2.後宮の生華
2-1.静月(ジンユェ)美人
花間 一壷の酒、独り
杯を挙げて名月を迎え、影に対して三人と成る。
月既に飲むを解せず、
――
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――後宮の住まい。
筆で
一人は実兄の
二人はよく月の明るい夜に外に出ては屋根の上で酒を飲んで語り合い、そうして
「影に対して三人と成る。私と月と影の他に、今宵の相手は誰もいない……か」
とある晩、
「まあ、ひどい、
「お前はまだ十五だ、酒の味は早かろう。それに……この酒は体に流れるおぞましい血を洗っているのだ」
その日の酒の味を、全く覚えていない。
無味無臭で、いつも兄たちが飲んでいた酒に、あれほど憧れていたのに。
(月と、自分の影を含めて、三人……今の私も……独り)
後宮に来てから、一月が過ぎていた。
短いようで、長くもあり。
最近の出来事であるはずが、随分と昔のようでもあり。
後宮では時が止まっているように感じられて、それは
もうすぐ、ここも冬になる。
部屋の窓から見える葉の色はここに来た頃から紅かったのか、それとも、いつの間にか紅く染まったのか。それすらも分からないほどに
「ちょっと、さっきから呼んでいるでしょ!」
甲高い声にハッとして現実に戻る。部屋の外から聞こえたのは
「はあ……」
「どうしてすぐに
やはり部屋の外に立っているのは、同じ美人妃である
気が強い彼女は大人しい
「ご機……嫌……うつくし、い。
「もっとハッキリと話しなさいよ、相変わらず粗野で下手ね。それではお里が知れるわ。美しい、じゃなくて、
「……あ……あの」
「や・り・な・お・し、分かるでしょ、それくらい。猿じゃないんだから」
「……ご機嫌……うるわしゅう、
「別に麗しくもないんだけどね」
「どういうつもり?
「……
「……は? 相変わらず侍女まで何言ってるのか分からないけど、もしかして立場が同じって言いたいの? 同じだったら格式がある方が上に決まってんの。つまりは私が上で、あなたたちは下。美人妃に指名されたからって図に乗らないことね。そもそも侍女の分際で口答えなんてもっての他、身分を
「……あ……お気遣い、感謝します。以後を、気が付きました……ご自愛を、よろしく」
「ご自愛? はあ……ここまで馬鹿が
「承知しました」
「来月の九人会、分かっていると思うけど」
「同じ美人妃に、あなたのような鈍いのがいることが私にとっては悲劇なの。せめて詩ぐらいはまともに宮廷の言葉で言えるようにしてもらわないと、こっちにまで迷惑が掛かるってわけ。
そう言って
「ほら、自分で拾って感謝を言いなさい」
「どうも……ありがとうございます」
「……ふん」
背を向けて、
『信じられない横暴、同じ階級なのに』
侍女の
『ああ、もう、戸が閉まらないよ!』
『
『……だめ、掛け合ってくれない。
『じゃあ、戸の修理もダメそう?』
『……どこに言いに行けば分からないから内侍に言ったんだけど、話がかみ合わないから御付きの
『そんなこと言ったって……暇をくださいって言われたきり担当の宦官が帰ってこないんだっての! あーもう、御付きの公々をそっちに寄こすために、先にこっちに御付きの公々を寄こせって言ってやりたい!』
『……あ、
『
『
『いいの、泣かないで。私は大丈夫』
『だってぇ……戸も閉まらないし、机だって脚が折れてるし、そのうちに椅子まで壊れそう……美人妃だからもっと良い部屋が割り当てられるはずなのに、こんな寒い場所なんて。このままじゃあ冬が来ちゃうよ』
『だけど、普通の人の家よりも豪華じゃない? みんな、これよりも寒いところで暮らしているから』
『そうだけど……他の妃に比べたらさぁ、これじゃあ
『実際、たいして変わらないから。美人妃なんて器じゃないもの。それにね、住めば都って言うでしょ? いい部屋だって思えるようになるから』
『実際にここ、都だもんね』
『じゃあさ、私たちで直そうよ』
『昔は自分たちでやってたもんね。私、木の板でも拾ってくる』
『こっちは釘でも
二人でわいわいと盛り上がっている。苦労は掛けているけれど、これはこれで
(……九人会……か)
心の中でつぶやいた。
(なんとなくは読めるけど……発音があまり分からない)
(そういえば、後宮には言葉に精通している人がいるって女官長が言っていたような)
後宮入りの日のことを思い出した。門を潜る時に、あちらの殿には『九訳士』がいて、宮女でも入ることができるのだとか。
(でも、忙しいだろうし……他の妃と会うかもしれないし……私なんか)
結局、引っ込み思案な性格が災いして行動に移せない。さっき
受け身の女性は、およそ後宮には向かない。
おそらく
だが、時には幸運が舞い込むことがある。
それは偶然でもなくて、必然として、
「あの……誰、あなた、なのでしょうか?」
外に出ようとした
『ここが
知らない女の客人で、しかも雅語ではなく、聞き慣れた故郷の言葉で話している。
「……あれ、言葉、あれれ?」
『
『はい……そうです。もしかして、西南の方ですか?』
「あら、伝わったみたいね。急いで勉強しただけはあるかも。だけど、残念ながら今はこれだけ。入っていい?」
訪問客が入ってくる。
「あなたが、
ふわっと、炊いた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます