第38話 さらば父上

 頭領くらいは生かしておきたかった。

 というか俺はちゃんと殺さないように斬ったのだ。

 なのに尋問中、薬の効果が切れてしまい、苦しみだして、そのまま死んでしまった。

 まあ、あんな急激に強くなる薬だ。副作用が凄いのは当然だろう。


「ある程度は話を聞けたし。そもそも頭領の証言とかなくても証拠はそろってるし。王宮に行きますか」


 今度はニーニャを忍び込ませる必要はない。

 堂々と正面から行く。

 俺だけだと追放された身だから門前払いされるかもしれないけど、姉上が入れろと言ったら門番だって従うだろう。

 なにより教皇猊下が一緒だ。教皇に対して門を閉ざす度胸を持ち合わせた門番なんて、この国にいないと思う。


 というわけで、俺と姉上と教皇の三人で、父上の執務室にアポなし突撃をした。

 ラドニーラは興味ないらしく、お小遣いを握りしめて王都で買い物。

 ニーニャはなにが起きても対処できるよう、廊下で待機中。


「な、なんだ! 国王の部屋に断りもなく入ってくるなど……ん? クレアか。いくら親子でも国王と臣下としてのケジメを……って、教皇! あ、教皇猊下! なぜこんなところに!? そしてエリオットも……お前の領地は、スカルブラッド盗賊団に襲わせた……あ、いや、襲われたのではないのか……?」


「さすがは父上。お耳が早い。しかし、スカルブラッド盗賊団が全滅したことはではご存じない様子ですね」


「ぜ、全滅!?」


「はい。集団として崩壊したという意味の全滅ではなく、文字通り、全員死にました」


「なぜ……」


「なぜ? それはもちろん、俺の王国の自警団と、聖騎士団の共同戦線によって全滅させたんですよ」


 そう答えると、父上は急に顔を真っ赤にして叫んだ。


「俺の王国だと!? ふざけるなっ! 氷魔の地はアルカンシア王国の一部だ!」


 すると教皇が、我が意を得たりという笑みを浮かべる。


「ほほう。ふざけるなと申すか? 私が認めたのだぞ? 教皇国が認めたのだぞ? レオンハート王家の設立と、氷魔の地と呼ばれた土地を神に代わって治める権利を。それに異議があるのだな。聞いてやるから語ってみせよ」


「け、決して異議などと! ただ、氷魔の地は歴史的に見て、ずっとアルカンシア王国の一部でした……いくら教皇国とはいえ、勝手に子供の王国にするなど、あまりにも横暴ではありませんか!?」


「やはり異議があるのではないか。そして反論してやろう。そなたの言う歴史とは、アルカンシア王国が氷魔の地を自国の領土だと勝手に、、、主張してきた歴史だ。教皇国はそれを認めたことは一度もない。ただ見過ごしていた。ゆえにそれを正した。その旨、すでに私の使者が伝えているはずだが?」


「それが一方的すぎると言っているのです! ましてエリオットのような子供を国王にするなど、お気は確かか?」


「権力を振りかざしたくないから、こういう言い方はしてこなかったのだが、敢えて言おう。お前に正気を疑われるとは、アストラリス教の教皇も舐められたものだな」


「な、舐めているなんて、そんな……ワシはただ自国の正統な権利を……」


「もういい。私は氷魔の地について議論しに来たのではない。そなたの王としての資質に疑問を呈しに来たのだ」


「一体どういうことですか! ワシは一点の曇りもなく、王として恥ずべきことをした覚えはありませんぞ!」


 そう言い切られて、教皇も姉上も面食らった表情になる。

 俺も同じような顔をしているはず。

 咄嗟に誤魔化したという様子ではない。心の底からそう信じていないと出せない声だった。


「……そなたに覚えがなくとも、私には覚えがある。エリオット。盗賊を尋問したときの動画を再生せよ」


「かしこまりました」


 俺は録画メガネを操作する。

 ちなみにニーニャを廊下に待機させたのは周りを警戒させるというのが一番だけど、彼女の誤操作でうっかりエロ動画を流すのを回避するためだ。


「なんだ……メガネから光が……こ、これは頭領!?」


「へえ。父上は頭領の顔をご存じでしたか。各国の軍が血眼になってもその本拠地を見つけられず、神出鬼没っぷりに頭を悩ませていたスカルブラッド盗賊団の頭領です。それが一目で分かるなんて、まるで何度も何度も会ったかのようですね。正直、どこにでもいるチンピラという風貌です。間近でじっくり見たことがないと、断言などできないと思うのですが」


