばかりで、次の日になって任暁レンシャオがここを訪れた。しかもこの像に関心を抱いているという。さすがに怪奇にうと英明インミンといえども、奇妙な因果を感じずにはいられない。


「見慣れない形状だが、それと似ているのに見覚えがある。前からここにあったのか?」

「あら、知りたいの?」

「なんだ、意地悪だな」

「どうしてここに来たのかって、まだ答えてもらっていないから」

「後宮で九嬪きゅうひんに不幸があったと聞いてな、静月ジンユェのことが気になったから君から情報を得ようとしたら……そこに妙な像が置いてあった。別件で献上品の像を探していて、もしかすると、その探し物かもしれない」

「ふうん、そういう事情があるのね。もし、これは町で気に入ったから買ったと言ったら?」

「まさか」


 任暁レンシャオが笑って言う。


「そんな不気味なのを買う趣味があるとは思えないが……いや、君なら有り得る」

「まあ、酷い」


 こう返しつつ、英明インミンの趣味が悪いのは事実だ。東西貿易の通訳の仕事を通じの贈り物を、それがつぼや宝石ならまだしも、変な仮面や彫り物なんかを書斎の棚に置いてあるから、訪れた宮女が怖がったりする。


「君がわざわざ徹夜しているのだから、ただの置物ではないだろう」


 この任暁レンシャオの発言は当てずっぽうではなくて、口調からして自信にあふれているから、もしかすると一度は近寄って像を手に取ったのかもしれない。妙な文字が書いてあるのに気付き、英明インミンの徹夜の理由を推理したと。


「忍び寄るのが、上手ですこと」

「仕事柄だな、君と一緒だ。それで、何か分かったのか?」

「話せば長くなるんだけど……ちなみに、これを誰が探しているのか先に聞いてもいいかしら?」

「それを知れば、厄介な事情に巻き込むかもしれない」


 なんて言うから、英明インミンは苦笑する。


「そんなことを言って、ここに来ている時点で、どうせ巻き込む気なんでしょ」

「察しが早くて助かる」


 任暁レンシャオが、また笑う。


「ちなみに、誰が探しているの?」

「直接的には殿中丞でんちゅうじょうだが、欲しているのは、帝だ」

「あら……本当に話が長くなりそう。ねえ、小鈴シャオリン


 英明インミンは立ち上がってすそほこりを払った。彼女の呼びかけに戸が開いて、侍女の小鈴シャオリンが顔を出す。


「彼がいる間は、書斎に他の人を通さないようにしてくれる?」

「はい、既にそのようにしています。勉学に訪れた宮女は、今日は講師が徹夜なので別の部屋で自習するようにと」

「あら、気が利くのね。じゃあシャオ、ちょっと待っててくれない? 色を直してくるから」

「はい、承知しました」

「……あなたじゃなくて、大きい方のシャオのこと」

「あ……すみません、これは失礼しました」


 英明インミン任暁レンシャオが、くすっと笑う。英明インミン化粧けしょうを薄く整えるために、いったんは書斎から引き上げた。


 再び書斎に戻ってから、任暁レンシャオから詳しい事情を聞いた。


 ――古の民が祭っている、十二体の神託の像のこと。

 ――神託の像には、幻とされている十三体目の『呪詛じゅその像』が存在していると噂されていること。

 ――それを、帝が不老不死のために欲しがっていること。


 目の前にある銀の像が、幻の十三体目である『呪詛じゅその像』なのは昨晩の調査で英明インミンも既に知っていた。帝が不老不死のために金と銀を集めていることも風の噂に聞いていたが、それで神託の像を探していることまでは把握していなかった。


 不老不死を求める練丹れんたん術の過程では、純度の高い金と銀が必要になる。


 目の前にある『呪詛じゅその像』は銀製だが、任暁レンシャオの話によれば、他の十二体の神託の像には金が使われているらしい。異教とはいえ神の名を冠する像だから、多大な効果があるのに違いないと、尚薬(※薬を扱う部署)や、礼部(※式典などを執り行う部署)は本気で信じている。そうして、地方貴族たちが帝からの覚えを得るために躍起やっきになって探している。


「まだ十二体の全てを探し当てたわけではないが、全部が揃ったら金丹にするために溶かすつもりだと聞いている」

「……呆れた。物の価値を知らないと、そういう行動になるのね。金が腐らないからといって食べた人間に同じ効果をもたらすとは、とても思えない。その理屈だと、その辺に生えている木を食べれば今よりも長生きできることになるもの」

「木はいずれ腐るからな、びない金に希望を見出すのは分からないでもない。根拠がない限りは彼らの研究を否定もできない」

「だとしても愚かには違いないの。だって、これはもっと別の目的に使うのだから。神託の像について、どのくらい知っているの?」

「ほんの少し、せいぜい伝承くらい。君の方が詳しいだろうから、教えてくれると助かる」

「それじゃあ、前みたいに一つずつ説明しましょうか」


 英明インミンは向かい合って座っている任暁レンシャオの前に例の像と、解読のために本棚から集めた書物の束を置いた。


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