2-4.贈り物(2)
「これを渡しておいてくれ」
後宮は壁でぐるりと囲まれた、一つの町のようになっている。
久しぶりに後宮内を歩いてみれば、何やら慌ただしい。
うやうやしく腰を屈めて荷物を運ぶ集団と幾度も擦れ違う。宮女や
目的は
あれは妃の部屋に、贈呈品を届けている。
数名の若い妃が同時に補充された場合、もしくは、祭事の前にもこのような光景が見られる。多くの妃が集まる機会ともなれば、それだけ、綺麗に着飾りたくなるのは当然の心理だ。たとえ皇帝がいない催しであっても、みすぼらしい装いで参加すれば他の妃から
後宮の妃とは、言ってみれば個人商店のようなもの。
付き従う侍女や
――この人に尽力しても未来はない。
このように侍女や
だから、ああして、まだ金にゆとりがない若い妃には後ろ盾になっている地元からの支援が、服や飾りや金銭が届けられる。
また、それが上級妃からの贈り物だったりもする。
それは何の見返りも求めない無償の奉仕、などという聖女の心構えではない。上級妃から下級妃に分け与える精神は上位者の権力の誇示と満足に繋がるし、それだけならまだいいものの、どちらかといえば後宮における派閥争いの色が濃い。
――お前は、誰に
複数の上級妃から同時に贈り物が届けば、相当の悩みとなる。
こっちを選べば、あっちが怒る。
あっちを選べば、こっちが怒る。
どの装飾を身に付けようか一晩、考えた末に、結局は自前の服を選んだりもする。
(あまりに
美人妃は総勢で九人。
彼女らの部屋は一列に並んでいるわけではないが、だいたい同じ区画に固まっている。そういう中で、贈り物の群れが迷路探索でもしているかのように部屋に出入りして、その度に、美人妃付きの侍女が誇らしげな微笑みを浮かべて使者に礼を言っているのに。
荷物を運ぶ
つまり、誰からも贈り物がない。
「あ~ら、そっちも忙しそうね」
嫌味ったらしい声が先に接近していた。
それは一人の妃と、一人の侍女だった。その妃は髪を短めに切り揃えて、
(あれは確か……
「まだまだ嵐の前ってところかしらね。きっと、これから更に忙しくなると思うわ」
なんとなく、子供の言い争いが始まるようにも思えるし。
「でも、今回はせいぜい、朝から六組くらいだったの。少ないと思わない? 経済状況が
「……
「……
「まだ、一つだけです」
これが
「あら、良かったのね、せめてもの
「ご機嫌、麗しゅう、
「あ~ら、多少は発音が良くなったのね、鈍いなりに
「ふぇ……はいい~」
幼い方の侍女、
箱から取り出されたのは鮮やかな青い、それなりに高価な生地だった。あれで服を仕立てれば、
けれど。
「……どういうつもり? まさか、これで九人会に参加するつもりじゃないでしょうね?」
さっきまでの、どこか冗談めいた口調が息をひそめて、急に
「ふざけるんじゃないわ! こんな派手な色をあんたが着るなんて似合うわけないし、認められない。もっと地味な色になさい」
「……で、でも……他に良い生地なんて」
「は? 私に二度、言わせる気? まさか私に逆らうっての?」
「……いえ……分かりました……これは……着ません」
「これは私が預かっておいてあげる。九人会が終わったら返してあげるから、それでいいでしょ。ほら、
「承知しました」
「要件は……こんなところね。長居は無用な場所だから。さあ、礼はどうしたの。私の気遣いに、感謝を言いなさい」
「どうも……ありがとうございました」
こうして嵐は去ってゆく。
残された三人は、さすがに思うところがあったのか、
「本命があるから、平気なのよ」
さすがに気の毒だから、
「あ……
「後見人からの贈り物を持ってきたの。この色なら、彼女も文句のつけようがないでしょう」
ここまで抱えてきた大きい箱を手渡して、
「これは……私の」
娘の晴れ舞台のために、大事に保管されていたのだろう。
「お父さんとお母さんから、なのですって」
この言葉に
「派手な色ばかりだと、他の妃も一緒だから、むしろ目立たないの。こういう落ち着いた色の方が、あなたの魅力が際立つと思う」
「私らしい色が……いいですよね、やっぱり」
可憐な一輪の華が、道の
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