第26話 魔物討伐作戦開始

 教皇国が主導する魔物討伐作戦は、すでに初期段階が始まっていた。


 そもそも、なぜこの寒い冬の時期を選んで魔物討伐をしているのかといえば、教皇国の辺境に、黒い沼が出現したからだ。

 黒い沼。

 それは魔物を生み出す自然現象だ。

 魔物はほかの動物と同じように繁殖によって増える。よほどのことがない限り、その増え方は予測から大きく外れたりしない。

 が、黒い沼があると、魔物ではない生物まで魔物になってしまう。放っておけば爆発的に増殖し、支配域を広げ、人の住む町を荒野に変えてしまう。

 そうなる前に止めなければ、被害は教皇国だけでは済まない。


 各国の王や領主たちは、教皇国の心証をよくするために兵力を可能な限り派遣する。兵士を戦わせるには食料も必要だから、それを提供してポイントを稼ぐ者もいた。


 教皇国が誇る聖騎士団に加え、周辺諸国から馳せ参じた兵士たち。その混成の討伐隊が、黒い沼に向けて、魔物を倒しながら少しずつ進撃している。

 混合部隊の中に、アルカンシア王国の国旗が沢山立っているのを見つけた。どうやら父上も、張り切って兵力を送り込んだらしい。


「あれが黒い沼から出てきた魔物の群れですか……果たして何匹いるのでしょう? 黒い塊にしか見えません」


「少なくとも一万匹はいるだろうね」


「討伐隊の奴ら、思いっきり押されているのぅ」


 丘の上から戦局がよく見える。

 魔物と戦っている兵士たちには気の毒だけど、ピンチのときに助けに入ったほうが感謝される。

 助太刀するにはいいタイミングだ。


 とはいえ俺たちの馬車には、教皇に献上するために持ってきたアレを積んでいる。

 ここに残していくわけにいかない。


「アピールのためならば、ドラゴン形態のラドニーラを出すのがよろしいでしょう。留守番は私が致します」


「いいの? ニーニャも戦いたいんじゃないの?」


「戦いたいですが我慢します。その埋め合わせは今晩お願いしますね」


「……お、お手柔らかに」


 今から怖い……でもラドニーラを戦わせたいし、留守番は必要だし……覚悟を決めよう。


「ぬふふ。では我の新しい変身魔法を見せてやろう! てやっ!」


 今までは服を着たままドラゴンに変身すると、服がビリビリ破けてしまっていた。

 ところが服も光の粒子に包まれ、変身魔法に飲み込まれていく。


「どうじゃ! これで人間の姿に戻ると、ちゃんと服も元に戻るのじゃ。凄いじゃろ!」


 ドラゴンになったラドニーラは誇らしげに語る。


「本当に凄いや。魔物の群れを一掃してから兵士たちの前で人間に戻れば、きっと盛り上がるよ」


「おお、それはナイスなアイデアじゃ。我、美少女ドラゴンとして人気者になってしまうのか?」


「うん、人気出るよ!」


「ぬふふ、やる気倍増じゃ。行くぞ、エリオット! 我の背中に乗れ!」


        △


 アルカンシア王国の国王ウォルトは恐怖していた。

 これまでも何度か魔物との戦いは経験した。

 自分一人で魔物を仕留めたことだってある。

 教皇の前でいい恰好をして、他国の王たちに差を見せつけてやるチャンスだと思った。


 魔物の牙の餌食になりかける教皇。

 そこに颯爽と現れてお助けする自分。

 沸き立つ兵士たち。

 嫉妬する他国の王。

 絶体絶命だった全軍が、自分の戦う姿を見て士気を取り戻して、反撃が始まる。

 そんな想像は何度もしていたが――。


 まさか視界全てが魔物で埋まるほどの戦場だなんて想像していなかった。

 なぜ兵士たちは押し込まれてるのか。

 魔物を斬りまくってアルカンシア王国軍の強さを知らしめるのが仕事なのに。

 このままでは無様を晒しに来ただけだ。

 それどころか全軍崩壊という可能性もあるのでは?

 教皇を守れず死なせてしまうのでは?

 戦況が分からない。悲鳴しか聞こえない。あんなに色とりどりの軍旗が立っていたのに、次々と倒れていく。

 まさか自分も死ぬのか……?

 ここで魔物に殺されるのか……?


「ひぃぃぃぃ、いやだぁぁぁぁっ! ワシは帰るぅぅぅぅぅっ!」


 ウォルトは恐怖の余り悲鳴を上げた。失禁もした。

 そのときである。

 空中からオレンジ色の炎が降り注ぎ、目の前の魔物どもを蹂躙した。


「ドラゴンだ! ドラゴンまで出てきた……もう駄目だ!」


「いや、待て。あのドラゴン、魔物しか攻撃してないぞ?」


「ドラゴンの背中に子供が乗ってる! まさかあの子がドラゴンを操ってるのか?」


 ウォルトも見上げた。

 ドラゴンの背にいる子供に見覚えがあった。


「エリオット、だと……!」


 追放した長男が、全軍の声援を浴びながらドラゴンを操っている。

 嘘だと思いたいが、現実だった。

 ブレスで魔物の群れに穴を空けたあと、ドラゴンは地上に降りてくる。

 そして足と尻尾を使い、凄まじい速度で敵の数を減らしていく。

 更にエリオットも剣を抜き、魔物に飛びかかった。その剣技は、巨大な竜巻を連想させるほどの勢いだった。


「いける……これならいけるぞ! あのドラゴンと少年に続けぇぇっ!」


 兵士たちの悲鳴が、気合いの雄叫びに変わった。

 そして反撃が始まる。

 なぜだ。

 先陣を切って戦うのは自分のはずだ。

 どうしてその役目をエリオットがやっているのだ!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る