第20話 ケイシー・アップルヤード
ケイシーは、いずれアップルヤード商会の跡を継ぐ予定である。
放蕩娘と呼ぶ者もいる。
商人は自分の店に腰を据え、客の対応をしたり、事務処理に忙殺されるべきと考える連中は、ケイシーのようにふらふらしている人種を嫌うらしい。
だが、アップルヤード商会の創立者は行商人だった。
あちこちを渡り歩いて商品を売り歩き、やっとの思いで店を構えたという。
その初心は忘れてはならない。
世界を知らぬ商人が、どうやって世界を相手に商売するというのか。
遺跡巡りの趣味は、必ず仕事に結びつくと信じている。
現に、今から向かう先は、遺跡巡りの帰りに出会った人の領地だ。
もしかしたら大量のオリハルコンが眠っているかもしれない。
その取引の独占契約を結べたら、アップルヤード商会に莫大な利益を生む。
父親はともかく、幹部連中は明らかにケイシーをよく思っていない。
世襲させずに、自分でアップルヤード商会を手中に収めようと画策している者だっている。
そんな奴らでも、オリハルコンの現物を前にしては、歯切れが悪くなる。
「どうせ大した埋蔵量ではないだろうさ」その程度の嫌味しか言えない。
「その憶測は、現地調査しない理由にはならない」父親がそう言ってくれたのが嬉しかった。
かくしてケイシーは部下を引き連れて、氷魔の地こと、レオンハート伯爵領へ来たのだが――。
「周りは雪で地面が見えないのに、なぜこの村だけ春のようになっているんですの……!?」
「俺が作った装置と、精霊の力の相乗効果で、地面を温めているんですよ」
出迎えてくれたレオンハート伯爵は、笑顔でそう説明する。
まるでなんでもないことのように言っているが、信じがたい技術だ。
装置と精霊。
人間の魔法師同士で一つの魔法を使うのだって難しいのに、まるで別の力を調和させるなど信じがたい。信じがたいが現に目の前でやっているので信じるしかなかった。
「オリハルコンの採掘場まで案内しましょう。こちらです」
「なっ! ゴーレムが採掘している!? あ、あれは自動で動いているのですか……?」
「はい。指示を出したあとは勝手に掘ってくれるし、トロッコで村まで運搬もします」
「あのゴーレムを作ったのは……」
「俺です」
もはや夢でも見ている気分だった。
ゴーレムは一万年以上前に栄えた、古代文明の産物。
多くの者が再現を試みたが、成功したという話を聞いたことがない。
いまやゴーレムは吟遊詩人に歌われるだけの存在だ。
そう思っていたのに、目の前で何機も動いている。
この幼い少年が作っただと?
信じられないが、現に動いているのだから信じるしかない。
「運んだオリハルコンは、どうやって精製するのですか? 村にそれらしき工場はありませんでしたが……」
「それは秘密です」
レオンハート伯爵は人差し指を口に付けて微笑む。
秘密。
これほどの超技術は惜しげもなく見せてくれる彼が、秘密にしたいなにか。
どんな技術なのだろうか。
知りたい。
この領地は、まだまだ大きくなる。世界に名を轟かせるに違いない。
アップルヤード商会の利益どころではなく、この伯爵に協力すれば、人類史に貢献できるという予感がする。
「色々なものを見せていただき感動ですわ……もう数日滞在させていただき、地質調査をしてもよろしいですか?」
「はい。あちらが来客用の屋敷です。ご自由に使ってください」
こんな極寒の地に村を作るだけでも凄いのに、来客用の屋敷を作る余裕まであるのか。レオンハート伯爵が口を開くたびに驚いてしまう。
そして次の日。
地質調査して、また驚く。
すぐに鉄の鉱脈を見つけたのだ。
「試掘してすぐ見つかるとは……もしかしたら氷魔の地というのは、地下資源だらけなのではありませんの? ここの採掘権を得るだけでも、かなりの利益になりますわ」
「ケイシー様、俺たちでこれ以上掘るのは無理です。寒すぎて、人間が働く環境じゃありません。しかもレオンハート伯爵が言うには、今日はまだ温かいほうらしいじゃないですか」
部下の言い分は正論だ。
人を雇って連れてきても、すぐ逃げるか死ぬかだろう。
ひとまずレオンハート伯爵に、鉄鉱山を見つけたのを報告する。
「なるほど。ではゴーレムを増産して掘らせましょう。そして運んできた鉄鉱石を精製するための工場を、アップルヤード商会にお任せしてもよろしいですか?」
この土地に来てからずっと夢心地だったケイシーだが、現実的な提案を受けて、ようやく脳が計算を始めた。
村の周辺だけは人間が生活できる環境だ。
ここなら工場を作って、働かせることができる。
「……工場を作れば人員が必要になりますわ。人はパンのみで生きるにあらず。娯楽が必要です。酒場は必須。賭場と売春宿もなければ男たちを繋げ止めておくのは難しいでしょう。工場は過酷な職場なので、服や靴を修理する店も必要です。医者や床屋もいたほうがよろしいでしょう。そうやって人口が増えていくと、花屋や本屋といった店も売上を確保できるようになりますわ。それらの誘致を、アップルヤード商会の手で行わせてくださいまし」
「人と物を運ぶ。それ自体が金になりますからね。ケイシーさんは、ここが大都市になると予想しますか? 初期段階から町の『設計』に食い込めれば、巨大な利益になると、そう考えていますか?」
「ええ、その通りです。この土地には確実に金が集まります。金が集まれば人が集まります。人が集まれば文化が生まれます。それら全てが『価値』ですわ。価値とは金銭だけではないのです。わたくしは価値あるものを愛します。あなたの領地でこれから生まれる価値に関わらせてくださいな――」
ケイシーは本音をぶつけた。
この幼き領主には、そのほうが通じると思った。
「ケイシーさん。早い段階であなたと出会えてよかった。あなたと組めば、素晴らしい町を作れそうです」
レオンハート伯爵は手を伸ばしてきた。
ケイシーはそれを握り返した。
前に握手したときよりも力強く。
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