2-6.九人会2
九人会で披露される演目は、舞いと、演奏と、最後に一人ずつ詩を詠む。
琴の音色が秋の空に漂う。
舞をする組が一斉に前に出て、左右に扇のように広がった。
最初は
そのうちに、知っている
思わず額に手をやった。
皇帝と皇后の前で踊るのだから無理もない。こういうのは図太い神経が必要であり、あまりに繊細な精神では損をする。これでは演目が終わった後に、九訳殿を泣きながら訪れる彼女の愚痴を聞くことになりそうだ。
それから
耳を突く感覚が心地良い。
美人九人の演奏は統率が取れている。だからこそ、誰がどの音を奏でているのか判別が難しい。
彼女の弾く左手には力が乗っている。
誰の音よりも目立っている。
それで悪目立ちをしていれば問題なのだが、正確に音を弾いているから、むしろ他の娘は多少の誤魔化しが効いて気が楽だろう。
先日の
そういう
九人の裏方に徹しているらしく、力を入れて弾いてはいない。目立ちもしない代わりに、美人九人の足を引っ張ることもない。ただ、彼女にとっては幸か不幸か、一つ隣の娘の手がおぼつかない。
秋の終わりの風は手先が冷える。
寒空の嫌がらせを受けた隣の娘が少しの失敗をする度に、
(……これは加点されたかしらね)
後宮入りしてから苦戦しているのは言葉の壁であって、芸や学に優れた女性だとされている。
言葉を発しない舞や琴であれば才能が発揮されてしまう。つまり手を抜かなければ、
彼女の胸中は、本当は目立ちたくないはず。
だけど敢えて失敗して、美人九人の格を落とすほどの度胸はない。
慕っている兄たちや、故郷の両親に迷惑もかけられない。
(まあ、それでも七点か、良くて八点)
もしも、無難な着地を目指しているのであれば悪くない結果だ。ただし、このまま終わればの話。
その後の舞いで現実となった。
今度は、美人九人が踊りを担当する。
琴の音の聞き分けよりも踊りは視覚的だから判別しやすい。綺麗な娘ばかりが選ばれている中にあっても、
それはあの、
だけど、守ってあげたい、のような感覚は似ているが、
それが
これが西南での踊りの特徴なのか、それとも、本人の資質なのか。
当人は慎ましやかに振舞っているつもりだろうが、秋の暮れの紅葉と、冬入りの枯れた景色に溶けるように流れる手足の一挙一動は、すべてがゆっくりと、それでいてはっきりと目に留まる。
もはや、彼女の独壇場になった。
見守る
なのに、とても寂しく見えるのは、どうして?
空を羽ばたいていたはずの鳥が、後宮という
「なんと……美しい」
「まるで二
こういう周囲の評価を耳にして、
おそらくは、あの隠した親指の爪が手の平に刺さっているかもしれない。
ここにも、いるのか、私と同じ奴が。
そんなことを考えているように思えた。
「では、次は詩を順番に披露してください。題目は、秋の花です」
演目が終わると、最後の詩詠みになった。
参加者の一人ずつが順番に詩を詠んでいく。題目に対して、どのような詩にするのかは自由だ。もしも内容が被るようなら手を挙げれば題目は変えてくれるのだが、秋か、冬入りあたりが選ばれることは想定していただろう。
ここからは
十人ばかりの妃が詩を披露し終えた後に、
「では、秋の花で心情を詠いなさい」
「菊の高々たる
「……詩経ね。心は?」
「秋の白い菊のように高潔な妃になりたいと、願ってのことです」
こう読んだのは
十点。
古典を用いつつ、美人妃の称号にふさわしい内容になっている。また、菊の花が彼女の印象にも合っている。
続いて、詩を詠むのは、
「……
「……はい、よろしくお願いします」
「では、秋の花で心情を詠いなさい」
「……秋風は尽きて、冬風は尽きず。花間、一輪の
「……子夜呉歌と月下独酌……心は?」
「世の平定を
秋を平和として、冬を戦乱として。
戦ばかりの世で人々が離れ離れになっているから、また、平和な日々が戻れば秋を楽しむことができるという世を憂う詩のようにも聞こえるのだが。
そもそも『子夜呉歌』は西方の異民族討伐に向かった夫の行方を想う妻の心情を表現している。都からの支配を逃れるために、西南から後宮に入れられた
そうなると、本当の意味は――
秋の風は、西からの風。
故郷からの風は枯れて、冬の風が後宮に吹いている。
そこにいる私は、兄たちとはもう会えないから、一人で花の
この詩に、
さっきの踊りもそうだが、詩も簡素に済ませればいいのに、いっそのこと手を抜いてくれれば
(……そう……覚悟は決めているのね)
十点。
どのみち、あの踊りを披露した時点で結果は見えている。詩はその、確認にしかならない。
そうして九人会が終わった、わずか数日後のことだった。
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