第35話 穢れた教会

 俺の領地に、教皇が来る。

 そして俺は国王になり、領地は王国となる。

 改めて考えてみると凄いことだぞ。

 しかし戴冠の儀式をするに相応しい建物がない。 


 ケイシーが持ってきた手紙には、教皇が到着する日時が書いてあった。

 それまでに立派な教会を作ろう。


 町から離れたところに建てれば、どれだけ大きくしても誰にも迷惑がかからない。

 けど、どうせ作るなら、今回の儀式だけじゃなくて、普段からみんながお祈りに使って欲しい。


「よし。石畳で道路を作って、そこにもロードヒーティングを設置しよう。というわけで、俺は忙しくなるから。ニーニャはまたしばらく、ラドニーラと二人で夜を過ごしてね」


「…………かしこまりました。寂しくて泣きそうですが我慢します」


「我は怖くて泣きそうじゃい!」


 そして数日後。

 教皇は予定通りに到着した。

 俺とニーニャとラドニーラで出迎える。


「久しいな、レオンハート伯爵。戴冠は明日。お主はレオンハート国王になる。ふふ、私も少し緊張してきたぞ」


「しょせん、北方に小さな国が生まれるだけです。世界に及ぼす影響は軽微。どうか気軽に構えてください」


「軽微、か。果たして本当にそうなのかな?」


 教皇は意味ありげに笑う。

 俺がなにかやらかすのを期待してるのかな?


「国を豊かにしたいとは思いますけど、世界をひっくり返すつもりはないですよ」


「そうか。しかしオリハルコンの剣を百本献上してくれただけでも、アストラリス教の歴史に名を残したぞ? なにせ精霊を友人にするほどの男だ」


 そう言ってから教皇はラドニーラを見て、一礼した。


「精霊ラドニーラ様、お久しぶりです。魔物討伐における尽力、改めて感謝します。同じアストラリス神の子として、共に歩んでいけたら幸いです」


「くふふ。殊勝な態度、気に入ったぞ。そなたのおかげで、自分が精霊だと思い出したのじゃ。なにせここの連中は、我を可愛い可愛いと愛でてくれるが、あまり尊敬はしてくれぬからのぅ」


「おやおや。それは感心しないな、レオンハート伯爵。精霊は神に代わって、地上のバランスを司る存在。ないがしろにしてはいかんぞ」


「ないがしろになんてしてませんよ。ラドニーラが友人としての関係を望んでいるから、そうしているだけです」


「うむ。確かに、エリオットやニーニャが教皇みたいな態度だったら、肩が凝るのじゃ」


「……レオンハート伯爵は、本当にラドニーラ様と友人なのだな。いずれ聖人として認定されるかもしれん」


「それはさすがに大げさでしょう。ところで教会を建てました。明日の儀式に使っていただきたいのですが」


「ほう。自信ありげだな。どのような教会か、見せてもらおうか」


 教皇は好意的な反応だ。

 ところが、お供の神官が鼻で笑った。


「ふふん。我らから見れば、どのような教会であろうと兎小屋のようなもの。まして、こんな北の外れの田舎に、猊下に相応しい教会を建てられるとは思えません。我らが仮設の儀式場を作ったほうが、遙かにマシと思えますが?」


 なんだ、こいつ。

 教皇のお供になれたからって調子に乗ってるな。

 それ以上なにも言わないほうがいいぞ。ニーニャが殺気を出してるから。


「教会はあちらです」


「むむ!? 雪が分厚く積もっているのに、石畳の上だけ雪がない。左右が身の丈より高い雪の壁……純白の回廊とはなんと幻想的な。どうすればこれほど綺麗に雪をくりぬけるのだ!?」


 教皇は、教会までの通路を見て目を丸くした。


「くりぬいたのではなく、地面を発熱させて溶かしたのです。町全体も同じ装置で温めています」


「確かに町にも雪がなかった! なんと除雪が行き届いた町だろうかと感心していたが……雪を溶かす仕組があるのだな。素晴らしい」


「猊下、騙されてはいけませんぞ! このような仕組み、教皇国にさえありません。教皇国は世界で最も発達した国。そこにないものが、ほかの国あるはずが……」


「現にあるだろうが! ほら、地面を触ってみろ! あっちもこっちも温かいぞ! まさか私たちを騙すために、町一つをあらかじめ人肌に温めたとでも言いたいのか、貴様は! アルカンシア王の次くらいに愚鈍だな!」


