第37話 スカルブラッド盗賊団の頭領
スカルブラッド盗賊団の頭領は、もともと貴族だった。
父親が宮廷内の要職に就いていたし、領地からの税収もあるので金には困らない。社交界における家柄バトルで劣等感に悩まされる心配もなく、大人しくしていれば一生優雅に暮らせる立場だった。
ところがどうしてか、頭領は大人しくできなかった。
幼い頃から暴力衝動を抑えられず、腕力も魔力も人並み外れていて、いわゆる手が付けられない子供だった。
当時は王子だったウォルト・アルカンシアと気が合い、二人で小動物を殺して回った。
小動物では物足りなくなり、大型犬や馬を解体するようになった。
ついに人間に手を出した。王宮のメイドを強姦してから殺した。これにはウォルトも青ざめていたが、もみ消してくれたから大事には至らなかった。
しばらくは大人しくしていた。どうしても我慢できなくなり、下級貴族の娘に手を出した。
これが致命傷になった。その娘はアストラリス教の敬虔な信者で、教皇国の上級神官へと嫁ぐ予定だったのだ。
ただの殺人事件ではなく教皇国との国際問題へと発展し、頭領とその父親に死刑が言い渡された。母親と妹は流刑地に送られることになったが、刑が執行されるまえに毒で自殺した。
頭領は父親がギロチンにかけられるのを見たあと、いざ自分の番が来てから逃亡した。取り押さえようとした兵士たちの頭蓋骨を素手で砕き、見物客も何人か殺し、王都から逃げおおせた。
そして通りすがりの旅人を相手に強盗殺人を繰り返し、やがてスカルブラッド盗賊団に身を寄せる。
その頃のスカルブラッド盗賊団は十人にも満たない、どこにでもあるコソ泥の集団だった。組織を乗っ取るなど、造作もなかった。
頭領は、なにか野心があって犯罪組織のトップに立ったのではない。
単純に命令されるのが嫌だったから、上を殺したにすぎない。
見ず知らずの弱者を殺して、奪い取る日々。
気楽で楽しかった。
しかし貴族という身分を捨てて荒野で生活していると、自分が弱者の側になることもしばしばあった。
頭領は自分が最強だと思っていた。だがこの世界には、もっと強い奴がゴロゴロしているらしい。
従いたくない。頭を下げたくない。
だから強い奴に対抗するため、盗賊団の数を増やした。
数が増えるとそれを維持するために金が必要になる。
大物を狙わねば食っていけない。
大きな商会の輸送団や、貴族の馬車を襲う。正規軍の輸送隊から食料と武器を奪ったこともある。
そうやって派手に活動すると、更に強い奴らに目を付けられるので、ますます数を増やす羽目になる。
ウォルト・アルカンシアから連絡が来たのは、そんなときだった。
幼少期の悪友は、いまや国王になっていた。
国王なのにウォルトは、盗賊団と手を組もうと考えていた。
いわく。
国王が権力の頂点といっても、それは国内の話。
別の国は別の王が支配している。そこに攻め入って奪い取りたくても、教皇国への叛逆になってしまうから、まず不可能。
ただし、法の外側にいる者なら、教皇国など関係ない。
誰からなにを奪おうと、もともと悪なのだから遠慮する必要はない。
もちろん悪を貫くには力がいる。半端な悪は、秩序に押しつぶされて消えてしまう。
だからウォルトが力を用意する。武器や食料を援助する。
その代わり、スカルブラッド盗賊団が悪をなす。
周辺諸国に攻め入って、自由に暴れ、自由に奪う。
奪ったものは、ウォルトと盗賊団で山分けする。
国王がなぜそんなことを? と、普通なら思うだろう。
たとえ国内だけの限定的な権力とはいえ、アルカンシア王国は大国だ。なんだって手に入る。
盗賊と協力するなんて、バレたときのリスクが大きいだけで、まともな神経ならやらない。
しかし頭領は、ウォルトが欲しがっているものが分かっていた。
自分たちは、なんでも欲しいのだ。
自分のものにならないものが世界にあるのが許しがたい。
それが隣の国にあっても関係ない。必要かどうかも関係ない。
頭領とウォルトは互いを利用し合った。
欲しいものを欲するがままに手に入れた。
そして今度のターゲットは、オリハルコン鉱山を有する町だ。
オリハルコンを掘り当てたのも、町を作ったのもウォルトの息子だというから笑える。
