第33話 メイド服が商売の鍵?

 俺の領地で採取した鉄やオリハルコンは、アップルヤード商会が買い取ってる。


 それ以外にも、魔物の肉が大量に採れるので、名産品にできそうだ。

 普通なら魔物の肉は毒なんだけど、俺が作った調理器具を使えば食べられる。


 世界中を探しても、食用の魔物肉が手に入るのはレオンハート伯爵領だけ!

 多分ね!


 それと魔物の皮を使って、服とか靴とか作って売っている人もいた。

 アップルヤード商会が工場とか店を作ってくれたおかげで、村に貨幣が流通し、物の売買が当たり前になったのだ。

 ちょっと前までは、食料は狩猟に頼りきり。物々交換だけが物流の全てだったのを考えると、本当にめざましい発展だ。


 魔物商品もアップルヤード商会に売ろうかな?

 けど、一つの組織に物流を依存するのは危うい。

 かといって、ほかの大商会を呼び込んだら、ケイシーに対する裏切りになる。

 その辺の行商人が買い付けに来て、町が賑わうのが理想なんだけど。


 と、思っていたら、なんか見知らぬ馬車が増えてきた。

 砂糖とか絵の具とかこの町では生産していない雑貨を売り、代わりに、魔物の干肉とか魔物革のバッグとか買い込んで、空になった馬車に積んでいる。


「……行商人?」


「そのようです」とニーニャが答える。


「人の往来が活発になるのは嬉しいんだけど。どうして急に? 俺、宣伝とかしてないよ。ケイシーがやったのかな?」


「いえ。とある冒険者から広まった口コミで集まってきたようです」


「とある冒険者……ああ、あの人!」


 冒険者になりたいと、ここを旅だった人がいた。ソープランドが大好きだから必ず帰ってくると言っていた、あの人だ。

 随分とここの宣伝をしてくれているらしいから、それがきっかけで人が来てくれたらいいなぁくらいに思っていたけど。まさか行商人が大挙して押しかけるとは思わなかった。


「あの人を勝手に広報大使と呼ぼう」


「なるほど。丁度いいネーミングだと思います。ですがこの賑わいは広報大使の力だけではありません。やはりエリオット様の影響が大きいようです」


「え? 俺はなにもしてないってば」


「いいえ。行商人たちは『魔物討伐で大活躍したレオンハート伯爵のオリハルコン武器はどこにいけば売ってるんだ』と騒いでいます」


「あー……」


「私が王都に赴いたときにも感じましたが、エリオット様はあちこちで話題になっていました。ですが、レオンハート伯爵領はできたばかりなので、どこにあるのか誰も知りません。そこに広報大使が現れ、レオンハート伯爵領は氷魔の地にあり、いまや立派な町になったと。そこで産出したオリハルコン製の武器は実在すると。そう語ったことでご覧の有様になったわけです」


「なるほどなぁ。行商人たちの本当の目当ては、オリハルコンか」


 オリハルコンの剣があるという噂を聞いたら、半信半疑でも動いてしまう気持ちは分かる。

 俺も前世のゲームで、結局、オリハルコン装備を入手できなかった。

 ゲームでも、この世界でも、超レアアイテムなのだ。

 買えるなら俺が商人でも買うね。売ってあげないけど!


 しかし、全くなにも売らないってのはガッカリさせちゃうな。

 オリハルコン製の武器防具を流通させたら、治安がどうなるか分からない。

 けど、それ以外のオリハルコン製品なら、売ってもいいんじゃないかな?


 実は前から、オリハルコンの万年筆とか懐中時計とか試作してたんだ。

 露店を出して、それらを大放出したら盛り上がるに違いない。

 俺は屋敷の物置に向かう。


「なんじゃ? 慌てた様子で帰ってきて。魔物の群れでも出たのか?」


 ソファーでダラダラしていたラドニーラが話しかけてきた。

 俺が事情を説明すると、いい暇つぶしを見つけたという様子で微笑んだ。


「露店を出すのはいいが、レオンハート伯爵自ら売り子していますというのは、防犯上の問題があるのではないか? とはいえ、我は金勘定に自信がないし、ニーニャは無愛想じゃから客が萎縮する」


「失敬な」


「そこで、エリオットが変装するというのはどうじゃろう? 貴族に見えぬ姿をすれば、悪人が寄ってきたりもせんじゃろう」


「なるほど。確かに俺は魔物討伐の一件で目立ったから、恨みも多く買ってるかもしれない。父上を筆頭にね。けれど、変装ってどんな恰好をしたらいいんだろう? 今だって別に、貴族アピールしてるつもりはないけど」


「ぬふふ。貴族の真逆の服装というものがあるじゃろ。ニーニャよ。お主、前にいいもの作っていたじゃろ? あれを今こそ活用すべきじゃ」


「ナイスなアイデアです、ラドニーラ。それを自分で思いつけなかったのが悔しいです」


 二人はなにやら通じ合っているけど、俺にはなんのことか分からない。

 って、なんだ!

 ニーニャがメイド服を持ってきたぞ? すでに着てるのになぜもう一着?

 そしてどうして俺を脱がせようとする!


「抵抗しないでください」


「大人しくするのじゃ。くふふ」


 二人がかりでこられたら、どんなに抵抗しても抗えない。

 俺はあっという間にメイド姿にされてしまった。


「なんでサイズが俺にピッタリなのさ!」


「エリオット様用に作ったメイド服なので」


「俺用のメイド服を作る理由が分からないんだけど!」


「は? そんなの『エリオット様って絶対にメイド服着せたら可愛いよなぁ、ぐへへ』とか妄想していたら、いつの間にか実際に作っていたからに決まってるじゃないですか」


 分かるか!