「ア、アルカンシア王の次……」


 俺の父上と比較されたのが本当にショックだったらしく、神官は白目になった。

 なんか面白い。


「そして、これが教会か……なんと荘厳な……これほど巨大な塔を並べた教会は、教皇国にも数えるほどしかないぞ! そして内部も息を呑むほど美しい……ステンドグラスから差し込む光が、神の世界を演出しているのだな!」


 教皇は俺のデザインの意図をすぐに理解してくれる。

 素晴らしい人だ。

 あと俺にえっちなことしないし。もうそれだけで評価が高い。


「猊下。騙されてはいけません! この氷魔の地は、ほんの数ヶ月前までなにもなかったのです。そこにこんな立派な教会が建っているなんて……きっと凄いのは外側だけで、実際はハリボテに決まっています!」


「ハリボテ!? こんな北風が強い地方に、こんな巨大なハリボテを建てられると思っているのか!? ほれ、どの柱を押してもビクともせんぞ! お前はどうしてレオンハート伯爵を貶すのに腐心しているのだ? アルカンシア王の兄弟かなにかか? 私がここの視察を終えるまで、表に出ていろ! 不愉快だ!」


「表に出ていろと申されましても、私は猊下の護衛ですから……」


 神官がごねると、ラドニーラが犬歯を剥き出しにした。


「我も不愉快じゃぞ。エリオットが作った教会をハリボテ呼ばわりしおって! 喰ってやろうか!?」


 ラドニーラはドラゴンの姿に変化する。

 その巨大な翼を広げても平気なほど、この教会は広い。何百人も入れるぞ。

 アルカンシア王の兄弟と言われたうえに、ドラゴンに吠えられた神官は、魂が抜けた顔で教会の外に出ていった。


「あいつ、私の護衛なのに本当に出ていったぞ! 本当に駄目な奴! マジであり得ない! あいつも、あいつを私の護衛に選んだ奴も降格だ!」


 教皇は子供みたいに地団駄を踏む。

 怒るとたまに素が出るタイプだな……。

 俺たちに見られているのに気づいて、わざとらしく咳払いする。


「誤魔化す必要はないのじゃ。我はそっちのほうが親しみやすいと思うぞ」


 ラドニーラは少女の姿に戻る。


「精霊にそう言っていただけるのは光栄の至り。ですが私は教皇。さっきのような言動は慎まねばならぬのです」


「ふーん。大変なんだな。まあ、我らの前では、たまに素の顔を見せてもよいのではないか? なにせ精霊とその友人じゃからな!」


「ラドニーラ様……ありがとうございます。では、あなたがたの前では、リラックスするよう心がけるとします」


 教皇は少しだけ表情を和らげた。

 背負っているものが、ほんの少しだけ軽くなったという感じ。

 ラドニーラは精霊だから軽くしてやれたんじゃない。彼女の明るさが成し遂げたのだ。

 凄いことだと思う。


「……猊下。リラックスするのであれば、いっそ本音をぶちまけては如何でしょうか?」


 突然、ニーニャが口を挟んできた。


「本音、とは?」


「ぶっちゃけ、エリオット様をどう思っていらっしゃるのですか?」


「どうって言われても……尊敬できる人間と思っているが?」


「そんな気取った話ではなく。恋愛対象としてどうかという話です」


「れ、恋愛!? なにを言っているんだ。私は教皇だぞ。神に身を捧げているのだ。恋愛など、そんな俗世の感情とは無縁だ!」


「今は教皇としてのお立場ではなく、一人の女としてお答えください。エリオット様に想いを伝えるなら今しかチャンスはありませんよ? 精霊が許しているんです。洗いざらい喋ってもバチは当たりませんよ」


「こら、ニーニャ! いくらなんでも不敬だよ!」


 俺はさすがに説教する必要があると思って、メイドを怒鳴りつけた。

 ところが。


「その……あれだ。好きか嫌いかで言えば……好きだが……」


「なるほど。どちらかと言えば好きという程度の好き、と。これを逃せば二度とないかもしれないチャンスでそう仰るなら、それが教皇猊下の本心なのでしょう。よかったですね、エリオット様。一応は好意を持たれているようです」