「それは……ワシの洞察力があれば造作もないのだ!」


「なるほど。ではその洞察力で、頭領がなぜこのような証言をしているのかを推理しては如何でしょう」


動画の中で、頭領への尋問が始まった。

 もちろん拷問を用いた尋問だ。

 最初は口調が荒かった頭領も、俺が斬って姉上が回復させては俺が斬って姉上が回復という姉弟共同作業を繰り返したら、だんだんと素直になっていく。


 貴族の生まれであること。まだ王子だった俺の父上との出会い。殺人。父上による隠蔽。教皇国との国際問題。死罪からの逃亡。盗賊団の乗っ取り。

 そして父上からの接触。悪の蜜月関係。国の内外から強奪。金品を山分け。


「いいか……てめぇの父親から誘ってきたんだからな! 俺は国王から武具やら食料やらの支援を受けて、国王の許可のもとに盗賊やってんだ! つまり合法で、拷問されるいわれはねぇ……分かったら早く縄をほどきやがれ!」


 頭領はヤケクソみたいに叫ぶ。

 威勢のいい声だが、顔は恐怖と苦痛で歪んでいた。やがて輪郭そのものが歪みだし、膨れ上がっていた筋肉が急速に萎み、もとの姿より小さくなって、そのまま溶けて消えてしまった。薬が切れたのだ。


「さて、アルカンシア王よ。弁明は?」


「……ふん! 弁明する必要などありませんな。盗賊がデタラメを言っているだけ。信じるに値しませんな!」


「ならばエリオット。次の動画を」


 お次は、正規軍御用達の工房から武器が運び出され、スカルブラッド盗賊団の拠点に運び込まれるシーンだ。


「これは問題だ! 王国直営の工房が、盗賊と繋がっていたなんて! 教皇猊下、申しわけありません! ワシの不行届が招いた結果です! これでは確かに王の資質を疑われて当然……しかし! 腐敗は必ず正してみせます! ワシを信用してください!」


「ふむ。あくまで工房が勝手にやったと言い張るか。ではこれは?」


 動画は続いている。

 空になった馬車に、盗賊がお宝を積み込んでいる。それが王都外れの倉庫に運び込まれる。

 運び込まれたお宝を、満足そうに眺める父上。


「これはワシではない! ワシに似た誰かにそれらしい恰好をさせているのだ! ワシを貶めるために……!」


「そうか。次は王宮内だぞ。しっかりした言い訳を考えろ」


 王宮の庭。

 父上と頭領が二人きりで会っている。

 そして次はどこを襲うか、どの割合で山分けするかを、悪そうな笑みを浮かべて話し合っていた。


「これもワシではない!」


「ほほう。するとなにか? そなたのソックリさんと盗賊団の頭領が、王宮の庭に忍び込んで、密会ごっこをしていたと主張したいのか?」


「その通りでございます……」


「なのに警備兵が誰も気づかなかったと? 侵入するときも脱出するときも?」


「……いえ、その! 映っているのはこの王宮の庭ではありません! よく似た別のどこかで、ワシではない誰かがこういうことをしていたのでしょう!」


「しかし動画の端に、王宮の建物が映っているぞ?」


「よく似た建物です! ありふれた外見ですからな!」


「戯れを申すな。アルカンシア王国は紛れもない大国。その威信をかけて建てられた王宮が、ありふれているわけがなかろう。映っているのはここで、この男はそなただ。私は最初に『そなたの王としての資質に疑問を呈しに来た』と言ったが、あれは嘘だ。資質がないと断言しにしたのだ。教皇の断言とは、すなわち教皇国の総意と心得よ」


 教皇の言葉から遊びの気配が消えた。

 本気で断罪しようとしているのだと、愚鈍な父上も悟ったらしい。

 姉上に助けを求める視線を向けた。


「なあ、クレアよ。教皇猊下はなにか誤解をしているようだ。お前からもなにか言ってくれ! きっとエリオットに嘘を吹き込まれたに違いない!」


「なにか、ですか? 父上とスカルブラッド盗賊団が繋がっていると最初に言い出したのは私だ、という話でもすればいいのでしょうか?」


「はぁぁぁっ!? クレア、お前、どうしてそんな親不孝な真似を!」


「どうしてって、そうだと思ったから調査を進めたのですが? 国家の恥。王家の膿。神への叛逆者。社会秩序の敵。端的にゴミ。カス。ゴキブリ以下。こんなのが父親かと思うと反吐が出ます」


「誤解だと言っているだろう!」


「ですが、すでに工房の調査も進めました。父上の指示で盗賊用の武器を作っていたと、大勢が白状しましたよ」


 そう。

 姉上は自分の息がかかった者たちを動かし、王宮に乗り込む前に工房を完全に押さえてしまった。

 驚く早業だった。

 やっぱり、この国の王は姉上がやるべきだと改めて思ったよ。


「な、なぜだ! なぜワシを告発する! そんなことをせずとも、ワシはクレアを次期国王に選んだのに! まさか……ワシが死ぬまで待てないのか!? そんなに今すぐ女王の地位に就きたかったのか!」


