3.呪詛の像

3-1.呪詛の像1

 ――任暁レンシャオ同平どうへい章事しょうじ


 帝の金丹きんたんへの執着は、日に日に増すばかりです。黃金入火、百煉不消の如く、金丹きんたんには肉体の腐敗を防ぐ効力があるのは間違いありませんが、未だ製法は不完全ですから、純度の高い金と銀の入手が急がれます。


 それに伴って、門閥もんばつ貴族や節度使せつどしらに生金を献上するようにとの詔命しょうめいが起案されるそうです。つきましては、こちらの承認をお願いします。


 ※追伸

 くだんの像には幻の十三体目が存在するとされています。よこしまな噂もささやかれていますが、貴重な材料に成り得る物は、とにかく集めろとのお達しです。鎮西将として地方情勢に詳しいあなたですから、もしも、そちらについての情報があれば一報をお願いします。


 ――ファン殿中丞でんちゅうじょう



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 あれから、一月が過ぎた。


 本格的な寒さを迎えて、時折、雪がちらつくようになっても任暁レンシャオの多忙は変わらない。次から次へと文官としての仕事が飛来し、さらには地方将軍として軍の編成までやらねばならない。


 ――砦への物資搬入が雪で閉ざされている。

 ――寒さで兵士が体を壊して、行軍がままならない。


 宦官かんがんによる政治の私物化が顕著けんちょになってからというもの、権力闘争ばかりに明け暮れて、実務や実戦経験のない上官による無謀な計画が目立つようになった。敢えて助けてやらずに大きな失敗でもさせれば、無謀な計画を立てた張本人は失脚することになるが、同時に、配下の兵たちまで犠牲になってしまう。


 どうせ失脚させたところで別の宦官かんがんが取って代わるだけのこと。


 結局、自分が出世しなければ根本的な構造を変えようがない。そのためには権力闘争に参戦することになり、これは不変的な構造の問題で、大いなる葛藤かっとうだと思う。


 本当は、もっと優先したい心配事があるが、今は仕方ない。実際に、あれから静月ジンユェは上手くやっているようだ。


 英明インミンから聞いたところによると、初めての夜伽よとぎのあと、さらに二度くらいは帝からのお手付きがあったらしい。やはり静月ジンユェにも多少の心境の変化があったのだろう。あの夜の出来事を心に留めておきながらも今は目の前のことを片付ける。そういう二人の共通意志を感じている。たとえ離れていても、心は近くにある。


「意外と、近くで見つかったぞ」


 静衛ジンウェイが門下省の職務室に入ってきた。静衛ジンウェイには殿中丞でんちゅうじょうから依頼された『神託の像』の行方について調査してもらっていた。都の防衛を任されているから宮廷に運び込まれる荷を検査できる。それで、もう例の像を見つけたようだ。


「その十三体目ってやつは、献上品として北方から運ばれていたようだ」

「……北方から? そうか、意外だな」


 任暁レンシャオが筆を書く手を止める。あごに手を添えて前のめりになった。静衛ジンウェイが報告を続ける。


「おそらくは北から始まって幾人かの手を渡ってきたようだが、詳しい経緯いきさつまでは分かっていない。とりあえず最後に都に運び入れたのが、あのチャン氏だと判明している」


 静衛ジンウェイが言及しているチャン氏とは、東方の有力な門閥もんばつ貴族のこと。あの四夫人しふじんしゅく妃・姜帆チャンファン妃の後ろ盾である。先日にチャン氏は不許可の武器の輸送で真意を問われていた。結果、印字が押してあるだけでは証拠には成り得ず、名前を使われただけかもしれないと有耶無耶うやむやになった。


 しかし、任暁レンシャオチャン氏の自作自演だったのではないかと考えている。その意図までは判然としていなかったが。


「要するに武器の輸送はおとりだ。本命は『神託の像』だったらしい」


 この静衛ジンウェイの報告で、おおよその線が繋がる。武器の発注に目を向けさせて、その裏で『神託の像』を密かに運び入れたかったと。


「ここに書いてある通り、ただの家具や装飾品に混ざって運び込まれていた」


 静衛ジンウェイが荷を書き記した紙の束を、任暁レンシャオの机に置く。


「もしも部下が記録を残す真面目な奴でなかったら見落としていただろう。俺には、なぜそんな手間をかけてまで運んだのか分からん。禁止されている薬や毒物ならともかく、正式に献上しろと言われている神託の像を、どうしてわざわざ隠す必要がある?」

