第34話 魔物の咆哮みたいなの
「わ、わああああっ!」
俺はわけが分からなくなって逃げ出した。
スカートだから走りにくい。
このままじゃ追いつかれる。
いや、誰も追いかけては来ないか……。
けれど、周りの人に見られてる! どこにいっても人がいる! パニックで中央に来てしまった! 発展したのはいいことだけど、町中だと視線だらけだ!
「エリオット様、こっちですわ!」
声がした方向を見ると、見知った女性がいた。
「ケイシーさん!? なぜここに」
「いいから! こっちは誰もいませんわよ!」
俺はワラにもすがる思いでケイシーのところに走った。
そこは家と家の隙間。
路地裏とさえ言えないような、日の当たらない通路。
「ふぅ……確かにここなら誰もいないや……助かりました、ケイシーさん。今日はどんなご用でここへ?」
「アップルヤード商会は郵便事業もしていまして。教皇国から手紙を預かったので、わたくしが直接持ってきたのですわ」
「教皇国からですか」
封筒を受け取る。
蝋印が押されたオシャレなやつだ。こっちの世界に来てから何度も見たけど、何度見ても格好いい。
「……そうか。やっぱり氷魔の地は、アルカンシア王国に含まれないのか」
教皇は俺の訴えを聞いて、部下たちに調べさせてくれた。
その結果が送られてきたのだ。
氷魔の地を実質的に支配しているのが俺であり、それを継続していくに相応しい実力があるのを認める、ということも書いてある。
そして戴冠の儀式のために、教皇猊下が自らここへ来るらしい。
戴冠。
神から王冠を授かる儀式。
つまり俺はアストラリス教から、王であると認められるのだ。氷魔の地と呼ばれたこの場所は、レオンハート王国になる。
魔物討伐が終わったとき、教皇が大勢の前で匂わしたのだ。
ほとんど内定していたようなものだけど、こうして手紙という形になると、改めて実感が湧いてくる。
「教皇猊下が、俺の領地に来てくれるのか……!」
普通は俺のほうから教皇国に出向くものだ。
しかし、こんな田舎に教皇が自ら来てくれる。
それだけ俺のことを評価してくれているってことだから純粋に嬉しい。
そして周りに対する、俺と教皇の繋がりをアピールになる。
新参の王だからと舐められる度合が少しは減るだろう。
「それにしてもエリオット様……そのお姿、ちょっと可愛らしすぎませんこと?」
「え」
教皇の手紙のせいで忘れてた。
俺は今、メイド服だった!
「こ、これはその! 伯爵自らが露店の店員をしているのは問題があるかもと思って、正体を隠すために変装をしてですね! 決して趣味では!」
「察しておりますわ。おおかた、ニーニャさんが用意したメイド服なのでしょう?」
「ええ、その通りです……ニーニャとラドニーラが無理矢理……」
よかった。
俺が好んで女装していると誤解されずに済んだ。
「けれど最初は無理矢理でも、メイド姿の自分を見て、ドキッとしたのではありませんか?」
「そ、そんなことありません……!」
「そんなに目を泳がせたら説得力が皆無ですわよ。第一、こんなに可愛らしくなった自分を見て、なんとも思わないわけがないでしょう」
「えっと……ほんの少しだけドキッとしました……」
「あらあら。女装した自分にドキドキするなんて、エリオットさんは悪い子ですわね」
「ちょ、ちょっと、ケイシーさん、近いです。耳に息が……」
「うふふ。悪い子にはお仕置きしませんと。大声で助けを呼んでも構いませんよ? そうしたら女装した姿を大勢に見られてしまいますわ。『レオンハート伯爵は女装趣味がある』と教皇猊下が耳にしたら、戴冠の件はなくなってしまうかもしれませんね」
「っ! 卑怯ですよ、ケイシーさん!」
「なんとでも仰ってください。自分でも分かっていますわ。けれど……エリオット様を独占するチャンスはこれを逃したらいつあるか分かりませんわ!」
「や、やめて……っ」
泣き叫びそうになる。
けれど人が集まらないよう、両手で口を押さえて、必死に我慢した。
「ふぅ……堪能しましたわ……けれどエリオット様のぐちゃぐちゃになった泣き顔を見ていたら、またムラムラしてきましたわ! せめてもう一回戦……!」
「そこまでです、ケイシー様」
「ぬふふ。エリオットよ、随分とトロけた顔をしておるのぅ」
ニーニャとラドニーラが屋根から降りてきた。
助けに来てくれたんだね!
「ケイシー様がエリオット様にした行為は、全て録画させていただきました。言い逃れはできませんよ」
そう言ってニーニャは、録画メガネからホログラム映像を投影した。
「な! そんな便利なアイテムがあるなんて……それが量産されたら世界が変わりますわよ!」
「今は世界の前にご自分の心配をしては如何ですか? この動画はあなたのみならず、アップルヤード商会の致命傷になりかねませんよ」
「くぅ……ですが! 行為の最初から見ていたなら、助けに入ればよかったではありませんか! まさか……わたくしを脅すために敢えて泳がせたのですか!?」
「は? たんにケイシー様にぐちゃぐちゃに犯されて泣いているエリオット様が可愛すぎて見とれていただけですが?」
「主人に対する裏切りではありませんの!?」
そうだ、そうだ!
「仮にそうだとしても、ケイシー様の罪が軽くなるわけではありませんよ。論点をズラしてはいけません」
「ですが……わたくしは悪くありませんわ! エリオット様が可愛らしすぎるのが悪いのですわ! 少し前まで純潔を守っていたのに……エリオット様のせいでこんな体になってしまったのです!」
「同意いたします。が、それはそれ。これはこれ」
「わ、わたくしをどうするつもりですの……?」
「犯します」
「え!?」
「メイド服のエリオット様と最初にえっちした罰です。私が最初にしたかったのに。とても悔しいです。この悔しさをケイシーさんにぶつけます。これでもかというほど犯します」
「以前から思っていましたが、あなたの性欲どうなっていますのっ?」
「さっきまでエリオット様をいじめていた人の台詞とは思えませんね」
どっちもどっちだ。
でも、これはチャンス。二人が言い争っている隙に逃げよう。
「エリオット様、どこに行くのですか? 私がムラムラしている原因はエリオット様にもあるのですから、ケイシーさんに押しつけてはいけません」
ニーニャに肩を掴まれた。
もうダメだ。
透明になっても見つけてくる相手から逃げる方法なんて……ない!
「ラドニーラも逃げないでください」
「え!? 我は関係ないじゃろ……? 今のニーニャはなんだかいつもよりヤバそうなので、遠慮させてもらうのじゃぁ……」
「そう言わずに。居合わせたのも縁です。確かに、今の私はいつも以上にムラムラしています。その全てをエリオット様とケイシー様に注いだら、壊れてしまうかもしれません。ラドニーラは精霊にしてドラゴンなので頑丈でしょう?」
「いや! 我、不死属性とかではないので! ああ、嫌じゃ嫌じゃぁぁっ!」
後日聞いた話だけど。
どこからか魔物の咆哮みたいなのが聞こえると領民や商人たちが怯えていたらしい。
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