1-5.九訳(くやく)殿2
直視していたら
「失礼」
「思惑通りに事が進むと、つい笑ってしまう癖があるので」
「まあ、それじゃあお困りでしょう。それでは、私の想像も当たっていたことになりますね」
「ご明察の通りですよ、驚きました」
「あまり当てない方が良かったかしら?」
女は、洞察が過ぎると身を滅ぼすことを知っている。それでも遠慮しないのは、ある程度は
「話が早くて助かりますよ。どうやってその気にさせようか……ではなく、回りくどい説得というのは疲れるもので。さっそく本題について話をしたいところですが、その前に、まずはきっかけとなったこの文について頼みたいことがあります」
「私から
これもまた、察しがいい。
手紙というのは相手に届かなければ意味がない。怪しい内容ではないと疑いは晴れたものの、これ以上、
「もちろん、そうです。ただ、これは好奇心で尋ねるだけで他意はないのですが……どのようにして解読したのかを教えてほしいのです。あなたは西南の言葉を知らないと聞きました」
他意はない、と
「それが私の仕事ですから大したことではありません。実際のところ、ほんの一部を解読しただけに過ぎないのです」
「手順に興味があるのですよ。実は最近になって私は文官の仕事を依頼されるようになったもので、異語について少しは知っておきたいと」
「……分かりました。では、机に向かい合わせになりましょう、お互いに見ながらの方が説明しやすいですから」
女は机を挟んで、
女は紙を広げた。
そうして
「文字には性質があります」
女の指が薄黄色の紙を、
「大きな分類として、文字が作られた由来が形か、音かにあります。物の形を表して作られた文字の場合は、おおよそ短い文章になる傾向があります。例えば山、川、林などです。これらは存在そのものを一つの文字として置き換えているため簡素な文章で済みます」
「……ふむ。つまりは、私達が使う都の言葉がそうですね」
都の言葉とは、宮廷界隈で用いられる公用語のこと。対して、都の外で用いられる地方の言葉は全て、異語と表現される。
「はい。それに対して音を文字とした場合は、例えば発音を一つの文字にした場合は文章が長くなります。『山』の一文字に対して、『やま』の二文字が必要になるからです。どこまでの音を細分化するかによって長さが異なりますが、このように一つの単語の区切りが長くなるのです」
「ははあ……文字の長さについては認識していましたが、理由までは考えていませんでした。これは不勉強でした」
女の言うように手紙の冒頭だけを見ても、都の言葉よりも文字が長くなっている。西南で書かかれた言葉では、
「ちょうどそこです、私が最初に解読したのは」
女は
「どの地域でも人に充てた
――
――兄の心は、いつでも
言及しているのは、ここの二カ所だ。自分で自分の名前を連呼する性格であれば別だが、普通は何度も呼んでいるのは相手の名前であるのが道理だ。
「最初と最後に二回、名前を読んでいる部分が『
「その通りです。名前は解読で大きな手掛かりとなります。なぜなら、名前の表記には一定の規則が見られます。とはいえ、ここまでは多分に推測を含んでおりますし、解読であって訳ではありません。私は
女は後ろに手を伸ばして、
「これは都を訪れる客人からの情報を集めて記録したものです。西南から訪れる方は珍しいとはいえ、これまでに幾人かはいらっしゃっていますから、単語の意味をこのように書き留めています。これがないと、『
「あなたは暗号を解く専門ではない、というわけですか」
「そうです。それに、暗号の解読はもっと多くの材料がなければ成り立ちません。一つの文だけでは不十分です。それで、今回は字引きがありますから、効率を重視して、ある程度の当たりを付けてから該当する文字を探しました。すると、ここの単語は西南での
――あまり活発な性格ではないお前のことだ。
――宮城の防衛の任に就くことになった。
「恐れ入りました。最終的に字引きがあるとはいえ、そこに至る過程が手馴れていらっしゃる。背景の事情を考慮した最低限の行動だけで、しかも必要以上に解読しなかった配慮も含めて、素晴らしい判断でした」
「いいえ、今回はいろいろとアテがあったものですから」
「あなたは聡明な方だ。どうか、改めてお願いしたい」
こういう特殊な場所で、特殊な仕事に就いているのだから、女の地位もそれなりに高いとは思われる。もしかすると官位は上なのかもしれないが、だとしても将軍である
「頭を上げてくださいな。そのようにされても立場上、引き受けられることと受けられないことはあります。先ほども申しましたように、おそらくは
「……私の力を以ってしても後宮のことは
「……少し考えさせてください」
しばらく、沈黙が包む。
書斎から見える外の景色は夕暮れに青が増して、そろそろ夜になろうとしている。
暗闇が少しずつ部屋に入り込み、女は
この間の沈黙は、時間にしてはそれほどではなかったが、
「この文を、届けるついでのことですから」
応えた女の表情は、普段は冷静な彼女にとっては珍しく、
「ちなみに、まだ名前を伺っていませんでした」
「私は、
「
「はい、実は私も同じです。あなたがそれで良いのでしたら、そうしましょう、
「構いませんよ」
「どうして女物の
「ああ、これは……貰い物でして、
「いいえ、とても似合っていらっしゃる」
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