第22話 ソープランドを作った

 俺はただゆっくり温泉に浸かりたかっただけなのに、酷い目にあった。

 油断も隙もあったもんじゃない。

 けれど……二人のおかげって認めるのは癪だけど、一つアイデアを思いついたぞ。

 丁度、製鉄所の状況を見るため、ケイシーがやってきた。


「以前、男たちを繋ぎ止めるには売春宿が必要と仰いましたよね? それで一つ提案なのですが」


 日本にはソープランドという風俗があった。

 嬢は風呂のある部屋で客を待つ。あくまで風呂の世話をするためである。そして『偶然』嬢と客は恋に落ちて、えっちなことをする――という建前の風俗店だ。

 前世の俺は行ったことがない。が、どういう場所なのかは調べた。


 彼女を作れる気がしないので、いつか童貞を捨てに行こうと思っていたのだ。行かずじまいで死んでしまったけどね。

 こちらの世界だと風俗法回避のための建前は不要だ。けれど、風呂のある個室の売春宿というのは流行る気がする――。

 というような説明をすると、ケイシーは頬を赤らめ、目を泳がせた。


「あの……レオンハート伯爵はまだ十歳でしたよね……なぜ新しいサービスを思いつくほどお詳しいのでしょうか……ま、まさかすでにご経験が……?」


 あ。

 確かに、今の俺が風俗店に詳しいのは不自然だ。

 ほかのことなら読書して勉強したんですと誤魔化せるが、こればっかりは子供が考えつくアイデアじゃない。

 どう言い訳したものか……。


「エリオット様のお相手は、私が毎晩していますが」


 このエロメイド、なんてことを暴露しやがる!?


「え、ええっ!? あの、誤解がないよう念のために確認しますが、それはどういう意味で……」


「私がエリオット様を抱いているという意味です。いえ、誤解がないよう念を押した言い方をしましょう。えっちな意味です」


「~~っ!」


「ニーニャ、まるでエリオットを独占しているみたいな言い方はズルいぞ。我だって毎晩エリオットとまぐわっておるのじゃ!」


「ラドニーラさんまで!? けれどラドニーラさんは精霊なので、見た目が小さくても関係ない……でも、でも! 貴族ならば十歳でそんなことをするのも普通なのでしょうか……? わたくし、貴族の方とも取引してきましたが、こういうのを話題にしたことがなくて……あわわわ……」


 ケイシーは顔を真っ赤にして狼狽してしまった。

 ニーニャの倫理観が崩壊した話を聞かされ、混乱しているのだ。

 気の毒に。


「ちょっと、ニーニャ。変な話をしないでよ……取引を打ち切られたらどうするのさ」


 俺はニーニャに耳打ちする。


「打ち切られませんよ。オリハルコンを有するこちらが圧倒的に有利なんですから。そもそも貴族がメイドに手を出すのは普通のことです。堂々としていればよいのです」


「そ、そういうもんかな……?」


 そもそもの話をすれば、俺は手を出したのではなく、手を出された側なのだが。

 けれど堂々するという案は賛成だ。

 照れるから変な空気になるのだ。いくらケイシーが照れていても、俺は平然としていよう。


「とにかく。ソープランドを試しに建ててみました。温泉を源泉からパイプで引っ張ってきて、各個室の風呂に流し込めます。商売のプロから見て、この建物はどうでしょうか? 男が満足する雰囲気だと思いますか? 女性が働きやすいでしょうか? ビジネスパートナーとして率直な意見が欲しいのですが」


 俺は堂々と質問する。


「はわわわ……率直な意見と言われましても、わたくし、わたくし……!」


 堂々とすればいいってものじゃない気がしてきた。堂々たるセクハラだぞ、これ。


「一人でジックリ考えてきますわぁぁぁ!」


 ケイシーはソープランド・プロトタイプから飛び出し、来客用の屋敷に飛び込んでいった。


「ふふん。案外と度胸がありませんね」


 なぜかニーニャは勝ち誇った声を出す。


「ところでエリオット様。この建物の使い勝手を知りたいならば、論ずるよりも実際に使ってみるのが一番早いのでは?」


「もっともな意見だね。じゃあ早速……って、危ない危ない! 口車に乗るところだった!」


「気づくとは流石です。ですが気づかれても関係ありませんけどね。こんなえっちな雰囲気の部屋にいたら、エリオット様とえっちしたくなって当然ですからね。私は悪くありません」


「我も我もー。独り占めは駄目じゃぞー」


「うひゃぁぁぁぁぁっ!」


 俺は温泉に浸かりながら滅茶苦茶にされ、ベッドに運ばれて滅茶苦茶にされ、また風呂場に連れて行かれて滅茶苦茶にされ――と繰り返す。

 こ、怖いよぉ!


「いくらなんでも見過ごせませんわ! レオンハート伯爵の鳴き声が建物の外まで聞こえています……かわいそうですわ!」


 突然、ケイシーが乱入してきた。

 常識的なことを言ってるぞ。きっと助けてくれるんだ。さすがは俺が見込んだ商売人。


「おや、そうですか。防音は改良しなければいけませんね。ご意見ありがとうございます」


「意見言いに来たのではありませんわ。その卑猥な行為をやめなさいと言っているのですわ!」


「なぜです? 実際に行為に及んだからこそ、この建物の欠点に気づけたのですよ。まさか検証もせずにお客様に提供するべきとでも? それがアップルヤード商会の方針という理解でよろしいですか?」


「い、いえ、検証は当然すべきですが……」


「ならばケイシー様もご一緒に。このソープランドで働く女性を集めるのはアップルヤード商会がやるのでしょう? ケイシー様も体験しなければ、どのような人材を集めるべきか分からないのでは?」


「確かに……!」


 なんでニーニャの口車に乗りかけてるの!?

 駄目でしょ、嫁入り前でしょ、大商会の跡取りでしょ!


「けれど、もし万が一、子供ができてしまったら……いくら避妊しても、可能性はあるわけですし……」


 そうだ、いいぞ。思いとどまれ。


「ご安心を。エリオット様はとても賢くて強いですが、ご覧の通りの子供。精通前でございます」


「そ、それなら安心ですわね……!」


 倫理観壊れてんのか!?


「な、なんでニーニャはケイシーさんを誘うの!? 俺が好きだったんじゃないの!? ライバルを増やしてどうすんのさ!」


「ええ、大好きですよ。独り占めしたいと思っていますが、エリオット様の素晴らしさを大勢に知って欲しいとも思っています。そもそもエリオット様は遠くない将来、英雄になるでしょう。英雄はハーレムを作ってしまうもの。あずかり知らぬところでハーレムを作られるくらいなら、私がその面子を厳選いたします。ケイシーさんが処女を拗らせて、私が見ていないところでエリオット様に迫るのもムカつきますし」


「そ、そのようなことはありえないと思いますわ……多分……おそらく……」


「それと。温泉が見つかったとき、エリオット様は仰いました。ニーニャを一番信頼してるから、と。私が一番であるなら、ほかに何万人の女をはべらせようと、私は構いませんよ。むしろ巨大ハーレムを築いてくださいな。私はその頂点に君臨しますから」


 ニーニャは「一番」と発音するとき、とても可愛らしい顔で微笑んだ。

 うぅ……そんな顔をされたら願いを叶えてやりたくなるじゃないか……。


「なんでもいいから続きをするのじゃ。よんぴーじゃ、よんぴー」


 やっぱり無理だよぉぉぉぉっ!




 後日。

 俺の犠牲のもとに改良されたソープランドがオープンした。

 ケイシーが連れてきた女性たちは、領民を大変満足させた。

 あと温泉水を使った公衆浴場も作ったけど、それも実に盛況だ。

 レオンハート伯爵領は順調に発展している。

 でもここが大都市になる前に、俺は枯れ果てて死ぬかもしれない……。

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