1-2.宮廷の九訳士
雅な宮殿の近くに、一つだけ質素な殿舎がある。
『九訳殿』と呼ばれるこの殿舎は、先々代の皇帝によって後宮と外界を繋ぐ門の傍に建てられた。
ここに寝泊まりしている女が一人。
彼女は後宮の女ではない。文官でありながら、後宮への出入りを許されている。
彼女は九訳(くやく)士。宮廷に仕える通訳である。普段は遠方からの使者との会話を仲介しているが――
時には、異語で書かれた秘密を暴くこともある。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「
陽が強く差し込む折に、文官の男が『
書斎で書き物机に向かっている
「今日はこれで失礼します」
意図を察した少女が立ち上がる。少女は
「また、明日にでもいらっしゃい」
「すみません、学問の邪魔をして。私が追い出してしまった」
「いいえ、お気になさらず。どうぞお座りなさいな。茶をお出しします」
「この
これは値の張る代物だ。
ならば、それなりの地位の者がこの文を書いたのではないか。
「よほど充てた人に想い入れがあるのでしょうね」
「ですから、陰謀ではなく恋文でしょうと言っているのですが……まあ、いずれにせよ
文官が額の汗をぬぐう。
後宮での恋文となれば大事になりかねない。
すぐに中身を判別する必要があるのだが、この文は公用語ではなく異語で書かれていて、後宮に居る
「これは、どなたに充てられたの?」
「それが……分からないのです。ある
「じゃあ、書いた人の正体すらも分からないのね」
「ええ、そちらも身分は判別できていません。背丈の頑丈な男だったようですが、なにせ宮廷内は出入りが激しいものですから。その男は門の外でそわそわしていたようで、落ち着かない様子だったと、ますます、内通を疑われています」
後宮の女は皇帝の妃であり、たとえ
「一方的に送り付けられた恋文であれば受け取る側に罪はありませんが、誰かに毒を盛る指示書ではないかと
「名前を聞いても差し支えない?」
「はい、問題ありません。情報として必要になりますから。宛先として疑われているのは……後宮に入ったばかりの、
「
「お察しの通りです」
「
「さあ……出身までは……後で聞いておきましょう。何か引っかかるのですか?」
「字の特徴」
「私には落書きのようにしか見えませんが……どのあたりに特徴があるのでしょうか?」
「音のように見えない? 先月に東西貿易で訪れた客人も、こういう文字を書いていた。おそらくは西方で使われる形式なのでしょう」
「これを見たことがあるんですね! いや、良かった、さすがは
「さあ、どうかしらね。どうぞ、召し上がって。新茶と松の実」
侍女の
「もう一つ、聞いていい?」
「はい、どうぞ」
「
「そういえば……いたような、いなかったような」
「
「その……つまり、
「間違いありません」
「そうですか、
「敢えてこちらで、全てを解読する必要はありません。兄が妹に充てたと分かれば恋文ではないことが証明されたも同じです。陰謀論については……正面から渡すような人が器用な画策をしているとは思えませんけど」
「それはおっしゃる通りです。分かりました、彼を探して届けましょう」
かくして、異語で書かれた文は
これは
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