第25話 国境線は曖昧

 二十一世紀の地球では、国境線というものがハッキリしていた。

 しかし、これは近代的な概念であり、中世の頃は線を引けるほど国境が明確ではなかったらしい。


 そして、こちらの世界においても、国境事情は地球の中世並だ。

 あの川の手前までが自分の国、とか。山を越えるとあっちの国、とか。そういう曖昧な認識で生活している。

 だから、どこの国の領土なのか曖昧な場所で金鉱山とか見つかると、小難しい交渉が始まるわけだ。


 あまり交渉が長引くと、最悪、戦争になりかねない。だから教皇国が調停に乗り出したりする。

 教皇。それはこの世界最大の宗教であるアストラリス教の代表であり、教皇が君臨する国を教皇国と呼ぶ。

 地球にも似たような国があったが、あれはローマ市にすっぽり収まる小さなものだった。

 こちらの世界の教皇国は、そこらの王国に負けない規模を持つ。

 そして有する権力は、王国を凌駕する。


 なにせアストラリス教における王とは、神の代わりに地上を統治する者のこと。

 王とは、神の地上代行者に過ぎない。

 教皇が破門と言えば、その王は神の代行者ではなくなり、神から与えられた統治権を失ってしまう。そうなれば、周りの国から侵略され、領土をケーキのようにカットされても、訴える先がない。


 逆に、教皇に王と認められた者の領土に攻め入れば、神の敵と認定される。

 そうやって教皇国が睨みを利かせているので、アストラリス教を国教と定めた国同士の戦争は少ない。もちろん皆無ではない。が、年表を見ると大体どこかで戦争している地球に比べたら少ないほうだろう。

 魔物対策に兵力を使うので、戦争している場合ではないという理由も大きいだろうけど。


 とにかく。

 教皇が王と認めた者は王だ。教皇が王の領土と認めた場所は王国となる。

 しかし、この世界の国境線は曖昧だ。衛星写真などないので、国境線をハッキリさせるのは難しい。パソコンがないので書類を整理したり、過去の記録を閲覧するのだって大仕事。


 それらの前置きを踏まえたうえでの話。

 俺の領地である『氷魔の地』がアルカンシア王国の領土なのかというと……実はかなり怪しい。

 大昔の教皇に認めてもらった範囲を、かなり拡大解釈している。

 氷魔の地なんて誰も欲しがらないから、今まで問題にならなかった。

 ところがオリハルコンが出てしまった。

 話が広まれば、周りの国も『あれはこっちの領土だ』と主張するだろう。


 そうなる前に手を打つ。

 教皇国に対して俺の存在をアピールする。

 そして氷魔の地はアルカンシア王国に属さないとハッキリさせ、その上で氷魔の地を実質的に支配しているのが俺だと認めさせる。


「――というのが俺のプランなんだけど、どう思うかな?」


「割と行けるのではないか? アストラリス教ってあれじゃろ? この大地を作ったのはアストラリス神で、その大地から生まれる精霊も神の使いとして崇めとるんじゃろ? ならば精霊である我と友達のエリオットは、リスペクトされるに違いないのじゃ」


 いつも脳天気なラドニーラだけど、俺の長々とした話を理解してくれた。

 賢いぞ。

 いや、見た目が子供でも中身は百歳で、それ相応の知識があるって分かってるけどね。


「難しい話なのに飽きずに聞けて偉いですね」


「こ、こら馬鹿にするな……ああ~~、ニーニャのなでなでが気持ちいいのじゃ~~」


 ニーニャに妹扱いされて顔をトロンとさせる姿が可愛い。長生きしているように見えないな。


「前にケイシーが来たときに教えてもらったんだけど。教皇国が丁度、大規模な魔物討伐を計画しているらしいんだ。なんらかの形で参加しようと思う」


「それは本当に丁度いい話ですね。私とエリオット様とラドニーラの三人で、まあ三百匹も狩れば、教皇も認めるしかないでしょう」


「そんだけ暴れたら認められるだろうね。けれど武勇が認められるだけで、統治者としての資質は評価されないんじゃないかな。それよりもレオンハート伯爵領の生産力をアピールしたい。そのためには――」


 俺は、魔物討伐に向けてなにを用意しようとしているかを語った。


「なるほど。さすがはエリオット様。そこまでやれば、教皇の度肝を抜けると思います」


「賛成してくれてありがとう。でも、俺のスキルを使っても、それだけのものを用意するのに時間がかかるし、すごく疲れる。だから今夜からしばらく……別々に寝よう」


 そう提案するとニーニャは固まった。


「……しばらくというのは……何時間くらいでしょうか?」


「何時間じゃなくて何日って聞いてよ! 時計じゃなくてカレンダーで数える系のしばらくだよ!」


「何日も!? 私にどうしろと言うのですか! 体が火照って爆発するかもしれませんよ!」


「そこはほら……ラドニーラと二人でなんとかしてよ」


「…………分かりました。我慢しましょう」


 ニーニャはそう呟いてから唇を噛みしめた。

 そんな辛い決断なのか。

 とにかく納得してくれてよかった。


「ま、待つのじゃ! すると我が一人でニーニャの相手をするのか? 我に一人でこいつの性欲を受け止めろと!? し、死んでしまうのじゃぁ!」


「そう言わずに。私が我慢するんですから、ラドニーラも我慢してください。では、今から始めましょうか」


「は!? まだ昼を過ぎたばかり……放せ! どういう腕力しとるんじゃ! あああ、エリオット、助けてぇぇぇ!」


 俺は二階の寝室から聞こえてくる悲鳴を聞きながら、作業に没頭する。

 ラドニーラ。君の犠牲は忘れないよ。

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