第23話 国王ウォルト・アルカンシア

「それで、エリオットの様子はどうだった? くたばったか?」


 国王ウォルト・アルカンシアは、執務室にて王女クレア・アルカンシアに報告を促した。


 息子が一族の恥にしかならない固有スキルの持ち主だった。

 本当は殺してしまいたい。

 だが子を殺すというのは許しがたい罪とされていて、万が一にもバレたら国の内外から猛烈な批判を浴びるのは目に見えている。

 そこで過酷な土地へと追放し、勝手に死ぬのを待っていた。


 跡継ぎは、娘のクレアにする。

 クレアは十八歳。

 死んだ母親に似て、かなりの美人。

 しかも固有スキルが『聖女』となれば、臣下たちの人気が集まるのは必然だった。


 ウォルトはクレアに命じて、氷魔の地の様子を探らせた。

 クレアは聡明な娘だ。

 エリオットを氷魔の地に追放した意味を理解しているはず。

 つまり、エリオットはもう死人も同然であり、次期国王はクレアに決定という事実。

 弟の滅びをその目で確認させ、女王になる覚悟を背負ってもらおうと思っていた。

 ところがクレアの報告は、ウォルトの期待していた内容とはほど遠かった。


「いいえ、その真逆ですよ、父上。私が送った密偵いわく、エリオットは素晴らしい才能を発揮して、あの氷魔の地を見事に発展させているようです」


「な、に?」


 意味が分からなかった。

 歴代の国王が何度か、あの土地に手を付けようとしてきた。だが成功した例はない。

 人間が生存できるような場所ではないのだ。

 なのに十歳の子供が発展させているだと?


「どうして意外そうな顔をしているのですか父上? エリオットならばできると信じて送り出したのではありませんか?」


「い、いや……その……」


「それにしてもエリオットが凄いのは当然として、父上もなかなかやりますね。アルカンシア王家を抜けさせ、レオンハートを名乗らせることによって背水の陣にさせ、エリオットの能力を最大まで引き出すとは。氷魔の地に立派な町を作らせたうえで王家に戻し、次期国王として正式に発表する。さすれば国民が沸き立つのは必至。感服しましたよ、父上」


 どうにも話がおかしい。

 ウォルトにそんなつもりは微塵もないのだが。


「クレアは……国王になりたくはないのか……?」


「私しかいないのであれば、なりましょう。しかしエリオットという優れた弟がいるのに、私が出しゃばる理由はどこにありましょう?」


「あいつの固有スキルは遊び人だ……名前からして外れスキルだろう……」


「はて? 遊び人がどんな能力か、確かめたのですか? エリオットは昔から、私の目の前でアクセサリーなどを作ってプレゼントしてくれました。優れたクラフト能力の持ち主です。ニーニャ仕込みの剣術も、すでに達人の域。子供とは思えぬほど頭の回転が早く、知識に貪欲。なにより心優しい少年です。遊び人という固有スキルの正体がなんであれ、エリオットの才能が得がたいものなのは自明の理。まさか知らないのですか? エリオットが天才なのは、王宮の者なら誰でも知っていると思っていましたが」


 クレアは大げさに驚いた。

 ウォルトはどう言い返していいか分からない。


「まあ、父上は国政で忙しい身。息子とはいえ、一個人に目が行かぬのも仕方がないかもしれませんね」


「そ、その通りだ! エリオットが普段なにをしていたかなど知るわけがない!」


「その様子では私のことも『聖女』という記号で見ていたのでしょうね」


「……クレア?」


 娘の言葉が、妙にトゲトゲしい。


「お前がそんなにエリオットを可愛がっていたとは……まさか、ワシがエリオットを追放したのを怒っているのではないだろうな……?」


「追放? 派遣ではなく追放ですか」


「ただの言い間違えだ!」


「そうでしたか。間違いは誰にでもあります。正せる間違いは正すべきでしょうね。では引き続き、派遣されたエリオットが領地をどうのように発展させるのか監視します。次は私自らレオンハート伯爵領に赴いてみましょう。もはや村ではなく町と呼べる規模のようなので楽しみです。それでは」


 クレアが出て行ったあと、ウォルトは執務室で呆然とした。

 エリオットが天才?

 氷魔の地に町ができた?

 どういうことなのだ。クレアの報告ではサッパリ分からない。

 ウォルトは独自に密偵を派遣することにした。

 そして――。


「なにっ!? ゴーレムが何十機もいて、オリハルコンを掘っているだと!」

「エリオットたちが住む町だけ雪が溶けている!? どういう理屈なのだ!」

「アップルヤード商会が製鉄所を作って、大量の人材が入植しているだと!?」

「二十人からなる自警団が全員オリハルコンの鎧を装備している……さすがにそれは嘘だろ……」


 とにかく本当に、氷魔の地に町があるらしい。

 それどころか、今の時点でさえ、途方もない富を築きつつあるようだ。

 なにせオリハルコン鉱山が見つかり、アップルヤード商会が動いているのだから。


「どうやらエリオットにくれてやるには惜しい土地だったらしいな。正せる間違いは正すべきか。さすがクレアはいいことを言う。スカルブラッド盗賊団を呼べ。氷魔の地を襲わせろ!」

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