第18話 契約

「俺はエリオット・レオンハート伯爵です。早速ですが、これを見てください。俺の領地で採掘したものです」


「これは……まさかオリハルコン鉱石!?」


「一目で分かるんですか?」


「鑑定魔法を使えますので」


「魔力がないのでは……」


「ないと言っても、皆無ではありません。戦闘には全く耐えられませんが。だからこそ知識と技術を磨いていますわ」


「失礼ですが、なぜ放蕩娘などと噂されているのですか? 今のところ、有能そうな印象しかないのですが」


「あら、まあ。噂をお聞きになったのですね。お恥ずかしいですわ。わたくしが仕事より趣味を優先するうえ、その危険な趣味を一人でやるからでしょう」


「危険な趣味……ああ、遺跡巡りですね」


「ええ、はい。わたくしとしては、ただの趣味ではなく、仕事もかねているつもりなのすけれどね。色々な場所の名産品に詳しくなるし、顔も広くなりますわ」


 この人はただの趣味人ではない。

 そして俺に敬意を払ってくれている。


「ケイシーさんは、そのオリハルコン鉱石から不純物を除去できる職人に心当たりはありますか?」


「いえ……製鉄所の経営者や鍛冶師の知人はいますが、オリハルコンを扱える人となると……オリハルコンは魔法金属マギメタルの王です。オリハルコンで作った武器は、どんな衝撃でも全くと言っていいほど変形せず、恒久的に使えます。だからこそオリハルコンの加工は難しいのですわ」


 ケイシーはそこで言葉を句切り、わずかに考え込む。そして再び口を開いた。


「レオンハート伯爵。あなたの領地のオリハルコン埋蔵量を調査してもよろしいですか? もし大量にあるなら、オリハルコンを加工できる取引先を探します。埋蔵量次第では、アップルヤード商会が独自に工場を新設するのも考えるべきです。わたくしが腹をくくって、父を説得いたしましょう」


 やはり、この人は仕事ができる。

 目が輝いている。

 前世の俺みたいに、死んだ目で仕事をする人間とは違う。

 仕事が好きでたまらないのだろな。


「ケイシーさん。実はオリハルコンの精製は、我が領地で可能です」


「え? ですが、あそこはわずかな入植者がいるだけで、工場などはないはず……」


「これが精製したオリハルコンです」


 俺はインゴットをテーブルに載せた。

 ケイシーは固まり、それを凝視した。

 弱小領地がオリハルコンを精製するなど、やはり怪しすぎる話だろうか。

 俺は焦りすぎたかもしれない。


「信じがたい話かもしれません……しかし」


「信じますわ。あなたは普通の領主ではない。ドラゴンを仲間にした規格外の領主です。オリハルコンの精製くらい、成し遂げそうな気がします」


 理屈が飛躍している。

 ドラゴンとオリハルコンに関連はないのだ。

 だが、エリオット・レオンハートという男はなにをしても不思議ではない――そう思ってもらえたなら嬉しい。


「エリオットの凄さが分かるとは、お主もなかなか見所がありそうじゃな。気に入ったぞ」


 ラドニーラが発言すると、ケイシーはまた固まった。


「……その声! もしや、あなたがさっきのドラゴンですか!?」


「うむ。そうじゃぞ。見事な変身じゃろ」


「人間に変身するドラゴンなんて聞いたことありませんわ! レオンハート伯爵、あなたは凄い精霊を味方に付けたのですね!」


 なんだか知らないが、俺の評価がまた上がったらしい。

 とりあえず、その日はオリハルコンの鉱石とインゴットを買い取ってもらうことになった。俺が想像していた倍の値段になった。


「このオリハルコンを使ってプレゼンテーションし、アップルヤード商会の意思を統一させます。後日、わたくしがレオンハート伯爵領に赴きましょう。どのような取引が互いのためになるか、そのとき改めて具体的に話し合いたいと思いますわ」


「こちらとしても、それで結構です。あなたと出会えたのを幸運に思います。ミス・ケイシー」


 俺とケイシーは力強く握手を交わした。


 そして帰路。

 ドラゴン形態になったラドニーラに乗って、夕日を眺めながら飛ぶ。


「オリハルコンを売る先が決まって、よかったのぅ」


「うん。話がスムーズに運んだのは、ラドニーラのおかげだよ。君が真っ先に走り出してケイシーさんを助けたから、もの凄いインパクトを出せたんだ。ありがとう」


「我のおかげか! ぬふふ、照れるのじゃぁ」


 ラドニーラは機嫌良さそうな声を出し、飛行速度を上げた。

 俺は彼女に対して、精霊の力しか期待していなかった。

 けれど『人間と一緒に暮らしたい』という想いが、今日の流れを作ってくれた。

 どこでなにが役立つか分からない。

 そして、たんに役だっただけでなく、ラドニーラがそこまで人間に溶け込みたいと考えてくれていたのが、なんだか嬉しい。


「……」


「あれ? ニーニャ、どうしたの?」


 その夜。

 アップルヤード商会との交渉において目立てなかったニーニャは、俺とラドニーラに八つ当たりしまくった。


「や、やめてよぉぉぉっ!」


「我、こんなの知らない♥ んほおおっ♥ 気持ちよすぎて壊れちゃうのじゃぁ♥♥♥」

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