第29話 父上、教皇を激怒させる

 当たり前の話だけど、大きいというのは強い。

 ドラゴン形態のラドニーラは、ノシノシ歩くだけで魔物を次々と踏み潰している。

 たまにドラゴンブレスを吐けば、広範囲が抉れる。

 俺は彼女に一対一で勝ったけど、同じ勢いで敵を減らせる気がしない。


 そしてより一層ヤバイのがニーニャだ。

 ただ一振りの剣でラドニーラと同等の殲滅力を発揮している。

 俺でも視認するのがやっとの速度で稲妻のように戦場を走り抜け、バッサバッサと斬りまくっている。


「まさに赤子の手を捻るって感じだね」


「なにを仰います。赤ちゃんの手を捻るなんて、そんな残酷なことできませんよ」


 ニーニャは俺の独り言に答えつつ、また高速で走り抜けて魔物を両断していく。

 確かに、赤子の手を捻ろって言われてもできないな……。


「レオンハート! レオンハート! レオンハート!」


 兵士たちは俺の苗字を叫びながら、ラドニーラとニーニャに続いて進軍していく。

 教皇に俺の名を売るためにここに来たのだ。アピールは大成功といえる。けれど……照れくさいなぁ。


 そんな感じで俺たちは魔物の群れを蹴散らしながら、その発生源である黒い沼まで辿り着いた。

 その名の通り、真っ黒な液体が地面に広がっている。底から魔物が顔を出して上陸してくる。

 こいつを浄化すれば、とりあえず作戦成功だ。

 魔物が急激に増えるのが止まり、あとは残党狩りするだけである。


「レオンハート伯爵。こんなにも早く黒い沼に辿り着けたのは、そなたのおかげだ。あとは我らに任せてくれ」


 教皇はそう言って沼の前に立つ。それに続いて十人の神官が並んだ。

 全員で一斉に魔力を放った。

 言うまでもなく全員が浄化のスペシャリストだろう。

 あっという間に黒い沼は消えて……いや、随分と時間がかかるな?


「くっ……教皇猊下。この沼、我らが今まで相手にしてきたものとは段違いに手強いですぞ!」


「弱音を吐くな! 私たちが浄化できなければ、兵士たちの奮闘が無駄になる!」


 教皇は毅然と浄化魔法を続ける。

 しかし旗色が悪そうだな。

 手伝いたいけど浄化魔法なんて知らない。

 ……けれど浄化する装置なら作れるかも。


 前世でプレイしたゲームには、瘴気を浄化する装置があった。

 この沼はゲームの瘴気とは違うけど、呪い的な悪影響を周りに及ぼすという意味では同じ。

 領地にロードヒーティングを設置したときと同じように分析して、ちょっと装置を改良すれば、浄化できるかも?


「クラフト!」


 完成した装置を黒い沼に放り込む。

 装置と教皇たちの魔力が相互作用を起こし、黒い沼に光を広げていく。


「レオンハート伯爵がなんかしたらいい感じになったぞ!?」

「なにが起きてるんだ!?」

「なんだか知らないけどレオンハート伯爵がしたことなら安心だろう!」

「いくらなんでも短絡的じゃないか?」

「でも黒い沼が真っ白になったぞ!?」

「そして白い光が晴れたら……普通の地面になったぁ!」

「うおおおおっ! あとは魔物の残党を倒すだけだぁぁぁ!」


 こうなれば、もう俺たちが手を出す必要はないだろう。

 聖騎士だけでなく、各国から派遣されてきた兵士たちが、周りの魔物をどんどん減らしていく。

 すでに遠く離れた場所に移動した魔物もいるけど、これ以上は急激に増えないはずだから、各所で対応できるだろう。


「レオンハート伯爵。そなたには本当に……本当に助けられた。もしそなたがいなければ、我らは黒い沼をいつまでも浄化することができず、被害がどこまで広がっていたか想像もできぬ。エリオット・レオンハート。そなたは英雄だ」