「ま、待て! それは違うぞ!」


「お嫌いなのですか?」


「逆だ! 好きだ、大好きだ! 魔物討伐のときに駆けつけてくれたときから好きだ! 本当に勝てるのかと不安だったところにオリハルコンの剣を百本献上してくれて、泣きたいくらい嬉しかった! そこらの神官や王と違って、ちゃんと敬ってくれてるのも分かる。そのくせ堅苦しくないから話していて気が休まるんだ。あと、女の子みたいに可愛いのが最高すぎる! 別に女性が特別好きというわけでもないのに、女の子みたいに可愛いエリオットを見て最高と思うのは妙な話なんだけど、とにかくキュンキュンしちゃったんだから仕方ない! って言うか、こうしてマジマジと見るとマジ可愛くてヤバくないか!?」


 と、教皇は興奮気味に一気にまくし立ててから、俺たちの視線に気づいて硬直した。


「私はなにを言ってるんだ! 今のは……忘れてくれ!」


「無理でございます。インパクトが強くて忘れられるものではありません」


 ニーニャは冷静に言う。


「えっと……うん。忘れるのはちょっと難しそうです。けれど……好意を持っていただけて光栄です」


 俺は無難に答えておいた。


「ぬふふ。そう恥ずかしがることはなかろう」


「うぅ……本当に言ってしまった……しかし告白しておいてなんだが、私は教皇。誰かと結ばれることはない。レオンハート伯爵が私の想いを知っているというだけで、私は救われる。ニーニャとやら。そなたのおかげで思い切って想いを告げることができた。ありがとう」


「礼には及びません。まだ話は終わっていませんしね。で、ぶっちゃけエリオット様とえっちしたいんでしょう? いい機会なので、ここでしちゃいましょう」


「っ!? そ、それだけは駄目だ! だいだいレオンハート伯爵は十歳だ。そんな、えっちがどうとか、聞かせるのも駄目だろう!」


「そんなことはありません。こちらをご覧ください」


「な、なんだ? メガネから光が出て……レオンハート伯爵とそなたらが……え、えっちなことしてるぅぅぅ!? しかもメイド服着てるし! なんなんだぁっ!?」


「これは録画メガネというエリオット様が作ったアイテムでして――」


「メガネの説明を求めているのではない! こ、これは実際に起きたことなのか……」


「はい。日常的な光景でございます」


「くふふ。我らは毎晩楽しんでおるのじゃ。精霊である我が楽しんでいるのじゃから、教皇とて止める権利はないぞ?」


「いや、でも、これは……エリオットの顔があんなに涙でぐちょぐちょになって可哀想……でも可愛い……駄目……えっちなのは駄目……けしからん……でも羨ましい……ああ、違う、羨ましくなんて……ああ……羨まけしからん……」


 教皇は手で顔を覆っているが、指の隙間からしっかりと映像を見ている。

 俺はもう弁明する気も、ツッコミを入れる気も起きない。


「認めてください。羨ましいのですね? エリオット様とえっちしたいのですね? 嘘をついてはいけませんよ。精霊の御前です」


「っ! 羨ましいし……えっちしたい……」


 精霊の御前と聞いて、教皇は小声で認めた。

 認めないで欲しかった……。


「では、みんなで一緒にえっちしましょう」


「~~っ! だから、それだけは駄目なんだ! 教皇として、そこだけは譲れない!」


「ですが、ぐしゃぐしゃのぐちょぐちょになったエリオット様を生で見たいとは思いませんか?」


「見たい! けど、けど……!」


「分かりました。では、こうしましょう。私とラドニーラでエリオット様を犯しまくるので、猊下はそれを見ていてください」


「おお! それはいい考えだ! ニーニャ、そなたは頼りになるなぁ!」


 え!?

 教皇の倫理観まで壊れてしまったぞ!

 や、やめてぇぇぇ!


「どうですか、猊下。犯されまくってドロドロになったエリオット様の表情は? これを生で見ても我慢できるのですか?」


「が、我慢なんてできない……私もエリオットのおちんちん挿れたい! でも、駄目なんだ!」


「いいことを思いつきました。お尻でするのです。それならば純潔を捨てたことにはならないのでは?」


 なるだろっ!?


「そ、そうなのだろうか……!」


「うむ。精霊の名において許す。教皇もエリオットとまぐわえ」


「精霊がそう仰るのであれば! エリオット……エリオット! エリオット、エリオットエリオット、エリオット!」


 うわあああああっ!

 せっかく作った教会が穢れるぅぅぅぅ!


 次の日。

 俺は穢れた教会で戴冠した。

 俺に王冠を被せてくれた教皇は、やたらと肌がツヤツヤしていた。

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