あの男はこの上なく恵まれているのに、息子が自分の力で勝ち取ったものまで奪いたいのだ。
気持ちは分かる。ウォルトがそういう男だから、頭領は今でもツルんでいるのだ。
「オリハルコンの鉱山か……色んなものを奪ってきたが、土地ってのは始めてたぜ。しかも、あの町には今、教皇がいるらしい。それを人質にすれば、教皇国だって手を出せないはずだ。へへ……そろそろウォルトに頼らなくてもいいかもしれねぇな」
これまでは山分けしてきた。
互いに都合がよかったからだ。
だがオリハルコン鉱山と教皇の身柄を手中に収めれば、自分たちだけで生きていける。
もともと、いつかは切り捨てようと思っていたのだ。
相手が幼少期からの友人だろうと関係ない。
欲しいものは全て手に入れたい。山分けなどクソ食らえだ。
「お頭。本当に大丈夫なんですか? あの町、オリハルコン装備の奴らがゴロゴロしてるんでしょう? ドラゴンを飼い慣らしてるって噂も……」
「馬鹿。ドラゴンがいたら、こっからでも見える。影も形もねぇだろうが。あとオリハルコン装備だって、そう沢山あるわけがねぇ。鉱山からオリハルコンを採掘しても、それを加工するのは死ぬほど面倒くせぇんだよ」
「でも、教皇にオリハルコンの剣を百本献上したって……」
「絶対、話が大げさに伝わってる。ありえねぇ」
「アルカンシア国王がそう言ってたんですぜ?」
「あいつは昔から小心者で、なんでも大げさに言うんだよ」
目の前にあるのは小さな町だ。
すでにスカルブラッド盗賊団が包囲している。
たやすく押しつぶせる。
教皇の護衛として聖騎士団が何十人か来ているだろうが、こっちは千人を超えている。
数こそが最強。
個人の武勇など、圧倒的な物量の前には無力なのだ。
「いいか、テメェら。ビビる必要はねぇ。俺たちは最強のスカルブラッド盗賊団だ。どこの国の軍隊も、俺たちを倒せなかった。あんな豆粒みてぇな町を奪うなんて、朝飯前だろ? さあ、行くぜ!」
赤い頭蓋骨が描かれた旗が掲げられた。それを合図にスカルブラッド盗賊団は、一斉に突撃を始めた。
そして瞬く間に、死体の山になった。
「な、なっ!?」
なにが起きたのか分からない。
とにかく、こちらの攻撃は全て向こうの鎧に弾かれる。そして向こうの攻撃はこちらの鎧をチーズみたいに切り裂くのだ。
たまにマグレでこちらの剣が鎧の繋ぎ目に滑り込み、ダメージを与えるのに成功しても、その傷はすぐに塞がってしまう。
二人の少女が、広域に回復魔法をかけ続けている。
教皇とウォルトの娘だ。
あの二人のせいで敵の兵士たちは少々の傷を意に介さず、高い士気を保っている。
「まさか、本当にオリハルコン装備なのか? この人数で、しかも手練れが、全員オリハルコンの鎧と剣を……そんなの世界最強の軍隊じゃねーか!」
どこまでが町の住民で、どこまでが聖騎士なのか不明だが、もはやそれは問題ではない。区別ができないほど強かった。こんな田舎の兵士と、教皇国が誇る聖騎士団の練度が同レベルなど信じがたいが、そうなのだから仕方ない。
「くそ、一時後退だ! 集まって体勢を立て直す!」
「お頭、無理です! 後ろにドラゴンがいます!」
「はあ!? そんなもん……本当にいるぅぅぅっ!?」
ドラゴンなんて、ついさっきまでいなかった。
なのに地面から生えてきたみたいに突然現れて、盗賊たちを踏み潰し、ブレスで焼き払っている。
吟遊詩人が歌う化物そのもの。現実の光景とは思えなかった。
ドラゴンブレスから少しでも遠ざかりたい一心で、盗賊たちは散り散りに走り出す。もはや統率などない。
そして、そんな無様を晒しても、逃げ出せた者は一人もいなかった。
戦場を二本の稲妻が駆け抜け、スカルブラッド盗賊団を蹂躙していた。
目をこらせば、それが剣を持った人間だと辛うじて分かる。
一人は、十歳程度の少年だ。
幼い見た目とは裏腹に、人を斬るのに躊躇がない。彼が通ったあとは斬殺死体が列を作る。
おそらく、あれがウォルトの息子なのだろう。ウォルトが嫉妬するのが無理もないと思うほどの才能。
もう一人はメイドだった。
容姿だけなら見目麗しい女性だ。
