3-3.香梅堂1
皇帝の妃とは、つくづく、気苦労に
皇后の住まいは『
もしかして、修復する金が足りないのか。
後宮には政治の情勢がそのまま反映されると聞いている。あまり財政が
「皇后
「どうぞ、座って」
皇后・
皇后とは皇帝の正妻でありながらも、後宮に住む妃たちの世話役のようなもの。
「このところ、何度かお呼ばれになっているようね、感心なことです」
「陛下からの評判も上々のようです。引き続き、陛下の心労を癒してあげることに
「はい。身に余ることですが、全力を尽くします」
「そういう
皇后は少し疲れている様子だった。彼女は齢三十の半ばほどで、五十に近い皇帝と違ってまだ若い。それなのに目じりに
「ただ、こう言っておきながらも……あなたに申し訳ないことがあるのでこうして呼びました。実は、あなたの引っ越しが決まったのです。今、手狭な部屋が割り当てられているとのことで、陛下の覚えのある者がそれでは忍びないだろうと、特別に堂入りが認められました」
ここでいう堂入りとは、部屋付きよりも広い、名前付きの堂が与えられることを意味していた。つまり皇帝の
さっき、全力で尽くすと言ったが、正直なところ皇帝の顔をよく覚えていない。
皇帝の
十七の自分と、五十に近しくなった男。
精神的にも、肉体的にも大きな隔たりがあるのは否めない。もはや恋愛を期待するのは止めたが、いくら好意的に捉えようとしても、ただの作業のようにしか思えない。
「
こんなことを言うあたりに、ますます、老いが感じられて、皇帝の印象がどうにもぼやけてしまう。事が終わった後には記憶にも残らっておらず、申し訳ないことに、部屋に帰ってから浮かぶのは
なのに、私は、
他の妃には本心で皇帝を愛している者もいる。心底、皇帝の
「ありがとうございます」
とはいえ配慮してくれた相手に感謝を告げるのは当然のこと。
「……それ自体は良いことなのだけど」
ここで皇后は侍女頭と目を合わせてから、
「あの件を、知っている?」
あの件と言われて、なんとなく思い当たる節はあった。
ここ最近に亡くなった
「もしかして、とある妃に不幸があったことでしょうか?」
「ええ、そのことよ。話をしたことはないでしょうけど、
「……そう……ですか……でも、自分は」
何とも思わない、と言えば嘘になるが自分に選択肢などない。また、良かれと思っての処遇による引っ越しであれば拒否する理由はない。
「そういうのを気にしていませんので」
このように答えるしかない。だが、さすがに相対している女性は皇后たる聡明さを持ち合わせているのか、
「空いている場所だからと言って、名誉なことではあるのよ」
皇后が、すぐに取り
「本来は
「はい、私で出来ることでしたら喜んでお受けいたします」
これで要件は終わった。
皇后は
「……何か困ったことがあれば、言ってちょうだい」
歯切れの悪い言葉を背中に投げた。
この皇后の言葉の意味は、すぐには分からなかった。理由が判明したのは例の『香梅堂』に移動してからのことになる。
「こちら、清掃は済ませてありますので。何か物入りが必要でしたら内侍省までお越しください」
「内侍省って……遠い、です。それに堂には、担当の公々、いる、普通は」
侍女の
「しばらく経てば誰か配属されるでしょう。それまでご不便をおかけしますがご了ください。では、私はこれで」
宦官も、宮女も、早々に去っていった。
冷たい風が庭に吹く。
『あれぇ、もしかして、避けられてますかぁ?』
結局、堂入りを果たしたのに相変わらずの三人だけ。これは
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます