2-10.月に酔う3
彼は気まぐれの月に、
今宵のことは、もう二度と交わることのできない一時の行為に過ぎなかった。わずかな時間の幸福が、多大な不幸を招く火種に成り得ることも十分に分かっていた。
それでも、後悔はなかった。
二人の心に留めた記憶は、この先に待ち受ける困難に耐えるための覚悟へと変わる。そういう強い意志を彼女の身体から感じた。もっと早くに想いを伝えておけば、などと考えもするが、言わないままで終わるよりは良い。それに運命に身を任せたまま終わりを迎えるほど
とはいえ、後ろめたいこともある。
帝の忠誠を裏切ったとか、そういう殊勝な精神ではない。
(これでは、いつもと逆だな)
直線的な行動こそ
(
自分の罪を自分で責任を取るのはいいが、連帯責任として
正直に話すべきか。
知らなくて良いことを、わざわざ教えてやれば共犯者になる。しかし不貞の事実を知ろうが、知らまいが、公になればどのみち一族郎党、全員が死を
(明朝にでも、伝えるとしよう)
結局、友人に黙っていることは不義理だと考えて、
あれは、
遠くからでもすぐに分かる、見慣れた背格好だから。
「脱走しにきた」
都をしばらく抜けて、見晴らしのいい丘にまで歩いて、そこで腰を下ろして、二人の真ん中に徳利を置く。
まず、互いに酒を。
二、三ほどの杯を飲み終えたあたりで、
「今夜、
この発言に、さすがの
「言ったろ。俺の失敗は、お前の失敗。お前の失敗は……俺の失敗だと」
「お前の気持ちは分かる。後宮に取られて何も思わないわけがない。事を起こすきっかけは最初から同じだった。それに新しい理由が加わっただけのこと」
「……そうかもしれないが、本当にいいのか? 頭で考えていることと、実際に行動に起こしたのでは罪の桁が違う。このままではお前も、俺と同じ罪を背負うことになる」
「構わんと言ったろ、そもそも
「俺は将軍になった。お前も、いずれは将軍になる。互いに勝ちを積み重ねて、今では千や万の兵士に号令をする身分になった。だが、たった一人の女の自由すらも、ままならない」
「では雲になってみようか、自由に流れる、あの雲のように」
「無理だな、しがらみの全てを捨てきれはしない。俺は、
「じゃあ、俺たちが空を作るしかない。そうだろう、この色男」
そうして
「立てよ、相棒。妹を鳥にしたければ、お前が空になれよ。それで俺は雲になって、気ままに流れてやる」
「……なんだ、良いことを言っているようで、お前は随分と気楽な立場だな」
「苦労を背負うのはお前の役目だろ」
「杯を挙げて名月を迎え、影に対して三人と成る、か」
月の夜に、周囲に誰もいないが。
今宵の酒は、一人だけではなかった。
少なくとも、月の影は二つあった。
いつか、この影が三つ四つと増えてくれることを願う。
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