しかし頭領は、そのメイドが人間に見えなかった。稲妻と形容したが、それでさえ生ぬるい表現だ。
暴力……いや破壊の化身だ。斬撃の威力が凄まじすぎて斬撃になっていない。斬ってはいるはずだが、衝撃波が広がって死体が破裂し、攻城用の砲撃を喰らったようになっている。ようはミンチ。赤い肉片らしきものが散らばっている。
メイド一人で百人は殺したのではないか。
もしかしたら兵士もドラゴンも不要で、あのメイド一人がいればスカルブラッド盗賊団を全滅させられるのではないか。
そう思ってしまうほどの破壊を行っているのに、息がまるで乱れていない。
「お頭、助けてくだ――」
部下はそう叫びながら、ウォルトの息子に首を斬られた。
頭領は反射的に、ほかの部下を掴んでウォルトの息子に投げつけた。
それで時間を稼いで、懐から『切り札』を取り出した。
「こいつはウォルトの軍隊と戦うためのとっておきだったんだが、仕方がねぇ!」
闇の魔法結社から買った小瓶。
その中身を飲み干せば、潜在能力の全てを解放できる。
効果は部下で実証済み。
腹を割かれて死にかけていた男が、この薬を飲んだ瞬間、傷が塞がったのみならず、筋肉が何倍にも膨れ上がった。それで自分が最強になったと勘違いした部下は、頭領に襲い掛かってきた。
非力な男だったのに、殺すのにかなり手間取るほど強くなっていた。
あいつであれほど強くなれるなら、頭領なら地上最強になれるかもしれない。
ただし、闇の魔法結社いわく、効果は一時間程度。
「束の間の地上最強を、楽しむとするかぁっ!」
飲んだ途端、体が膨れ上がって服が破けた。
大きくなったのは体だけじゃない。魔力もだ。
同時に湧き上がってくる暴力衝動。全能感。
ああ、なんという心地よさか。素晴らしい。これからも沢山略奪して金を稼いで、この薬を沢山買おう。頑張らねばならない。真面目に働くのは嫌いだが、この薬のためならなんだってできる。
「来るか、ウォルトの息子! 度胸は認めるが、お前如きの剣じゃ俺の皮膚は斬れねぇ! 見ろよ、この筋肉! この防御魔法! ドラゴンに踏み潰されようが、そっちのメイドの斬撃だろうが、ビクともしな――ひぐぼごぉっ!」
最後まで言えなかった。
ウォルトの息子の剣に腹筋を一撃で貫かれ、内臓をズタズタにされたのだ。
「なるほど。自慢するだけあって硬いね。けれど、俺は今でもニーニャの稽古を受けてるんだ。怪しい薬で膨れ上がった筋肉を斬るくらい、造作もないさ」
腹の中にあった刃はそのまま振り抜かれ、脇腹から飛び出していく。
「なにが起きた!? 俺は地上最強になったはずだ……! お前みたいなガキに負けるわけがねぇ!」
「体より脳に効く薬みたいですね。地上の全てを見たわけでもないのに、地上最強を名乗るなんて、どうかしています」
メイドが冷ややかに呟く。
自分こそが地上最強……そう主張したいのかと思ったが違う。
メイドの目にあるのは、むしろ絶望の色だった。
深い孤独。
なぜだ? このメイドほどの強さがあれば、なんでも手に入るはずだ。どんな大国に仕官することも、主人を倒して組織を乗っ取ることも、自由だろうに。
「この地上のどこかには、私など到底及ばない敵がいる。そう考えたほうが楽しいじゃないですか」
「はああああっ!? 自分が最強のほうがいいに決まってるだろうがあああ!」
あまりにも価値観が違いすぎて、頭領は我を忘れて叫んだ。
弱者から奪い取る。
そのために自分が強者の側に立つ。
それだけを考えて生きてきた。
なのにこのメイドは、まるで自分より強い奴を求めているようなことを言いやがった。
理解できない!
「ニーニャ。こんな奴と会話したって無駄だよ。それよりも、俺の剣を見てよ。少しずつ上手くなってるからさ」
「ええ、はい。見ております。私が絶望せずに済んでいるのは、あなたがいてくれるからです。あなたの剣技はいずれ私を圧倒してくれると信じております。私の愛しいエリオット様」
次の瞬間、ウォルトの息子が動いた。
錯覚だろうか?
その剣の煌めきは一瞬だけ、メイドのそれを超えたように見えた。
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