「分かるのじゃぁ」


 分かるんだ!?


「うぅ……スカートって初めてはいたけど、なんか頼りない……」


「すぐ慣れますよ。ロングスカートですからマシでしょう。それともパンツが見えそうなミニスカートがお好みですか?」


「やだよ! これでいいよ!」


「不慣れなスカートを抑えてモジモジするエリオット様……はぁはぁ……撮影しなければ」


 ニーニャは録画メガネを装着した。

 そういえば、返してもらってなかった。

 取り戻したいけど、俺如きの運動能力では何時間やっても無理だ……。


「エリオットよ。そう絶望するな。本当に可愛いぞ。ほれ、鏡の前に立ってみるのじゃ。自分の姿にキュンってするがいい」


「そんなわけないでしょ……え、これが俺……?」


 キュン……。

 あれ、俺ってかなり可愛い……?


「むふふ。見とれておるのじゃぁ」


「ち、違うよ!」


「ああ……自分のメイド姿にうっとりするエリオット様……眼福でございます!」


「くっ……男にメイド服着せてそんなに楽しいの!?」


「は? 男にメイド服を着せるのが楽しいのではなく、エリオット様にメイド服を着せるのが楽しいのですが?」


「うむ。次は我と一緒にゴスロリを着るのじゃぁ」


「それはよい考え。さすがはラドニーラです」


 二人して凄く盛り上がってる。

 こんなに喜んでくれるなら仕方ない。

 あくまで二人のためにメイド服を着るんだ!

 癖になりそうだなんてことは絶対にないぞ!


 メイド姿のまま屋敷の外に出る……ドキドキ!

 大丈夫だ。

 ジロジロ見られたりしていない。

 でも、あんまり人が多いところは嫌だ……この辺にしよう。


「エリオット様。こんな辺鄙な場所では、行商人たちに見つけてもらえないのでは?」


「い、いいの! レアアイテムを売る店は、分かりにくい場所にあるものなの!」


「つまりメイド姿を大勢に見られるのが恥ずかしいのですね。お可愛らしい」


 俺はニーニャの言葉を無視して、クラフト能力で屋台を作り、そこにオリハルコン商品を並べる。

 なかなか買い物客が来ない。というか、通りかかる人もいない。

 当然だ。いくら人が増えたからって、東京みたいな大都会とは違う。こんな町の外れで露店を開いたからって、物が売れるわけがない。

 この姿を見られずに済む……いやいや、客に物を売るために店を開いたんだ。誰も来ないのは困る。でも今の姿を見られるのも困る……。


「もどかしい奴め。そんなに可愛くなったんじゃから、開き直って大勢に見せつけてやればいいのじゃ。我、ちょっと呼び込みしてくるのじゃぁ!」


「ま、待って!」


 俺が止めるのも聞かずにラドニーラは走り去っていく。

 マズい。

 あんな明るくて綺麗な少女が呼び込みしたら、沢山集まるに決まってる!


「こんなところにオリハルコン製のものが売ってるって? 商人は鑑定スキルの使い手が多いんだぜ。俺もその一人だ。嘘だったらすぐに分かる……なっ、マジでオリハルコン!? 全部売ってくれ……いや、そんな金はない……」


「お一人様一つまでです。ちなみに価格は一律、こちらにになっております」


 俺は開き直って堂々と接客した。


「全部同じ値段か……くぅ、俺の財力じゃ、どのみち一つしか買えねぇ。だがオリハルコン製と考えれば安すぎる。ほかの町に全部持っていけば、ちょっとした城を建てられる金額になるぜ。あんたら美人三人並んで、なんでこんな場所でオリハルコンを売ってるんだ……?」


「ご想像にお任せします」


「ま、まるで想像できねぇ……」


 その商人は散々迷ってから、猫の置物を選んだ。


「なんに使うのか分からないが、これが一番大きい。猫の顔とポーズが気に入った」


「それは招き猫と言います。商売繁盛のお守りです」


「へえ、そいつはいい。どっかの金持ちに売り飛ばすまでは、俺の商売を繁盛させてくれよ」


 商人は金貨をジャラリと置いてから、満足そうに招き猫を抱えて去って行った。

 しばらくすると二人目の商人がやってきた。


「ここでオリハルコン製のものが売っていると聞いて来たのだが……本当に売ってるぅぅぅぅっ!」


 そして口コミで広まって、次々と商人が押し寄せてくる。

 ネクタイピンとか食器みたいな実用性があるものから、動物をかたどった置きもの、漬物石など、色々な品を何十個も用意したのに、完売は目前だ。


「なんど鑑定してもオリハルコンだ……あの三人組、本当に何者なんだ……?」


「もの凄く可愛いしな。特にあのボーイッシュなメイドが可愛い……」


 商人たちがなんか言ってる。


「あのメイドは俺たちの領主様だぜ!」


 領民もなんか言ってる!?

 くそ。ここまで騒ぎが大きくなると領民が野次馬に来て当然だ。分かっていたけど、どうにもできなかった。

 メイド服姿を見られてしまった!


「あ、あれがレオンハート伯爵! 聞いていたとおり若い……にしても、なぜメイド服を……?」


「さあ。でも似合ってるからオッケーだろ?」


「ああ、確かに似合っている!」


「レオンハート伯爵かわいいよっ!」


「世界で一番かわいい!」


「うおおおっ、俺たちの領主様は最高だぜ!」


 なんだこれ。なんだこれ。

 どういう状況なんだ……恥ずかしすぎる!

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