「いいえ、ご冗談を。こんな巨大な国の王など、責任ばかり大きくて、考えただけで肩が凝ります。ほかの誰かに任せられるなら、そのほうがいいと私は思います」


「ではワシに任せておけばいいではないか!」


「任せられるなら、と申しましたけど? 頭だけでなく耳までおかしくなったのでしょうか?」


「親に向かってなんて口の利き方か! ワシはお前をそんな風に育てた覚えはないぞ!」


「はい。こちらとしても、育てられた覚えは微塵もありません。私は王宮の蔵書と、父上よりはまともな大人たちを手本にして育ちました。あなたが一体いつ私とエリオットを育てたというのですか、父上」


「お、お聞きになりましたか、教皇猊下……親に対して惨い言葉の数々を……クレアとエリオットは色々と理屈をこねていますが、結局は権力欲でワシを蹴落とそうとしているに過ぎません! こんな奴らの言葉に惑わされず、ワシを信じてください!」


「エリオットとクレアは信じるにたる証拠を揃えた。そなたが身の潔白を主張するなら、同じだけの証拠を見せるがいい」


「この曇りなき眼が証拠です!」


「言いたいことはそれだけか?」


「ほ、本気でワシを断罪するつもりですか? アルカンシア王国がスカルブラッド盗賊団を操っていたと知れたら……いくら教皇国が静めようとしても戦争になるだろう! 大混乱が起きると分かっていてワシをギロチンにかけるのか!」


「ギロチンだと? まともな死刑に処せられる名誉をお前に許してなるものか。お前は今から健康を害してクレアに王座を譲り、治療のために山奥の塔で安静に眠り続け、そこから一歩も出ることなく生涯を終えるのだ」


「……教皇だと思って敬ってやれば、どこまでもつけ上がりおって……小娘の分際で! なにが神か! ワシは王だぞ! 王は王になるべく生まれたから王になるのだ。神の地上代行者などではない! ここはワシの王国だ! 逆らうものは死ね!」


 そう叫んで父上は小瓶を取り出した。盗賊の頭領が持っていた小瓶とそっくりな形状だった。

 中身を飲み干すと、やはり頭領と同じ現象が起きる。


「ふははははっ! どうだ、この筋肉! 恐怖で声も出せないか? いずれスカルブラッド盗賊団と縁を切るときが来たら、ワシ自ら始末してやろうと用意していたとっておきの魔法薬だ! さあ、エリオットよ。女の影に隠れていないで、正々堂々とワシと戦え! 思えば貴様を追放してから全てがおかしくなったのだ! 全部お前のせいだ!」


 戦え、と言われたので、俺は抜剣した。


「どうした! 剣を構えるだけで一歩も動けないのかっ? そうだろうなぁ! お前はいつだって口先だけだ。なにもできないくせに、口の上手さだけで教皇にまで取り入った! だが、そんなものは真のパワーの前では通用しないのだっ!」


「いや。もう斬ったけど?」


 俺が指摘した次の瞬間、父上の上半身がぼとりと床に落ちた。


「頭領よりも歯応えがなかった。元が弱すぎると、薬で強化しても無駄みたいだね」


「ば、馬鹿なぁぁぁっ! エリオット! 貴様の固有スキルは遊び人だから、なにもできないはずなんだ! ドラゴンを仲間にしたのも、オリハルコンの剣を百本作ったのも、氷魔の地に町を作れたのも、全て別の誰かの力で、お前は遊んでいるだけなんだ……そのはずなのだっ! でなければ……追放したワシが馬鹿ではないか……」


 そう嘆く父上の前に、姉上が立ち塞がった。


「そうですよ。あなたは馬鹿です。エリオットを追放する前から。スカルブラッド盗賊団と手を結ぼうなんて考えた時点で、あなたの命運は尽きていたのです。ちなみに、あなたが飲んだ薬は、効果が切れると死ぬようです。頭領が溶けてしまったのは、そのせいです」


「死ぬ!? ワシに薬を売った魔法師は、そんなこと一言も……」


「騙されたのか、あるいはその魔法師も知らなかったのか。いずれにせよ、あなたは死にます。胴体が千切れているのですから、薬がどうであれ死にます。生き延びても死ぬまで幽閉です。さようなら父上。この国は私にお任せください。もっとも父上は、国の未来に想いをはせたことなんてないでしょうけど」


 父上は、俺たちが見ている前で、泡になって消えてしまった。

 なんというか、ざまぁみろとさえ思わないな。

 たまっていたゴミを捨ててサッパリしたという感じである。

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