「お前が言ったろう、もとは北方から運ばれたと。前々から帝は神託の像に執着していてな、古来の民とかいう滅びた民族の信仰の証だったが、十二個の像は各地に散らばっていて、貴族どもは躍起やっきになって探していた。特に幻とされている十三体目は現存しているかも不明だ、見つけるだけでも相応の価値がある。それで荒っぽい北方民族が手当たり次第に各地方から強奪した品の中に、偶然、見つけたのではないか」

「なるほど、エン一族が持ってきたのを最後にチャン氏が拾ったわけか」

エン一族とチャン氏は仲が悪い。手柄を横取りしたことを知られてはまずいから隠したのではないか」


 北方民族と、東方のチャン氏の門閥きぞく貴族。これは権力闘争が背景にあって、そのまま四夫人しふじんの地位争いにも反映されている。


 北は、賢妃・袁杏エンシン妃の一族。


 東は、しゅく妃・姜帆チャンファン妃の一族。


 任暁レンシャオの想像は、賢妃のエン一族が強奪した品を、しゅく妃のチャン氏が奪ったのではないかと。その経緯が発覚してはまずいので、密かに運び入れた可能性がある。


「力で奪ったというよりも買収かな。武力はエン一族、財力はチャン氏にある。ちなみにどうして、最初は北方からの品だと分かった? しかも拾ったと言ったか。それはどういう意味だ?」


 今度は、任暁レンシャオ静衛ジンウェイに尋ねた。


 その答えは――


「商人が死んでいたからな」

「……なんだって?」

「正門を抜ける前の、荷の搬入記録からだ。都に運び入れる手前の時点で、仲介した北方の商人が不審な死を遂げていた。都の近隣の町では、ちょっとした話題になっていてな、人づてに話を聞いて分かったのもある。つまりお前の推測を合わせると――都の手前まではエン一族が運んで、その先の宮廷の門の中に運び入れたのがチャン氏ということになる。それで、エン一族が雇った商人が死んでいたことになる」

「……そうなると、噂は本当だったか」


 ――くだんの像には幻の十三体目が存在するとされています。よこしまな噂もささやかれていますが。


 任暁レンシャオは、殿中丞でんちゅうじょうからの指示書を見た。


「十三体目の像は、何と呼ばれているか知っているか?」


 任暁レンシャオが聞く。


「町の連中が何か言っていたな。確か……呪詛じゅそが、どうとか」

「そうだ。名前の通りに『十三番目の呪詛じゅその像』を持つ者には災いが訪れるとされている」

「まさか……お前、信じているのか?」

「いいや、俺は信じていないが、そう信じている連中は多い。実際に不審死が相次いでいるらしい」

「……どうも矛盾だな。されているとか、らしいとか言って、そもそも十三体目は幻なんだろ? 幻のくせして不審死が多いとか、事実確認がごっちゃだ」

「しかし、実際にその商人は死んだのだろう?」

「……あ~、まあ、そうだな」


 静衛ジンウェイはしばらく考えた後に、納得したようだった。


「ちょっと、そっちの件も追ってくれるか。どういう死因だったのかを明確にしたい」

「分かった、引き受けよう。宮廷にそんな訳の分からない物が運び込まれたとなれば放ってはおけないし――」


 ここで静衛ジンウェイは、ちょっと笑って、


「義弟の頼みとあれば、仕方がないからな」


 こんな冗談を言う。


「……あのな、さすがに義弟と呼ぶのは止めろ」


 他人に聞かれては洒落にならない。もっとも、これは静衛ジンウェイなりの可愛い仕返しなのだろう。


 静衛ジンウェイが部屋を出てからも、任暁レンシャオ呪詛じゅその像についてしばらく考えた。本当に呪いが存在するとは思わないが、人智の及ばない領域を否定することもできない。それに、さっき自分で言ったように実際に像に関与した者が死んでいる。こういう風評を利用して悪用しようと考える者がいてもおかしくはない。


(後宮にまで、関与していなければいいが)


 宮廷に運び込まれた像の行方は分かっていない。何も起きなければいいのだが。

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