 黒い沼が消えたあと、教皇が俺の前に来て、そう言ってくれた。


「猊下! あなたはアストラリス教の指導者。神の代弁者なのですぞ。たかが一国の伯爵如きに、そのような言葉を軽々しく送るのは感心できません」


 神官の一人がそう苦言を呈した。

 すると、よしきたという感じで父上が現れた。

 それにしても、虫みたいに湧いてくる人だな……。


「ワシも同感です! エリオットはそう大した奴ではありませんぞ!」


 教皇は最初、神官に視線を送っていた。が、怒りが全て父上に向かってしまう。


「黙れゲス! 息子の足を引っ張る暇があったら、自国の兵士たちにもっとマシな統率をとらせることを考えろ!」


 一喝された父上は、怒りで顔を真っ赤にし、拳を握りしめた。しかし教皇に言い返す度胸はないらしく、大人しく下がっていく。

 ついでに神官も、自分が怒鳴られたわけでもないのに、教皇の剣幕に驚いて黙ってしまう。


「レオンハート伯爵。そなたには勲章をやらねばならんな。最高位の大十字勲章となるだろうが、それでもそなたの功績に対する礼としてはまるで足りない。なにか欲しいものはないか?」


「では、お言葉に甘えて。調べて欲しいことがあります」


「ほう。そなたほどの男が、如何なる情報を欲するのか、実に興味深いぞ。申してみよ」


「まず、レオンハート伯爵家の領地は『氷魔の地』です」


 俺がそう語ると、周りで聞き耳を立てていた者たちがザワついた。

 氷魔の地が過酷な場所なのは国外にも知れ渡っている。具体的にどういう環境なのか知らなくても、行きたくない場所の代名詞になっている。

 親が子供を叱るとき「悪い子にしてると氷魔の地に連れて行かれちゃうよ」と言う光景がどこの国でもよく見られるとか。


「……ただ子供を追放するだけにとどまらず、人の住めぬ場所に送り込むとは。愚かという言葉では足りぬな。愚劣だ。おっと……そなたの父親を悪口を言ってしまった。済まない」


「いえ。ご自由にどうぞ」


「それにしても、氷魔の地に飛ばされたのにオリハルコンの剣を百本も作るとは……その幼さで……尊敬さえ感じるぞ」


「ありがとうございます。それで調べて欲しいことなのですが……アルカンシア家が過去にアストラリス神から地上代行権を授かり、王家となったのは紛れもない事実。よってアルカンシア王国の正当性に、疑問の余地はありません。ですが神から授かった土地に、氷魔の地が含まれているのか。ここをハッキリさせたいのです。俺が思うに、あそこは地上の王のものではなく、いまだ天上の神のものです。だとすれば俺は、神の土地を勝手に開拓した罪人になってしまいます。過去の罪を償うとともに、これ以上の罪を重ねずに済むようにしたいのです」


 俺の言葉を聞いて、ほとんどの人たちはポカンとした様子だ。

 父上など一番の間抜け面を晒している。

 けれど教皇だけは意図をくみ取ってくれたらしく、愉快そうに笑みを浮かべた。

 よかった。印象通り、聡明な人のようだ。


「なるほど、なるほど。仮にそなたが言うように氷魔の地が神のものであっても、罪は気にかけるな。今回の功績で、十分すぎるほど清算できている。それよりも未来の話を考えよう。ここ百年以上、王家は生まれていないが……私は久しぶりに、新たな王家の誕生に立ち合う教皇になるかもしれないな」


 と、教皇がここまで言えば、愚か者でも意味が分かるらしい。

 父上がまた血相を変えて話に割り込んできた。


「猊下! 氷魔の地は、疑う余地なくアルカンシア王国の領土です! 何百年もそうだったのですから! まして、あの地に新しく王国を作る? エリオットを王にする? あり得ぬことです!」


「あり得ぬだと!? なぜ貴様のようなゲスに意見されねばならないのだ! 一体いつ私が貴様に発言を許したのだ!? 誰かこいつをこの場から連れて行け!」


 聖騎士が両脇から父上を担ぎ上げ、どこか遠くへ連行していく。

 迷い込んだ野良犬が追い出されるみたいな姿だけど、あれでも国王なんだよなぁ。


 それにしても教皇がこの場で『新たな王家』に言及してくれたのは助かる。

 なにせ魔物討伐のために、各国の王や貴族が大勢集まっているのだ。

 彼らは教皇の言葉を聞いた。

 教皇の言葉に異を唱えるなど普通はしない。

 もし俺が本当に王になったとしたら、ここにいる人たちが、その正当性を保証してくれる。


 連れ去られていったどっかの国の王だけは、なにかしてきそうな気がするけど。

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